不思議雑貨店薊屋「変わるパック」

2. 変わるパック

「今日は楽しかったねー、ってか本当にタクシー呼ばなくて大丈夫?」

大丈夫、と手を振り数人の男女のグループに背を向け歩き出す。
人数合わせで呼ばれた飲み会である。
男性陣が、送らなくて大丈夫?と言わなかったところを見るとやはり今回も選ばれなかったんだと実感した。

何も今回だけではない、毎回人数合わせ、他のメンバーの引き立て役、いじられ役などの損な役回り
それでも毎回参加してしまうのは、やはり仲間はずれが嫌だとかもしかしたらこんな私でも…などと淡い期待を抱いてしまうからだと思う。
自分で言うのも変だけど、顔の醜さ、胸の無さ、体型の中途半端さは一般女性のそれとは群を抜いていると思ってる。
それでも性格だけは…と思うが風当たりの強い人生でまともな性格になるはずもなく。
外面は良くても根っこの方ではやはり皮肉だったり悪口だったり
私が男なら絶対交際はしたくない。

そろそろ飲み会をした場所から離れたし、ちょうど近くにコンビニもある。
何時ものように選ばれなかった日は飲み直すことに決めている。
よし、と自分に言い聞かせるとコンビニに足を向けウィスキーの小瓶を買った。

近くの公園のベンチ座り時計を見ると10時半くらい、先ほどまで楽しく飲んでいたメンバーは二次会へ行っただろうか、はたまたそのまま持ち帰られたのだろうかなどと考えながら先ほど買ったウィスキーを開ける。

パキッ

この音を聞くたびにまた選ばれなかったんだと思うと少し泣きそうになった。
夜風の心地よい状態のせいなのか、今日の飲み会で少し多く飲んだせいなのか小瓶のウィスキーを飲み干すまで時間はあまりかからなかった。
いつもならちびちびと飲んで結局飲み切らずに捨ててしまうのに。

「まずいなぁ…」
声に出すつもりは無かったのに酔っていたせいなのか呟いてしまった。

そろそろ帰らなくては、と時計を見ると11時近くになっていた。
ベンチから立ち上がると少しふらついた。
「まぁ、行けるよね…」
自分に言い聞かせここからさほど距離のない自宅のアパートへ周りから見たら危ないと思う足取りで歩き出した。

今日は月がまん丸だななんて思って歩いてるうちに私の意識は…

…ゃあ

…にゃあ

「んぅ…ゔんっ」
猫?ウチじゃない?あれ?
ガバッと起きた自分の目に映ったのは所狭しと並べられた小物、囲炉裏のようなテーブル
何処かのお店だろうか。
床がゴワゴワする…
畳だ…久しぶりに畳を触った気がする。
それと…白っぽい猫

「ここは君の家なの?君がここまで運んでくれたの?」
キリキリと痛む頭、フワフワとした意識の中猫に話しかけた。

「あっ、起きたんですね。大丈夫ですか?」
店らしきこの場所の奥の暖簾から仮面をつけた甚平姿の人物か現れた。

「だめですよ高崎さん、寝てる人は無理に起こしてはいけません」
仮面の人物は猫をやんわり叱っていた。

えっ?誰っ?仮面?
不思議な男性は話を続けた。

「いやぁびっくりしましたよ、閉店作業してたら高崎さんが突然店を出ちゃって、追いかけたら店の前で人が倒れてるんですもん」
仮面の人物はカラカラと笑いながら教えてくれた。
私は店の前で倒れていたらしい、そして店の小上がりになっている畳の場所に寝かせてくれたこと
それとここは薊屋という店だということ
「あと、こちらをどうぞ。お酒を飲んだ時はお茶を飲むといいですよ」

コトッと目の前に出されたお茶を飲むと
「あったかい…しょっぱい…?昆布茶だ…」
そういえば喉が渇いていた。
少ししょっぱい昆布茶は酔った頭にはちょうどよく
なぜかぬるい状態で出されたお茶をすぐ飲み干した。

さっきからすごく気になる事がある。
「なんで顔を隠してるんですか?」

店主は頭をポリポリとかきながら
「これはこの店のトレードマークなんですよ、ずっと付けてるからこれがないと落ち着かなくて」
照れながら話す店主を尻目に仮面に描かれた手形に薊の文字の意味を考えながらいつの間にか注がれた昆布茶に、どうも、と言いながら口を付けた。

ボーンと時間を告げる少し大きな振り子時計
時計を見ると1時を指していた。
「あっ!もうこんな時間なんですね、長居してしまってすいません、またお礼をしに伺います」
荷物をまとめ急ぎ足で店を出た。

周りを見渡すと自宅のアパートからそう離れてない場所だった。

家に帰るとまだ寝足りなかったのか、メイクも落とさず寝てしまった。

夢も見ないまま朝になり
むしろ昨日の出来事が夢のようでもあった。

シャワーを浴び、朝食を済ませ、少しだけ痛む頭をトントンと叩きながら昨日の店の場所を思い出す。
今日が休みでよかったなぁなどとのんきに支度を済ませ家を出る。

自宅からさほど離れていない初めて見る店
いつからあったんだろうなどと考えながら店の戸を開けた。

にゃあ
「おっと…高崎さん…だっけ?昨日はありがとう」
猫に感謝の言葉を述べると

「いらっしゃいませ、あぁ昨日の酔っ払いさん」
店の小上がりからカラカラと笑いながら店主は話す
「私の名前は酔っ払いじゃありません」
カァっと赤くなりながら否定すると店主はすいませんと頭を下げた。

「ですが昨日はありがとうございました、お礼にお金を持ってきたのですが…」
封筒を取り出すと
「いいですよ、それよりここは店なので何か見てやってください、その方が高崎さんも商品も喜びます」

そう言われ店を見渡すと案外可愛い雑貨もあり少し目を奪われた。
何周か店内を回ると
少し気になったハンカチを手に取り店主の所に持って行った。

「このハンカチが可愛くて欲しくなりました」
無理やり欲しい物を見つけたので少し変な雰囲気になってしまったが。

「無理に買わせたみたいですいません、無理やり買わせてしまったお詫びに今後お店のリピーターになってもらえるように今回は試供品をプレゼントしますね」
店主はバツが悪そうにそう言うと薄い袋を取り出し
「これは『変わるパック』です、一週間分ありますからぜひ使って見てください」

店主は商品とともに渡してきた

結局お礼に来たのにすぐさまお返しをされてしまった
「きっとあなたの人生に足りない物を補ってくれますよ」
店主の言葉に不思議と説得力を感じるのは店の雰囲気に飲まれているからなのか、感じている罪悪感からなのか結局受け取ってしまった。

実際店主自体は悪い人では無さそうなのでまた来てもいいかなとは思っていた。

「試供品までいただいちゃってすいません、また来ますね」
お礼に来たのに結局持ち物が増える感じは、実家に帰った時や親戚の家に行った時に無理やり持たされるあれによく似ているなぁと少し笑みがこぼれた。

「また何かあったらいつでもどうぞ」

私は店主に手を振り、そして高崎さんにまたね、と告げ店を出た。

家に帰り、食事、お風呂などを済ませているうちに今日もらったパックのことを思い出し、使ってみることにした。

使用方法を見ると普通のシートマスクパックと同じのようで大体15分ほど顔に貼り付けて使用するみたいだ
実際使ってみるとパックのサイズが驚くほどピッタリでとても使いやすかった。

使用を終えてみると流石に使用後すぐだからなのか肌はしっとりとしていた。
そして何時ものようにスキンケアをして睡眠を取るのだが朝目が覚めるとその異変に気付いた。

若い時にできたニキビ跡、最近のストレスのせいでできた吹き出物がほとんどなくなっている。
あの変わるパックというのは肌の成分を変えて美顔効果があることみたいだ。
その日は仕事も心なしか気持ち良くできた。

そしてまた今日も変わるパックを使用して睡眠を取る
さらに驚くことに次の日にはいつもむくみ気味だった顔がスッキリしていた。
肌の質を帰るだけでなく顔が痩せる効果もあるみたいだ。
洗面所で鏡を見るたびに元気が無くなっていたのに今日はむしろやる気に満ちた。
会社では女性社員から肌の話や化粧品を変えたのかとかいろいろ聞かれて、いつもなら一人黙々と仕事をするのに今日は賑やかで楽しかった。

そしてまた今日もパックを使って睡眠を…
今朝は鼻筋がすぅっと通っていて万年いちご鼻なのに毛穴もしまって顔がだんだんと整って来た。

昨日に引き続き会社では同僚の女性社員といろいろ話して昼ご飯は皆で外で食べた。
仕事も同僚と一緒にするとすごくはかどるんだなぁなんてにやけてしまった。

明日はどこが綺麗になるのかワクワクしながら次の日の朝を迎えると

今日は驚くことにぼてっとした瞼もくっきりした二重になっていてだんだんと私の理想の顔に近づいた。

でもこの日から最終日までは顔が少しずつ痩せたり油肌が解消されたりと小さな変化でワクワクは少しずつ薄れた。

そしてパックを使い終わった朝
鏡を見ると元の自分の顔の面影を残したまま理想の顔に変わっていた。
思わず、わぁ…と息を飲んでしまった。
そして会社に行けば女性社員からは憧れの存在になり、男性社員からは優しくされたりと今までの人生ではあり得ないほど人生は輝いた。

顔は自分で言うのも変だけど誰よりも綺麗だと思う
でも胸は小さいままだった。
むしろ小さいというより無いに等しい
ここまで顔がよくなると身体のコンプレックスをどうにかしたくなった。

そしてあの店主の言葉を思い出した。
また何かあったらいつでも来てください
あの店ならどうにかなるかもしれない。
明日はちょうど会社も休みだしまたいってみよう

そしてさほど離れていない薊屋さんへ足を運んだ
店の戸を開けるとまた入り口の棚に高崎さんがいた
そして私は店主のもとへすぐさま行った。

「いらっしゃいませ、お久しぶりですねぇ、体調も良さそうで」
店主はカラカラと陽気な口調で何時もの調子だった。
「そういえば試供品はどうでしたか」
と聞いてきたが顔を見たらわかる物だと思うんだけど…
「あれすごいです!すごいんですけど一つ悩み事ができてしまって…」
流石に男性に胸の相談をするのは恥ずかしい
でも…
「この薄い胸はどうにかなりませんか!?」
言ってしまった…
店主も一瞬ハッとしてうーんと腕を組んで悩んでいる。

「無くは無いです」
そう言うと店主は店の奥の暖簾をくぐり、すぐ戻ってきた。
新品の靴が入っているような箱を持ってきた。

「これは『変わるブラジャー』です」
店主はあまり乗り気ではないのか悩みながらも見せてきた。
実際手にとって見ると私のサイズとは随分とかけ離れた大きさでタグには「F」と書いてある
多分Fカップになると言うことだろう。
でも流石にこの大きさはあまりにも突然すぎてまわりも整形だと怪しむかもしれないしなぁ
「他のは無いんですか?」
と聞くと店主はまたうーんと唸り、また暖簾をくぐり箱を持ってきた。
開けて見るとスポーツブラのような形状のブラだった
サイズは…
「M」!?
流石に大きすぎる。
他には?と問うと「流石にもう無いですよ」と答えた
私は仕方なく変わるブラジャーのFの方を買うことにした。
おいくらですかと聞くと2000円とのことなので購入した。
「ありがとうございます、また何かあったらいつでも来てください」
店主はヒラヒラと手を振り私を見送った。

私はもう胸が大きくなると言う嬉しさで頭がいっぱいだった。

前回のパックも寝て起きて効果が出たのだから今回も寝れば効果が出ると思い変わるブラを付けて隙間の空いた胸を見て少し泣きそうになりながら、ふぅとため息をついてベッドに潜った。

そして朝起きると胸に違和感がある。
身体を起こさないまま寝る前はスカスカだった胸を触ると

「あるっ!」
思わず声に出してしまった。
今までブラが必要かどうかもわからなかった胸は今やずっしりと大きな胸に育っていた。

でも当然ながら下着に合う物がなかったのでそのまま付けて行くことにした。

会社ではどうやって大きくしたの?、いいサプリでもあるの?など質問責めだった。
そしてついに男性社員から食事に誘われるようになった。

それからというものショッピングも楽しくなり
男性とデートを何回もして
周囲から食事に誘われる機会も増えて行った。

そして
「僕とお付き合いしていただけませんか?」
ついに恋人もできた。
イケメンで将来性もあり性格もいい素晴らしい恋人
私は幸せの絶頂だった。

数ヶ月立つ頃には恋人と同棲していたのだが、ある日こんなことを言われた。
「君は本当によく食べるね、まぁ食べてる姿を見るのは嫌いじゃ無いけど」
うるさいなぁ、と笑いながら怒る私は遠回しに太ったと言われた気がした。

綺麗になる以前はジムにも行きせめて体型だけは、とがんばっていたのだがモテるようになってからは遊び、食事ばかりで体型は少し醜くなっていた。

どうせなら突然痩せて驚かせてやろうと思い
あの店ならどうにかなると次の休みに行くことにした。

綺麗になった私でも店主さんはわかるかしら?と笑みをこぼしながら店の戸を開ける。

「おや?お久しぶりですね、元気そうで何よりです」
何時ものようにカラカラと話してくる店主
私は綺麗になったのに何も言わないなんて…
と少し腹が立った。
「ダイエットに使えそうなもの探してるんだけど!…いいわ、自分で探すから」
私は店内を見渡しそれらしいものを探す。
店主がどうぞ、というのもちゃんと聞く前に店をまわると
「あるじゃない」
その商品は『変わるサウナスーツ』と書いてあった。

サイズを見ると「M」、「L」の二つしかなかった
「サイズはこれしかないの?」
店主に聞くとそこにある分しかありませんねぇ、とゆるく答える。
そこにまた少し腹が立った
私もわがままになったなぁと自分に皮肉を心で言うと仕方ないのでMを店主に持って行き
「これ買うわ、いくら?」
「これは2万円ですよ」
即購入だった。
もう店主には用はなかった。
軽く挨拶するとあとは家に帰る
出入り口で猫が
にゃあ
と鳴いていた。

よし、今日はこのサウナスーツを持ってジムに行こう
まだ契約継続してあることを確認しジムへ向かった。

ジムに着くと更衣室でサウナスーツに着替え
ルームランナーで汗をかいた。
流石に運動不足なのかすぐに息が上がった
これで痩せるはず
あの人も喜んでくれる
ニヤニヤしながらシャワー室へ向かった。
私の他に数人若い子達もいたがいつも使っているシャワーの場所は空いていた。
若い子達はキャーキャーと騒いでうるさい…

疲れてるのに…

今日も仮面の人物は新聞を読む
今日は珍しくスポーツ新聞を読んでいる
新聞の内容は
『白昼堂々、変態現る!女性シャワー室に全裸の男が!?』
「即日逮捕ですか、まぁそうでしょうね」
クスクスと笑いながら仮面をずらしお茶を飲む
アチチと言いながらまた新聞に眼を落とす

にゃあ
「おっと!猫か…びっくりしたなぁ」

「高崎さん驚かせてはだめですよ、その人はお客さんなんですから」


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