勝手に想像して勝手にいい話にしたいのかもしれない

6月の終わりに、通っていたスーパー銭湯が閉店した。
そこにスーパー銭湯があったから引っ越したようなもので、一人暮らしの強い味方だった。

2年前に遅咲きの一人暮らしを始めたとき、寂しくて時折つまらなくて、何よりお風呂が狭くて、その戸を叩いた。同業他社よりいくらかリーズナブルで、最終入場が24:00で、社会人になりたての自分にはとても大切な存在だった。

銭湯にはいろんな人がいた。
公園でのランニング帰りで互いのリュックやウェアを褒め合う人たち、これからみんなで宅飲みの女子大生たち、初めての大きなお風呂にワクワクが止まらないちびっこ、、などなど。
寂しいからって寂しいと素直に口にできない自分、寂しいを理由に人に連絡できない自分は、そこにいる人たちの会話を聞いて、誰かと話した気持ちを味わっていたのかもしれない。

実際に湯の中で人と話すこともあった。入る前に髪の毛が背中についてることを教えてくれたおばちゃんには感謝している。

そんな小さなかけらが積み重なっていってわたしの中で大好きな場所になっていった。

その日は突然きたわけではない。
1月の終わりのある日、白い紙が貼られた。延命したが契約上どうしても厳しいという内容だった。
現実味がなかった。10月に転職した広告制作会社での仕事に追われて、24:00の最終入場にすら間に合わない日々が続いていた。もっと行っておけばよかった。これが最初の気持ちだった。身内を亡くしたときと同じ気持ちだった。

時は経ち、無情にも最後の日はやってきた。
行きたいけど行きたくない、現実を見たくない気持ちが混ざり、当日昼になっても家で膝を抱えていた。自転車で3分、その腰は重かった。

到着すると入り口は水色と白の風船で飾り付けられていた。寒色に救われたような気がした。
いつもより人が多くて、カウンターにもたくさんの店員さんがいた。お金を払うと別の店舗のクーポン券をもらった。ここじゃないと意味がない、そう思ったことを覚えている。

更衣室もお風呂も混んでいた。全然知らない人からこれから先のことについて聞いた。解体されてマンションになるらしい。また別のスーパー銭湯になったらいいのになんて思っていたのに。

ありがとうの気持ちをお金で払いたくて、飲食スペースに行った。ソフトクリームは100円になり、急遽作ったであろうポップが置かれていた。券売機は長蛇の列でみんな口々に寂しくなると話していた。みんな恩を払いたい、少しでも滞在時間を延ばしたいんじゃないかと思っていた。

担々麺とビール、奮発したメニューだった。座敷の席を見つけて座って食べた。担々麺は熱くて辛くて、目から出てくるものの正体をごまかしてくれた。まだ信じたくなくて、その場にいる全員で時を延ばしているような気すらした。

突然声をかけられて、ひっつめ髪のお姉さんと相席することになった。なんとなく携帯をしまう。
お姉さんはビールジョッキを2つ並べて中途半端な量の方を飲んでいた。嫌じゃない沈黙が流れた。同じ時を過ごし、同じ悲しみを背負っているふたり。
そのまま10分くらいして、器のひき肉を集めて食べている自分にお姉さんが口を割った。

そこからはあふれ出るように、こぼれ落ちるようにふたりでスーパー銭湯の素晴らしさを語った。居心地が良かった、悲しいと口々に言った。お姉さんはもう6年も通っていたらしい。次はどこにするなんて話もした。2駅先に○○ってとこがあるらしいですよなんて言った。行く気なんてないのに。
会話の内容に特別な意味なんてなくて、寂しさや悲しさを明るいトーンで分け合った。お姉さんの存在がありがたかった。

やがて時間も過ぎ、お姉さんは「ビールが飲みたくて髪を乾かさないで来ちゃったから。」なんて言って去っていった。次は○○湯で、なんて言ってくれて。

周りを見渡した。
いつもはすっぴんで世間話をしているおばちゃんたちが唇に紅を引いて、柄と襟のある服を着ておしゃべりしていた。きっとここで仲良くなって最後にご飯でも食べようなんて約束したんだろう。

近くには小学校低学年くらいの男の子とそのお父さんとおじいちゃん。ばあちゃんを連れて来たかったと嘆くおじいちゃん。そうだねなんて返すお父さん。おばあちゃんは足が悪いのかもしれない。
男の子がお茶を持ってきた。お風呂上がりで暑いのに熱いお茶なんて汲んできたから、おじいちゃんが「なんで熱いの持ってきたの」と言って、お父さんは「まあまあゆっくり」なんて言った。お父さんみたいに否定しないようにしたいなあなんて思ったけれど、おじいちゃんも余裕がなかったのかもしれない。

各々がそれぞれ与えられた残りの時間を大切に過ごしていた。ここにいるみんながこの場所を大切に思っていたことを感じてうれしかった。

やがて時間が来て、アナウンスが流れた。次回の営業はもうない。変な間が空いたアナウンスだった。

出入り口には店員さんたちが大勢で見送ってくれた。本当に終わってしまう。夢じゃないことを再確認した。店員さんたちにとってもかけがえのない存在だったこと、丁寧な接客に嘘がなかったことがうれしかった。

ずっと前を通らずにいたが、今日通りかかったら更地になっていた。
あの場所であったことが嘘じゃないって忘れたくなくてここに記した。人を見て、勝手にその裏の物語を想像して、想像違いかもしれないけど、それでもそう信じたかった。

ありがとうスーパー銭湯。

#銭湯 #スーパー銭湯 #日記

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