69.悲しい時に「やりたいことやってるだけなんだけどな」って思う

 最近は、高校の頃のことをよく思い出します。

 今でいう、スクールカーストみたいなものは当時もあり、女子たちはこぞって1軍、せめて2軍に入ろうと必死でした。

 わたしはすでに学校というものに興味が失せていて、週2日くらいしか顔を出さなかったので、別段気にすることもありませんでしたが、周りの子たちはグループ同士で固まって、移動教室から休み時間のトイレまで、常に誰かと一緒に過ごしていました。

 誰かと群れることをくだらないとも思わなかったし、わたしも含めて女ってそういうもんなんだろうなーって思います。誰かと一緒にいることで、得られる安心感は、わたしも知っています。


 いつかのある日、休み時間に一人で席に座っていると、いきなり目の前にドカンと座ってきた子がいました。

 その子はバッチバチのギャルです。色黒ではなかったけど、メイクがとても濃く(しかも上手)、香水の匂いをプンプンさせ、耳にはギラギラのピアスをつけています。髪の毛は黒と金が入り混じっていて、要するに派手なのです。

 もう名前も忘れてしまったので、仮にPちゃんとします。

 Pちゃんは派手さも相まって、少し浮いた存在でした。
 Pちゃん自体、誰かと特別に群れることはなく、自由に渡り歩いているイメージでした。

 Pちゃんと話すのは初めてです。

「あゆみさー。なんで学校来ないの?このまま辞めるつもりでしょ?」

 初めて話すのに、いきなり下の名前で呼ばれた。これがギャルというものか。
 わたしが返答に困っている中、Pちゃんはどんどんしゃべり続けます。

「まぁ分かるけどね、その気持ち。つまんないよね、学校」
「あたし派手だしさ、みんなから陰でいろいろ言われてんの、知ってんの」
「化粧が濃すぎてキモいとか、援交してるとか、先輩と二股かけてるとか、中学校でヤンキーだったとか、ヤリ○ンだとか」
「くだらないよね。学校ってそういうとこだよね」
「でもあたしは、援交もしてないし、彼氏は一人だけだし浮気もしないし、ヤ○マンでもないよ」
「ただ、化粧するのが好きなだけ」

 わたしも何回か、その陰口は聞いたことはありました。群れた女子によくある、人の悪い噂話です。真実なんてどうでも良いのです。

「やりたいことやってるだけなんだけどね。ま、あたしは気にしないけど。いつ死ぬかもわかんないし」
「じゃ、化粧直ししてくんね」

 しゃべりたいことしゃべって、パッと席を立って行きました。
 彼女なりに、なんとなく励ましてくれたのかなって、ちょっと嬉しかったと同時に、羨ましくもありました。
 わたしにはそうやって貫く自分もないし、強さもありません。そもそも、やりたいことがないのです。

 集団の中にいると、自分の枠を勝手に決められて、その中でしか動けなくなることがあります。その枠を越えてしまうと、孤独になることを知っているから。
 だからとても怖れを感じ、自分の居場所を失くしたくないと思い、みんなと同じということを必死に求めてしまうんだと思います。

 わたしは今、躁鬱という事情もあり、どうやったらその枠に入れるのか、そればかり考えています。そして時には、その枠を越えそうになった自分に、悲しくなります。

 でも今考えると、もしかしたらあの時のPちゃんも、悲しかったのかもしれない。精一杯、強がっていただけで。
 真意は分かりません。でも「やりたいことやってるだけなんだけど」って、悲しい時に出る言葉ですよね。

 たった5分くらいの会話だったけど、言いたいこと言えて、あの頃のPちゃんが少しでも元気になってくれてたらいいな。

 しばらくして、次にPちゃんとしゃべったことは、
「ルーズソックスの正しいバランスの取り方」
 でした。上過ぎてもダメ、下過ぎてもダメ。1cmでもズレると、足が太く見えるよねーって二人で盛り上がりました。うわっ歳がバレる。

 Pちゃんと話したのはその二回。この思い出は、大切にしまってあります。
 ただ名前が思い出せなーい。顔と香水の匂いは覚えてるんだけどな。