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ニューQという哲学雑誌の関連イベントで公共について考えたメモ
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ニューQという哲学雑誌の関連イベントで公共について考えたメモ

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ニューQとは

哲学雑誌。
『新しい問いを考える哲学カルチャーマガジン』という「どうやって採算取ってるんですか?」的な看板を掲げながら、無事に3冊発売された。

問い直すことをやめられない編集チームの方々が、新しい問いを求めていろんな人と一緒にもがいた結果、雑誌という形で世に出される哲学記録。
(個人の見解であり事実と異なる場合があります)

そんなニューQがイベントを開催中

ダダーン

ISSUE03(3冊め)の発売を記念して、雑誌についておしゃべりしようぜ!というイベント(全3回)。

本日7/28はイベントの2回め。

「問いを立てるための公共入門講座」を読む会 〜 公共を考えるのはなぜ難しいのだろう?

でした。

第3回は8/6 19:00~21:00に実施されるので、ご興味のある方はぜひお申し込みください!

PR終わり。

ここからは第2回で自分が参加した際に考えたことをアウトプットするために使います。

7/29追記
参加者の方の発言もメモに拾ってます。もし記載してほしくない/意図と違う記載になっていて直してほしい場合はご連絡ください。

対話メモ:公共を考える

営利企業と公共

広告って「こういうのが好きなんでしょ」みたいなナメた態度があってむかつく。
→公共的な広告ってなに?
 →ACとか?
 →ハイネケンのCM?

結局ビールが売りたい(=営利目的)なんだけど、ビールを通じて対話を生み出そうとしているのは公共的ではないか。
→営利目的だと公共的ではない?
 →企業は公共度と営利度の2軸で評価できるのではないか?
 →でも公共的なことをしてコストがかかると資本主義に淘汰されるよね。
  →かなしい
  →SDGsは公共的な企業を後押しする?
  →消費者の選択に責任が伴う?
   →わたしたちの公共的でない選択が企業を公共的でないものにしている?

公共の容量

「最近のニュースとか、それに対するみんなの反応を見ていると、みんな疲れてるのかなぁって思う」
→疲れていると、個々人が公共に貢献度を提供できなくなる
 →すると社会全体で使える公共リソースが不足する
  →すると政治家はリソースを失ってアクションを起こせなくなる
ボードゲームみたいだね。

個人ではこうなってる。

集団で見るとこう。
人それぞれ差し出せる力の大きさが違う。

黄色いところを集めると

社会全体で使える公共リソースの量が決まる。

それをお金でやるのが税金。
→みんなでお金を出し合ってみんなのために使おう、という制度
 →でも公共感があんまりないよね
  →納税は本来もっとポジティブなもの?募金的なもの?
  →ポジティブな納税ってなんだ?

お金以外だったら、個々人は公共に何を提供できる?
→提供できるものがわからない、あるいは提供する場所がないから、公共的なことができなくなっている?
 →提供できる力、SNSで怒ったりするのに使われてる?

公共とヒーロー

「バットマンは特権的立場にいるからヒーローとして振る舞うことができる」
「戦隊モノって、戦隊ヒーローが頑張っているけど、彼らをケアするのは誰?」
→特権的立場にある人が行う公共的なことは正しくない?良くない?
→公共に貢献する人はケアされない?

公共と感情

「公共的な感情のトレーニングが必要。でも道徳の時間ってちょっと違う感じ」
「公共的なところから感情を排除したい。感情的に不快/嫌いであっても、やるべきことをやれるのが公共的なふるまい」
→理想論的にはカントのいう定言命法なんだろうけど、難しいし抽象的
 →コモンズトレーニングのような、実践できる形が必要。
  →やはり猫?
  →公共的な考え方を磨くという意味では、今回のような対話に参加するのはよいこと。
   →具体的実践になったら、急に尻込みしそうでもある。
   →ここで偉そうに語っている自分、ボランティアでも行ったらどうだ?
    →思想の涵養と実践の間にハードルがある。
     →思想を磨くと同時に、思想を実践につなぐトレーニングが必要
      →やはり猫?

人のためにちょっとだけ努力できる場所が必要。
→Githubみたいなオープンプラットフォームは公共的かも
 →じゃあここはどう?noteは公共的?
  →公共的なnoteを書くことはできる?
   →note上で公共に貢献することはできる?みんなのためになることができる?
    →みんなのためって何?単純な快は公共的ではない。
     →はいこれあげる!ってお金をあげたら喜ばれるけど、相手のためにはならないよね

公共貢献の手段を考えて、それを実践して、実践後に「公共だった?」って振り返る場を設けて、公共PDCAを回す?

公共と距離

公共をやるためには物理的に近い必要がある?
→インターネットでつながっているからこそできることもある

インターネットによって接続可能な距離がものすごく広がったけど、わたしたちの公共観は、物理的距離が近いときのままアップデートされていないのかもしれない。(これは立証できないので詰められない)
その状態でグローバルな課題があるから、弱い公共観では処理できなくなっているのかも。

公共と資本主義

資本主義は感情と行為を切り離して、利潤を追い求める仕組みを作り上げた。
また、資本主義的な考え方はわたしたちに広く浸透している。

ならば、資本主義的な仕組みを活用して、現代の新しい公共の仕組みを作るべきかもしれない。(それは何?→わからん)
お金ではない指標で公共を測定する。公共KPIを目指して活動する組織。

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原子力(バックエンド分野)のエンジニア。原子力、放射線、エネルギーなどについて書いてます。 保有資格は放射線取扱主任者、核燃料取扱主任者、技術士補(原子力、一次試験合格のみ)。