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レコードカートリッジのトレース能力(内周歪/大音量歪/低域共振)についての忘備録

かなり以前、内周歪をなんとかしたい!というテーマの記事や該当カートリッジのレビューをnote内外で書いたところ、思いのほか反響/間接的に口コミが広がったようでちょっとビックリしちゃいました。

それから時間が経ち、その間に得た知見について忘備録として記しておきます。

まず、カートリッジのトレース能力(大音量での歪/内周歪両方への強さ)は、
・ダンパーやサスペンションが優れていることを前提として、
・振動系実効質量が軽いほど
・針先チップが軽量になるほど(ブロック角が小さくなるほど)
・針先チップ形状がラインコンタクト<よりカッターヘッド状に近づく>になるほど
優れたものになるようだ、ということが経験則わかってきました。

その一方で、上の条件を突き詰めていくと、振動系のコンプライアンスが高くなりがち≒低域共振周波数が低くなってしまうという問題も見えてきました。
低域共振とはレコード盤に刻まれた音楽信号とは無関係に生じてしまう共振のことで、レコードの反りや偏心に誘発されてカートリッジがブルブル震え出してトレース能力に悪影響を与えるため問題視されるべきものです。再生音でも明らかに割れたように聴こえたり、よりトレース能力が低いカートリッジではなんともなかったはずの部分が突然ジャリジャリしだしたりするのはこの低域共振の仕業だと考えています。テストレコードで低域共振周波数を調べることができます。凡そ6-7Hzと低く、かつ鋭度が強い(針が飛び跳ねそうなくらいブルブル震える)ものほど上記の現象が顕著でした。
これに対処しようとすると、
・極力アームを軽量化(ヘッドシェル含め)して低域共振周波数を高くする
・低域共振ダンプ機構をかけて低域共振周波数の鋭度(山の高さ)を低く抑え、かつその周波数を高くする
ことが必要になってくるため、取り扱いが神経質になってきます。勿論、SL-1200系のアームでは対処しきれなくなるものが出てきます(SL-1200系のアームはそもそもミドルマスと言われる部類です)。しかもカートリッジ、アームとも軽くするのにも限度があります。

そういったことを勘案すると、総合的に見て
SHURE V15 type V / V-MR等「スタビライザー(あのブラシです)」のついた同社の一連の製品は、アーム実効質量12gまでの範囲(つまりアームは重くてもSL-1200系まで)において、スタビライザーを使えば低域共振周波数も鋭度も適正に抑えられ安定したトレースを実現するという点でかなり練られたカートリッジだと思いました。

ありきたりではありますが、過去の遺産の追体験を通して、現代において振動系実行質量の極端な追求をやめて、現行機種はある程度の軽量化にとどめている(0.25mg程度まで)のは、カートリッジのカンチレバー軽量化技術をいざ生産すると歩留まりが悪かった→ロストテクノロジー、という側面も少なからずあるとは思いますが、それ以上に低域共振周波数の設定をかなり考慮に入れるようになっているためと思われます。
ここからは私論ではありますが、コンプライアンスが低くなり低域共振周波数を適正なように設定しやすくなったとはいえ、トレース能力を第一として低域共振周波数に鑑みればユニバーサルアームにおけるヘッドシェルは依然として軽いに越したことはないのではないか、聴感上の音質を優先してヘッドシェルを重くするにしても低域共振周波数が最適な範囲内に留めた方が良いのではないかと考えています*。また低域共振周波数を適正なところに持ち上げたとしても、その鋭度の山がある限り歪の原因になるので低域共振ダンプ装置が必要だとも思います**。


*例えば手持ちのオーディオテクニカMCカートリッジ/AT-OC9XSLでは、SL-1200系のトーンアーム・純正ヘッドシェル(実効質量12g)に対する低域共振周波数は8Hz程でした。本来的には10Hz前後まで持ち上げた方がトレース能力の上では好ましいので、さらに軽いトーンアームが本来は最適ということになります。
またミドルコンプライアンスといっても、カートリッジ自体の自重が重い場合は、実質的にアーム/ヘッドシェルの選択肢が限られてくるようなパターンもありうるように思います。
カートリッジのコンプライアンスから逆算して、最適な実効質量のアームをシミュレーションすることが可能です: vinyl engineのサイト(注: 日本のカートリッジのコンプライアンススペックは100Hzで測定していることが多いため、下記サイトの10Hz前提に合わせて1.5-2カケで計算すると実態に近似する値が導き出せるように思われます)
https://www.vinylengine.com/cartridge_resonance_evaluator.php 

**以前にも紹介した通り、SL-1200系やREGAのアームに対応する後付けオイルダンプ機構(Fluid Oil Damper) がそれぞれ海外のサードパーティで販売されています。とはいえ、ハイコンプライアンスなカートリッジは極力軽いアームとした上で程々にダンプをかけるのが良さそうです。一般的に、低域共振周波数が高くなるほどその鋭度の山は小さくなる傾向にあるようです。これも経験則ですが、SL-1200系のアームでハイコンプライアンスなカートリッジにオイルダンプをフルにかけてしまうと軒並み中域(ホルンあたりの音色が顕著)が詰まったような傾向が見られました。
残念なことに、昨今のアナログブームの中でも低域共振に対処した機構が予めついたレコードプレーヤーはほぼ見かけません。もっぱらターンテーブルの静粛性に目が向いてしまっているように思われます。

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