#9 その手、いっぱいの欠片
2018年は、上京してから1番多忙を極めた過酷な年だった。
作家として、堂々と制作活動を展開していきたいのに自分が何を表現したくて何が描けるのか、それは純芸術的なものなのか、それとももっと商業的な表現に寄ったものなのか、それが判明したとしてわたしの技量やわたしの気質でそれは描き得るのものなのか?
描きたいという欲求はあっても、ストレスやプレッシャーに弱く強迫神経症的気質や聴覚過敏等で日によっては落ち着いて作業に取り組むことが困難になるわたしには、何が描きたいのかという問題と同じくらいに、何が描けて何が描き難いのかという大問題が有り、それを考えるだけで気が遠くなった。
この問題についてはこの時期だけに関わらず、人生を通してずっと苦悩し続けていたことだった。
しかしそこで立ち止まっていては1ミリの線も描き出すことが出来なくなる。何も判然としないまま手を動かし、問題に対して決断より保留を選ばざるを得なかった。
描くことのストレスで心臓がドキドキしたり冷や汗をかき始めた時は一時的に苦しさを回避するために片手で過食しながら片手で描き、トイレで吐いては作業机に戻りまた描いた。
自分は何を描きたいのかハッキリしないままでも、絵を描くことが出来ることにわたしは静かに驚愕していた。
しかし機械的に手を動かすことで描かれたそれは最早バラバラの線や点が集まっただけの記号にしか見えず、絵を描いているようで描いていないうという矛盾した行為は強いストレスとなって襲いしばしば制作は継続困難となった。
芸術の素養の無い不器用な自分でも、描くことの出来そうなものがあれば何でもかき集めた。
小さな頃からずっと絵本が好きで、動植物を描くのは好きだったので児童書向けの押し絵なら無理無く描けるかもしれないと思い、絵本のワークショップへ通い始めた。
週5フルタイムで働きながら2週間に一冊32ページの絵本のラフを仕上げるのは過酷で、度重なる睡眠不足と仕事の過労も祟って、この時から文字を読んでも意味が理解できない、耳から入ってくる情報が整理できない、突然脈絡の無いことをされると体がフリーズするなど脳が度々エラーを起こすようになった。
物語の文脈上、どうしても「家族」を登場させなければならない時、わたしはここでも性的役割を負った登場人物の描き難さに悶え苦しんだ。
多様な生き方を謳っても主人公の子どもが家に帰るのを食事を作って待っているのがお母さんでなければ、日本は未だどこか不自然な社会なのである。
労働形態や従来型の家族観の問題で、日本人男性は女性に比べても世界と比較しても家事子育てに関わる時間が圧倒的に短い。
例えそれが意図して配置したことでも、絵本を読んだ子供が「どうしてこの子のお家ではお父さんがエプロンをしてごはんを作って待ってるの?何か事情があるの?」と考えてしまっては、物語を読むときのノイズになり読書の邪魔になってしまう可能性は0ではない。そういった家庭が少しずつ増えつつあってもそれが自然な配置だと違和感を感じさせないことがやや困難なのだ。やるとしたら初めからそこが幾らか主題となっており尚且つ面白く読ませるようなお話を作るか、スマートにそれらが無理無く演出されなければならない。わたしにはまだまだその力量は無かった。
男の子なら概ね「ぼく」、女の子ならその子が未就学児でも「わたし」という大人びた一人称を使わなければならないこと、お母さんの不自然な女言葉、性別役割分業の上に作られる共有認識、これら人によっては自然に受け流せる事にいちいち躓き、どうしても楽しいお話を作ることだけに集中することが出来ない。
挑戦しては躓き、動物をあまり擬人化しない形で登場者にして逃げるより他無かった。半年ほど通してラフを作り続けたが、結局「家族」を描く際の落とし所は見付けられなかった。
お話作りでは蹴躓いてばかりだったが、絵を描くことは単純に楽しい作業だった。 これはわたしには予測せぬ福音であった。ラフなので完成度のことはあまり考えなくて良い。はみ出さずに塗ることやムラ無く均一に塗ることに対するプレッシャーが強く、色彩感覚に自信が無いことから遠ざけていたカラー作画を自分が綺麗だと思う色の色鉛筆を買い集めておずおずと描き始めた。
どうにかこうにかお話を形にさえすれば、後は評価されることを期待しなくてよい、気兼ねのいらない楽しい作業だけが待っている。それだけを励みにして、睡眠不足に苦しみながら毎日ラフを作った。
必要な情報を選別し整理することが極端に苦手で、良くも悪くも見つけ遊び絵本のような情報の込み入った絵しか上手く描けないわたしは編み出す物語も破綻して不恰好だった。
何かを切り捨てる事は、それが存在したかもしれない世界を切り捨てることで、その行為にはかつて自分が嫌というほど味わった「いるのにいないことにされる」「だれかの都合で透明化される」ことに通底するものを感じざるを得なかった。
そこに在る筈のものなら、可能な範囲で、たとえそれが文脈と関係なくとも拾い集めたい。そこに「見えてしまった」ものをどうしても無視する事が出来ない。
そんな感情が心の奥底で渦巻いてしまって仕方の無いわたしには、必要で無い情報と必要な情報を見分けることが出来ない。自分の物語づくりの根本的な素養の無さに、失望した。
絵本のワークショップも終わり、新たな課題だけが鮮明になって自分がこれからどこを目指して絵を描いていけばよいのか、全てが空中に放り出されて何も分からず呆然としていた時、地元にいた頃から目を掛けてくれたいずみゆらさんから、声がかかったのだった。
続く