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「傷ついたクレーム」は、社会問題から世間の目を反らす阻害要因ではないか?

小籔千豊氏を起用した人生会議ポスターや、『宇崎ちゃんは遊びたい!』を起用した献血コラボレーションなど、「傷ついた」と訴えるクレームが SNS 上で続いた。

筆者は、こうした「傷ついたクレーム」は、対処しようとしている社会問題の中身ではなく、表に出てきた表現ばかりに焦点を当てて、解決されるべき社会問題の本質から世間の注意を反らす阻害要因だと考えている。


人生会議啓発ポスターは「まだ考えたことが無い人宛て」のメッセージ

小籔千豊氏を起用した「人生会議」の啓発ポスターに対して患者団体が「患者や遺族を傷つける」と声を上げたが、そこは対処しようとしている社会問題の本質だろうか?

この件における本質は、「患者が命の危険に陥った時、あらかじめ話をしておかなければ、何が患者第一となるか誰にも解らなくなる」という終末期医療の問題であるはずだ。

人生会議小籔_480


・日本では1年間に136万人も死亡する

厚労省が公表している人口動態統計によると、平成30年1月1日から同年12月31日までの死亡者数は136万人となっている。

世代別に見ると75歳以上での死亡者数が急増しているが、団塊世代(昭和22~24年生まれ)は令和元年でまだ72歳~70歳な訳で。日本における年間死亡者数は、この先もしばらくは増える一方であろう。

年間死亡数推移


死因別比率を見てみると、ガンや心疾患など闘病の末に亡くなるケースが多くなっている。患者を見守ってきた家族にとって、「身近な人の最期をどう看取るか」は大きな問題だ。

年間死因比率



・身近な人の最期で後悔しないための「人生会議」

下の画像は厚労省のHPからダウンロードできるリーフレットだが、人生会議がなぜ必要なのか、話し合いを進める際に気をつけなければならないこと等がまとめられている。

患者団体に参加して他の患者や家族とも交流のある人たちにとっては、終末期医療の経験談を聞く機会もあり、繰り返し話し合うことの必要性も解ってくるため、このリーフレットで十分なのだろう。

しかし、このリーフレットだけを見て「うちもをやらなきゃ」と思う人は、「まだ人生会議をやっていない人たち」のうちの何%だろうか?

人生会議パンフ_480


・「まだ考えたことがない人」に届くことが第一

世間には「まだ人生会議をやったことがない/必要性に気が付いてない人たち」が多く居る。厚労省による人生会議の啓発も、こうした人たちが後悔しないための事業であるはずだ。

既に終末期医療を見てきた人向けと想像したこともない人向けとでは伝えるべきメッセージは異なるし、相手の前提知識に合わせて言い方も変えなければ必要なことは伝わらない。

だからこそ、起用されたのは悔いの残る母親の最期を経験した小籔氏だったのであろうし、ポスターもあの形になったのではないのか?

小籔氏は、母親が最期にプリンを食べたがったことから、その経験を『プリン』という歌にしている。

もっともっと聞いとけばよかった
もっともっと触れとけばよかった
もっと良いとこ見せたかった…
全然やった

たくさん教えてくれた
気づいたときには…
      こやぶかずとよ「プリン」より


1年間に136万人が死ぬ日本では、患者本人とその近親者に限っても毎年400万人ぐらいが最期の看取りに臨んでいるはずで。この400万人が後悔しないためには、どうすることが必要なのか?

筆者としては、クレームに押されてポスターを引っ込めた厚労省には、「まだ考えたことがない人」に伝えるという最初に立ち返って、小藪氏を起用したポスターの配布を再考してもらいたいと思う。



宇崎ちゃんの献血ポスターは、作品ファン宛てのメッセージ

宇崎ちゃんは遊びたい!』を起用した献血ポスターに対して、「公共空間で環境型セクハラをしてるようなものですよ」と批判が出てきたが、そこは対処しようとしている社会問題の本質だろうか?

この件における本質は、「若年層を中心に献血者数が減っているため、何とかして献血者数を増やさなければならない」という血液事業の問題であるはずだ。

宇崎ちゃん


・二十年間で献血者数は131万人も減少

厚労省の「平成30年度 血液事業報告」によると平成29年の献血者数は473万人で、平成9年の604万人から131万人も減少している。

年代別に見てみると、40代以上はむしろ献血者数が増えているのに対して、30代以下で大きく減らしていることが分かる。

・50歳以上・・・ 86万人(H9) → 154万人(H29)
・40代・・・・・116万人 → 136万人
・30代・・・・・134万人 →  84万人
・20代・・・・・199万人 →  74万人
・10代・・・・・ 69万人 →   26万人

献血者数推移2


・長期保存ができない血液は、常に必要とされている

採血した血液は有効期限が定められており、有効期限が最短の血小板製剤は採血後4日間(検査時間を除くと使えるのは3日間程度)で、赤血球製剤の有効期限は21日間となっている。

血液が生の細胞を含むものである以上、この有効期限は避けようがなく、常に新鮮な血液を集め続けなければならない。

さらに、献血者の安全を考慮して、採血には「前回の献血から◯週間後、1年間で◯ml・◯回」という献血基準がある。例えば男性が400mlの全血献血をする場合では、「前回の献血から12週間後、1年間で1200ml以内・3回以内」と決められている。

長期保存ができない血液を採血の回数制限がある中で集めなければならない訳で、131万人という献血者数の減少は深刻な社会問題だ。


・献血率の低い30代・20代の掘り起こしが必要

献血者数だけを見ていると若者人口の減少による影響もあるため、ここで視点を献血率に移す。献血率とは献血可能人口に対する献血者数の割合であり、「その年代の何%が献血をしたか?」を見る数字である。

参考にするのは、平成25年度第1回血液事業部会献血推進調査会令和元年度第1回献血推進調査会に提出された献血率の推移だ。

平成11年には10%を超えていた20代の献血率が、平成18年には8%を切るところまで減少し、平成30年には5.5%になっている。かつては10人に1人が献血に行っていたのが、今は18人に1人という計算だ。30代も同様で、平成11年には8%を超えていたのが平成30年には5.3%まで下がっている。

この20年間で、20代・30代の健康状態が悪化し続けたとは考え難い。おそらく、5.5%という献血率は「自分が行かなくても大丈夫だろう」という無関心の結果であろうし、同時に改善することは可能な数字だと思われる。

20年前には出来ていたことが何故か今は出来なくなっている訳で、そこをクリアしさえすれば、献血者数はまた増やせるのではないだろうか?

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・届きにくい一般向けの献血呼びかけ

さて、紙の新聞を取っていれば地方面に「来週何人の協力が欲しいか」が載っているし、日本赤十字社のHPでも血液型ごとに献血状況を確認することが可能だ。

筆者としては、新聞での献血呼びかけはもっと大きな欄で良いし、Yahoo! のように地域情報を入れられるポータルサイトや利用者の位置情報を取得する Google と連携して、ネットでも簡単に日本赤十字社の献血状況を見られるようにすれば良いと考えている。

しかし、大きく載せるようにしたらしたで、「持病で献血ができないのに呼びかけられると不快だ」等の苦情が予想される大クレーム時代だ。

献血は献血者に負担をお願いする性質上、献血ルーム前で職員やボランティアが協力を呼びかける以外で、一般向けのPR活動を行うことが難しくなっているように思う。

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献血東京_480


・毎年1月から2月は「はたちの献血」

日本赤十字社が全国的に行っている代表的なキャンペーンと言えば、毎年1月から2月に行われる「はたちの献血」だ。

キャンペーンキャラクターも、フィギュアスケートの羽生結弦選手(平成27年~29年)や女優の広瀬すずさん(平成30年)、今年はアイドルユニットの乃木坂46と若者に人気のある人たちを起用。日本民間放送連盟が主催した昭和50年以来、長く続いてきたキャンペーンである。

しかし、先述した通り20代・30代の献血者数・献血率はともに減少を続けている。「はたち」というターゲットの狭さのせいか、1・2月の月別献血者数を押し上げているようにも見えない。

歴史あるキャンペーンであり、月別年齢別献血者数で見れば印象の変わる数字も出てくるのかもしれないが、かなり苦戦しているように感じられる。

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・献血車の配車やコラボなど、宛名性の高いPR活動

PR活動で訴求力を上げるには、受け手に「あなたに関係が有ることですよ」「これは、自分事ですよ」と訴えることが有効だ。

日本赤十字社による献血も「特定の層」に献血を自分事として考えてもらうために、プロバスケットボールチームに協力してもらったり、東京モーターショーなどのイベントの会場に献血車を出したりしている。

こうした取り組みが続いているのは、応援しているスポーツ選手による呼びかけや、出掛けたイベント会場に献血車が止まっていることが献血者の確保に役立ってきたからだ。


・コミケには1997年から献血車を配車、コラボも盛況

日本最大規模の同人誌即売会コミックマーケットにも1997年から献血車が来て多くの献血者を得ており、2011年のコミックマーケット81からは献血応援イベントもやってきた。

特に東京都では普段から大小のコラボレーションが多く、2019年は下記するように毎月、何らかの企画が行われている。

2期・3期と続いている人気アニメ作品や、週刊誌でのマンガ連載からアニメ化された作品、劇場版アニメの公開が控えている作品、小説投稿サイトや画像投稿SNS、Twitter から人気が出た作品、何万人ものチャンネル登録者を抱える Vtuber など、若者に親しまれるコラボレーションが並んでいる。

2018年12月29日-2019年1月31日 コミックマーケット95献血応援イベント
 ・ありふれた職業で世界最強
 ・世話焼きキツネの仙狐さん
 ・となりの吸血鬼さん
 ・魔法少女特殊戦あすか
 ・蒼青のミラージュ
 ・ツルネ -風舞高校弓道部-
 ・Free!-Dive to the Future-
2月1日-2月28日 俺が好きなのは妹だけど妹じゃない
3月16日-4月30日 はたらく細胞
4月8日-4月30日 Vtuber にじさんじ(月ノ美兎、樋口楓、静凛)
5月17日-6月23日 プリズマ☆ファンタズム
6月15日-7月15日 俺が好きなのは妹だけど妹じゃない
7月5日-7月31日 Vtuber にじさんじ(月ノ美兎、樋口楓、静凛)
8月9日-9月30日 コミックマーケット96献血応援イベント
 ・ときのそら バーチャルアイドルだけど応援してくれますか?
 ・ノラと皇女と野良猫ハート×会津鉄道
 ・VTuber 夜空メル
 ・BEASTARS
10月1日-10月31日 宇崎ちゃんは遊びたい!
10月21日-11月30日 冴えない彼女の育てかた
11月16日-12月31日 薬屋のひとりごと
12月28日-2020年1月31日 コミックマーケット97献血応援イベント


・作品ファンに向けた宛名性の高い広告

日本赤十字社では、これまで幾つものマンガやアニメなどの作品を通じて献血を呼びかけてきた。スポーツや各種イベント会場に献血車を出すのも、特定の層に向けた宛名性の高いPR活動が有効だったからだ。

『宇崎ちゃんは遊びたい!』の献血コラボも、ファンに宛てて「献血への協力を考えて欲しい」と訴えるという従来からの文脈に沿ったものであり、明確な意図を持った企画である。

若者の人気作品を使って若年層の献血者を掘り起こそうとしてきた日本赤十字社の取り組みを考えれば、筆者にとって、全年齢向け作品の『宇崎ちゃんは遊びたい!』の起用は当たり前のことであり、SNS で飛び交った苦情は難癖でしかない。

もし個人的に不快と感じても、天秤のもう一方には今日の手術で必要な輸血確保が載っている訳で、そこで個人的不快感を優先する価値判断は常軌を逸している。常軌を逸したところに正義の成立はあり得ないだろう。



編集後記:筆者が献血に行ってきた話

先月27日、献血者が少なくなる傾向のある11月中に筆者も献血をしてきた。その時は、オータムキャンペーンの卓上カレンダーと、ハローキティの方はマグネットクリップを貰った。

これが5回目の献血だが行くたびに粗品を貰っていて、前回は重曹で、その前は薬用ハンドソープだったと思う。

献血ルームではジュースやコーヒーなどの飲み物や菓子が無料で提供されているし、小型テレビ付きの献血用の椅子は快適なものだし、日本赤十字社が何とかして献血者を確保しようとしていることは理解しているつもりだ。

しかし、こうした取り組みも献血に興味を持たなければ調べることは無い訳で、「いつ何処で献血を考えるきっかけを作ってもらうか?」は大きな問題である。

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筆者は、幼少期の集団予防接種では文字通りの全力疾走で逃げ回ったぐらいの注射嫌いだ。医師や看護師の腕次第で注射も痛くないことが解るようになったのは、大学生になってからである。

そんな筆者が針を刺さなければならない献血など考えるはずもなく、初めて献血に行ったのは34歳の時だった。

生前の祖母が自宅と病院を行き来するようになった時期で、それをきっかけに色々と考えるようになり、たまたま献血ルーム前で協力を呼びかける職員を見かけた時に飛び込みで献血をした。

採血中は針を刺した箇所がウズウズするし、身体も緊張しっぱなしだし、指先が冷たくなっているのも解るし、2回目の献血に行くにはかなりの期間を要した。しかし、友達連れの女性たちも居れば、髪を脱色した男性も居て、コーヒーやジュースが飲み放題の初めての献血ルームは、病院とも異なる未知で不思議な場所に感じたことを覚えている。

筆者は祖母との個人的な関係性から「自分が行かなくても大丈夫だろう」という無関心を越えた訳だが、それだけに、日本赤十字社がPR活動だけで新規献血者を増やしていく難しさも感じる。(了)



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