【短編小説】今日は食べる日
他人の夢の断片短編小説
一瞬うたた寝した夢で、コートを脱いでそのまま煮て食べる夢だった。より
私は高校生の頃から男性物の服を好んで着ていた。
もともとサバサバしていた性格も、ショートカットにしていた髪もその服装によく似合っていた。
私が働く会社の違う部署に私が着ているコートと同じコートを着る男性がいる。
私はあの人をよく知っている。
だが、あの人は私を知らない。
そして、私はあの人を知らないふりをする。
女の更衣室はファッションショーとまではいかないものの、ブランド物の服を着るかどうかはよく見られている。
私はいつものように男物のコートを羽織る。
「そのコート、あの部署の〇〇さんと同じコートだよね」
婚活パーティの常連の同僚が言う。
あぁ、そうなんだ。知らなかったな。
私はポツリと呟くと同僚はバツが悪そうに謝る。
「ごめんね。そんなつもりじゃなくて本当に同じだなって思っただけなの」
と早口になりながら手をワタワタさせていた。
「もともとこのコートも飽きて来てたし丁度いいの」と笑顔で返す。
やっと気づいてもらえた。
やっと
いつもと違う匂いのするコートを羽織り。
いつもと同じ景色の帰り道。
部屋に着くとコートを脱いで、ハサミで切る。
大きさは飲み込むのに差し支えない大きさ。
いつものように大きな鍋で甘く、辛く。
コトコトと煮込む。
今回のコートは革のコートだから食べやすそうだなぁなど考えながら馴染みのない男性らしい匂いが甘辛い匂いに変わっていく。
いつものように一つ、また一つと大事によく噛みながら飲み込んでいく。
私は昔からそうだった。
好きな男性の着るコートを食べていた。
相手に好かれる努力もせずに。
相手と同じコートを着て。
あの人は気づくだろうか、いつもと匂いの違うコートに。
私は食べることで想いを馳せる。
いつもと同じ甘辛い味。
いつもと同じ、甘く辛(つら)い味。
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