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漫画の主人公みたいだね、書いてみたくなるよ

思わず口に出た。

数日前のことである。
コロナの影響で私の所属するチームはもうずっとリモートワークが続いており、最近入社した新人たちとも直接顔を合わせることがないまま、あれよあれよと2年が経過していた。
2年間、オンラインの画面越しでしか会っていない後輩とようやく対面が叶ったのはつい最近のこと。その席での話だ。

「自分の名前、好きじゃなかったんですよ」

なんの話の流れだったか、そう言った彼の名前は、卯野蔵之介(仮)くんといった。

「うさぎは昔話だとズル賢いイメージだし、蔵之介はなんか古臭いし。ショウとか、ユウキとか、もっと今時の名前の方が絶対顔に合ってたと思うんです」

確かに彼はスラリとした長身に人懐こい笑顔がよく似合う爽やかな好青年で、蔵之介、という字面が持つ大和魂というか、厳めしさのようなものは感じられない。
とはいえ、侍みたいでカッコいいじゃないか、ギャップもあっていいと思うよと言うと、彼はなんともいえない苦笑いを浮かべた。

「小学校の時に、親に自分の名前の由来を聞いてこいって宿題があって、母親に聞いたんです。俺の名前はどうやって決まったの?って。
そしたら、何て言われたと思います?

『ああ、お父さんがトイレに入ってる時に閃いた名前よ』

あり得なくないですか!?それを授業参観で発表したんですよ!笑いは取れましたけど!それで名前を好きになるの、なかなかハードル高くないっすか!?」

でも、フィギュアスケートの宇野昌磨と、俳優の佐々木蔵之介という存在を知って「名前の価値が上がったんで」今は気に入っているのだという。

もうそれを聞いただけで私は確信した。

……やべえ、こいつ、絶対面白いぞ。

「人を集めるのは得意でしたね」

卯野くんは中途入社で、前職はある大手のケーキ工場で事務方として働いていたのだそうだ。

工場は24時間稼働していて夜勤シフトもあり、深夜帯は近所の大学生やダブルワークの夜間バイトで主に回っている。しかし、クリスマスやバレンタインなどの繁忙期はどうしても人手が足りなくなり、スポット応援が必要となる。
その人材を集めてくるのも彼の仕事だった。

「狙い目は近所の大学のスポーツサークルです」

育ち盛り食い盛りのスポーツ少年たちはだいたいお金がない。
なので、まずは自社の製品を山ほど持って度々部室に応援に行き、仲良くなる。
そうすると、彼らも腹が膨れ財布も助かり、恩を感じてスポット要員として活躍してくれるのだそうだ。

「屈強なラグビー部員とかがちまちまケーキにイチゴを並べたりしてるのは、正直……可愛かったですね」

とは彼の弁。
ラグビー部や柔道部の筋肉は「動くための筋肉」で、「立ち止まったまま作業する筋肉」ではないため、長時間イチゴと格闘していると普段使わないところが痛くなってくるらしく、「卯野さ~ん、腰が~背骨が~いてぇっすよ~」と泣き言をいう彼らを叱咤激励して歩いたとか。

どちらかというとひょろ長い方の彼が、ゴリマッチョに泣き付かれるのを想像するのも、なかなかにぐっとくる。

「体育会系の社員旅行、それは――」

そんな彼の手腕が光るのは当然、社外に向けてばかりではない。
社内でも、彼の才能はキラリと光る。

それは、社員旅行の日のこと。

体育会系の社員旅行といえば、夜は当然――宴会だ。
そして昔気質で職人気質で上下関係の厳しい工場内で、トップである工場長の前に若手が酔いつぶれたり途中離脱するなど、到底許されなかったそうだ。コンプラとかモラルとかツッコんではいけない。そういう時代だったのである。何年前の話かとか詳細は教えてくれなかったが、まあ今よりコンプラゆるゆる時代の話と思っていただければ。

「おまえら、朝まで飲むぞ!今夜は寝かせねえからな!覚悟しとけ!」

社員旅行の日は工場長がそう言って若手を連れ回し、疲れても眠くても休めない若手からはたびたび苦情が上がっていたそうだ。
角を立てずに工場長の暴走をどうにか止める方法はないものか、と若手を預かる課長たちに相談を受けた卯野くんは、一計を案じた。

「解りました。僕に任せてください」

そして訪れる社員旅行の当日――
工場長の横暴に怯え既に疲労困憊している若手を横目に、課長の一人がこっそり卯野くんに近付いてきた。

「あの件……どうなってるかな?」
「もちろん、準備はバッチリですよ。今日の宴会は23時で終わらせて見せます」

本来23時って時間もなかなかアレなのだが、朝まで付き合わされることを考えたらもう夢のような話なわけで。課長の顔もぱっと明るくなる。
そしていざ、宴会。体育会系の男ばっかりの宴会だ。どんな様相かはご想像にお任せする。宿での宴会が終われば次は「外にいくぞ!」とご機嫌の工場長。連れ出される若手。「お店とっときましたんで!」と随伴する卯野くん。
2件目で興が乗る頃には22時半を過ぎており、そろそろ若手の疲れ(肉体的にも精神的にも胃袋的にも肝臓的にも)もピークに達する。
「よし、もう一軒行くか!」
断れない鶴の一声が出たその時だ。

すすっと工場長に近付いた卯野君は工場長の耳にこう囁いた。

「……工場長、お部屋にマッサージをお呼びしていますが、戻らなくてよろしいですか?」

「……え?……ああ、そうなの?……女の子?」
「それはもちろん」
「そうか、それは……戻らないとなあ」

じゃあ今日はこのあたりで解散。おまえらは好きに遊んで帰れよ、と。その年は初めて「社員旅行朝までコース」が開催されなかった記念すべき年となったとかなんとか。
工場長の名誉も若手の心も課長たちの胃腸も傷付かない妙策。工場内での卯野くんへの評価が爆上がった瞬間であった。

彼の戦いは続く……

そんな面白人材卯野くんの武勇伝は他にもあるが、今回はこのあたりで。
また気が向いたら、彼に限らず私の周辺の面白い人々の話を書いていこうと思う。(なお、これらは本人たちに「書いていい?」と言ったら「是非!」と返ってきたので許可済みである)


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