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東京新聞が東電の視察ツアーを煽っていたけど煽りすぎているのでざっくり解説しました

東京新聞の取材記事

記事のざっくりまとめ

  • 東電は福島第一原発の視察ツアーで処理水の測定を実演している

  • 処理水にはトリチウムが含まれているのに、トリチウムを検出できない装置を使っている

  • この実演は、”処理水に放射性物質が含まれていない”と印象操作している、と批判されても仕方ないのではないか?

ということです。
この記事に対して「東京新聞がひねくれた見方をしすぎだよ」という話をします。

前提:この記事で使われる用語

トリチウム

弱い放射線を出す水素。

処理水

福島原発で発生した汚染水をろ過してきれいにしたもの。
トリチウムは取り除けないのでまだ入ってる。

ガンマ線

遠くまで届く放射線。
セシウムとかが出してる。被ばくといえばだいたいこれ。

ベータ線

そんなに遠くまで届かない放射線。
トリチウムが出してる。

サーベイメータ

放射線を測定するための装置。
だいたいガンマ線用だと思ってOK。
みなさんが1F事故のあとに見た放射線測定装置はだいたいこれです。

液シン

弱い放射線を測定するための装置。弱いベータ線も測れる。
放射線が通過すると発光する液体を活用して測定するすごいやつ。高い。測定がめんどくさい。

Ge半導体検出器

放射線をめっちゃ細かく測るための装置。
ゲルマニウムの結晶が入っていて、放射線が通過すると半導体の電子がヴァーと動いて放射線の強さがわかるすごいやつ。でも液体窒素(-196℃)を与え続けないと測定してくれないワガママな一面も。

検出限界

測定しても「あるのかどうかわからない」となる限界値。
1g単位で量れるデジタル重量計であれば、0.5gの塩を載せても表示は0gのままなので、このときの検出限界は1g。

海洋放出するときはちゃんと測定する

大事なこと!
処理水を海洋放出する際は、トリチウム用の測定装置も使って確認します。
多分処理水を取ってきて液シンに突っ込むんだと思います。

https://www.tepco.co.jp/decommission/progress/watertreatment/oceanrelease/

というわけで、この記事はあくまでも”現在行われている視察ツアーでの実演のあり方はどうなのか?”という問題提起です。
処理水を放出するときはちゃんと測定する。ここ大事です。

東電はガンマ線が少なくなったことを説明している

記事中に以下記載があります。

東電は取材に「実演は、外部被ばくで人体に影響を及ぼすガンマ線が低減されていることを説明するのが目的。ベータ線を発するトリチウムが、放出基準値を超えていることも説明している」と主張。実演のあり方については「さまざまな工夫をしながら取り組む」と述べるにとどめた。

大量に入っていた放射性物質が取り除かれたことを説明するのが目的なので、サーベイメータで測れば十分という判断のようです。
(もし実演の際に「放射性物質が無くなりました~」て言ってたら嘘なので怒っていいです。)

東京新聞の記事では、東電がそういう意図だとしても、トリチウムを測定することができない装置で実演するのはミスリーディングである、としています。

リスクコミュニケーションをどこまでやるのか問題

東京新聞の指摘は、
視察ツアーの実演までに、測定の下準備をしっかりやって、デッカい測定装置を使って、検出限界を可能な限り下げた状態で、処理水に何がどれだけ入っているのかを見せるべきだ!
という主張かなと思います。まぁ、わからないではないです。数字が見えたほうが安心する場合もありますし。

しかし、”視察ツアー”でそこまでやるのか、という問題はあります。
トリチウムを測れる装置として、液シンなりGe半導体検出器なりで実演をするとなると、測定の下準備が必要です。また、そういう高い装置が置いてあるのは屋内(サーベイメータと違って持ち歩かない)なのでそこまで案内しないといけないです。そしてそういう分析室は汚染のおそれのある試料を取り扱うので立ち入りが制限されていますし、一時立ち入り措置をするにしても出入り管理が手間ですし、そもそも検出するところを見るにしても何も動かない検出器を何分も眺め続けるだけで面白くないですし、だったら視察ツアーとは別で測定結果を印刷するかWebで掲示しておけばよいですし、されてますし、視察のたびにそういうことやってると、手間をかけるとなったら人件費がかかって廃炉費用が無駄に増えますし作業時間もエトセトラエトセトラ……

処理水の測定結果は以下リンクで確認できるようです。処理水が気になって仕方ない方はご覧ください。(東京新聞の記事でも「なお、処理水の測定結果は以下のリンクから確認できる」と書いてあれば、とてもよかったですね)

https://www.tepco.co.jp/decommission/progress/watertreatment/images/exit.pdf

元京都大複合原子力科学研究所研究員の今中哲二さんは「トリチウムのエネルギーは弱い。ろ紙などに染み込ませてベータ線測定器を当てても、もっと濃度が濃くないと反応は出ないだろう」と指摘。東京大大学院の小豆川しょうずがわ勝見助教(環境分析化学)は「科学的には全く無意味。ガンマ線はセシウムだと1リットル当たり数千ベクレル入っていなければ線量計は反応しない。セシウムが放出基準(同90ベクレル)の数十倍入っていても『ない』印象を与える」と話した。

同記事

というインタビューもありますが、実演はその場で測定して数値を出すのが目的じゃなく、「サーベイメータでは測れないくらい少ない量になりましたね~」という話をしているので、やり取りがズレています。

視察ツアーで低濃度の測定までやってらんない

結局、視察のメインはそこじゃない、ということに尽きると思います。
実演はガンマ線が減ったことを模擬的に示しているだけのようですし、トリチウムが入っていることは伝えているようです。
海洋放出の安全性や、その際はきちんとした測定が行われること、そして現時点での測定データはWebで確認できて、そこからプラスアルファで理解を深めるために行っているのが視察ツアー、と私は考えます。
なので、視察ツアーでゴリゴリの分析室まで検査の様子を見に行くというのは、ちょっとやりすぎです。

まとめ

怪しいものを確かめて声を上げるのはメディアの重要な役割だとは思いますが、この記事は無用な煽りに終始しており、よろしくないです。

処理水云々は関心を持って調べれば必要な情報が集まると思いますし、集まらない場合は東電なり私なりに聞いてください。

とはいえ

「調べればわかるでしょ」というのが原子力業界の人間の傲慢だ、と言われると私もいろいろ顧みるところがあるのでそこはすいませんここで情報発信をちまちま頑張ってるからゆるして……という気持ちがあります。ゆるして……

実際、原子力業界は情報発信を頑張り続ける必要がありますし、不足があれば批判されるべきです。
メディアはメディアで矜持をもって仕事しているならばよいと思いますので、仲良く喧嘩していきたいですね。

ご覧いただきありがとうございます! 知りたい内容などあればご連絡くださいね。