「中野式言語療法」を考案し、多様な支援を行う理由【Vol.15】言語聴覚士 中野雄介さん
言語聴覚士。ことばによるコミュニケーションに難がある方に専門的サービスを提供し、自分らしい生活を構築できるよう支援する専門職である。
小さな子どもをもつ親は「子どもがなかなか言葉を話さない」「特定の発音が難しい」など、言語発達に課題や不安を感じたとき、彼らの支援を受けたくなるだろう。
しかし残念ながら、生活圏内でアクセスできる小児分野の言語聴覚士は非常に少ない。
そこでこの連載では、小児分野の言語聴覚士やその育成に関わる方に話を伺い、子どもの言語発達に関するトピックや、言語聴覚士としての活動内容などを紹介する。
子どもの言語発達に悩むすべての人に、この記事が届きますように。
今回お話を伺ったのは、言語聴覚士の中野雄介さんです。
幼少期に言葉の遅れがあった体験もあって言語聴覚士を志し、現在は児童発達支援事業所を立ち上げたり、自身が考案した「中野式言語療法」を別法人に展開したりと、さまざまな活動をしています。
そんな中野さんに、なぜ中野式言語療法を展開しているのかなどの思いをうかがいました。
今も覚えている「言葉がうまく伝えられなかった経験」
——はじめに、中野さんが言語聴覚士になった経緯を教えてください。
中野さん(以下略):
私は大学を卒業してから民間企業の営業担当者として勤務する中で、知人を介して言語聴覚士という仕事を知りました。学生時代から国語や言語学に興味があり「おもしろそうな仕事だな」と強い興味を抱き、養成校に入って資格を取得、言語聴覚士の道を歩み始めました。
また、親から常々言われていたのが「あなたは言葉が出るのが遅かったのよ」ということです。どうやら初めて言葉が出たのは3歳と平均より遅く、その後も「やわらかい」を「やらわからい」と発音するなど、『音の認識』にも誤りがあったようです。
——幼少期に言葉の発達が遅れていたことを、うっすらと記憶していますか?
若干覚えています。私が食事中にほぐしてもらった魚を食べていたときに、小骨が奥歯に刺さってしまったんです。でも「取って!」とうまく言えなくて、指差しで伝えようとしてもなかなか伝わらず、結局奥歯に骨が刺さったまま寝た記憶があります。
こうした原体験が言語聴覚士への道に通じていたのかなと、今になって思いますね。
——資格取得後、どのように言語聴覚士としてのキャリアを積んでいきましたか?
資格取得後は迷わず小児分野に進み、最初は公的な施設である児童発達支援センターに就職しました。激務だったものの濃密な時間を過ごし、多くの経験を得ることができましたね。
その後はたまたま福祉関連の民間企業の経営者にお声がけいただき、児童発達支援事業所の立ち上げに関わりました。その経営者は「自由にやってくれ」という方針だったので、これまでの経験を総動員して、言語訓練や後輩育成などのさまざまな業務を行っていました。
このように公的施設と民間施設での経験が積めたとき、「この分野でさらに専門性を高めた仕事を展開していくには、どうしたらいいんだろう」と思ったんです。
そして選んだのは、フリーランス転身(専門学校での講師業やYouTubeでの発信など)でした。2022年には、フリーランス時代の仕事内容を引き継いで法人化し、現在に至ります。
支援のバラツキをなんとかしたい!という思いから生まれた「中野式言語療法」
——中野さんの仕事内容は多様ですが、主にどのような仕事をしているのでしょうか。
現在は主に6つの業務を行っています。
自社内の児童発達支援事業所における言語トレーニング
他の事業所を訪問して「中野式言語療法」を教えるコンサルティング業
姫路医療専門学校での講師業
YouTubeを介して小児の成長や言葉に関する知識を発信
国内外から相談を受けるオンライン相談業
支援の中で必要性を感じた教材を作る教材製作業
現時点でのメイン業務は、最初に挙げた事業所内での言語トレーニングです。主に2〜7歳の子どもがメインで、まだ言葉の出ない子から、会話はできるもののその内容が心配という子、発音が不明瞭な子まで、さまざまですね。
私の事業所は奈良県生駒市にありますが、大阪から20分圏内なので、奈良だけでなく大阪から来てくださる方もいます。
また、児童発達支援事業所を持つ他社さんに私が考案した「中野式言語療法」を教えるという仕事は、フリーランス時代なら長く続けています。現在は関西2カ所、関東2カ所ですが、このうち1社は全国展開しているので、実質的には全国規模で「中野式言語療法」を展開できている状態です。
——「中野式」と銘打った言語療法を展開しているのはなぜでしょうか?
公的施設と民間施設で多くのお子さんや言語聴覚士と触れあった結果、言語聴覚士の技術や保護者対応スキルのバラツキを解消したいと思ったからです。
言語聴覚士は現場に出てから訓練経験を積んでいきますが、教育現場のように指導要領があるわけではないので、どうしても自分の経験を元に支援する傾向があります。そうすると支援の技術にバラツキが生まれ、満足のいく結果が得られないお子さんも出てしまうんです。
また保護者への対応もひとつの重要なスキルだと考えています。いくら言語聴覚士として支援の技術があったとしても、保護者への言葉遣いが適切ではなかったり、保護者に合わせた説明ができなかったりするのは問題です。
こうしたさまざまなスキルの平仄(ひょうそく)を合わせるためには、指針となる言語療法の技術手法が必要です。もちろんすでに多くの手法や支援方法はありますが、それがうまく機能していないならば、自分でベースとなる言語療法を作ろう。そんな思いから「中野式言語療法」が生まれました。
求められたことは実現するスタンスで、業務の幅を広げていく
——中野さんの今後の展望をお聞かせください。
私は、日本国内で言葉に困っているお子さんが「どこにいても本物の言語療育が受けられる状態」を目指しています。そのために「中野式言語療法」をもっと広めて、日本のスタンダードにしたいですね。
こんなことを言うと他の言語聴覚士に怒られるかもしれませんが、私は「言語聴覚士しか言語トレーニングができない」とは思っていません。だから保育士さんなど近しい職業の方に言語療法のノウハウを教えることもあります。
また、今行っている業務のほとんどが、誰かに「こんなものがあったらいいな」「こんなことをしてほしいな」と言われたことが発端になっています。今後も、お子さんや保護者、クライアントなどに求められたことは実現するスタンスでいたいです。
——最後に、お子さんの言葉の遅れが気になっている保護者に向けて、メッセージをお願いします。
私も幼少期、言葉が遅れていました。そのとき両親がかなり心配していたという話は、大人になった今でも母親からよく聞きます。だから、お子さんの発達や言葉の遅れに悩む保護者の気持ちがよくわかります。
大切なのは、今のお子さんに必要なトレーニングを積み重ねていくことだと考えています。しかるべき段階のお子さんにしかるべきトレーニングをすれば、結果は出ます。それは当然のことです。しかし、その当然のことを当然にやり続けることこそが実は最も難しく、最も大切なのです。
これまで1,000人以上のお子さんの言語療育をしてきましたが、1人ひとりのお子さんや保護者に会うのは限界があるので、YouTubeやオンライン相談サービスを始めました。
YouTubeは言語聴覚士の中ではトップクラスの登録者数で、動画も約150本以上あります。たいていの悩みに応えていると思いますので、ぜひ観ていただけたら嬉しいです。
必ず活路は見いだせます!YouTubeのコメントやメールでの問い合わせにも答えていますので、ぜひ何でも相談してくださいね。
中野さんTwitter
中野式・言語療法センター(合同会社 ことばmirai)公式サイト
いただいたサポートは取材代もしくは子どものおやつ代にします!そのお気持ちが嬉しいです。ありがとうございます!