全てが過去になる SFショートショート

「あー、まじで過去に戻れたらな」

有史以来散々呟かれてきたであろうこの言葉をまた一人呟く男がいた。

「あの時が俺を変えたんだ。あの試験のせいで俺は、こうも下らない人生を送っているんんだ」

暗い部屋に一人、男は毎日のように過去の自分を悔やんでいた。過去を悔やむことが日課といっても過言ではないだろう。この男は、かつては優秀だった。少年時代は神童と崇められ、中学高校と都内の名門校に進学した。このまま、東京大学に進学することを疑うものは誰一人としていなかった。

「あの、一点が俺を変えたんだ、あと一問でもあっていれば受かっていたのにな、そもそも得点開示なんか見なければ良かったのかもな」

「神様は、なんてことをしてくれたのか」

そう、彼はたった一点で大学に落ちてしまったのであった。はじめは、彼も諦めはついていた。不合格通知を受け取った時も、第一志望の大学ではなかったがそこで新たなスタートを切ろうと、前向きであった。しかし、得点が開示された時、彼は自分がたった一点で不合格となったことを知り、悔しさから全てのことに身が入らなくなり、堕落して行ったのだ。

「動画でも見るか」

いつものようにスマホを持ち、動画アプリを開こうとしている時だった。

カーテンを締め切っている暗いはずの部屋が、一瞬深夜のコンビニのように明るくなった。

「うわ、まぶしぃ」

彼は、咄嗟のことに目を瞑った。

目を開けるといつもと同じである部屋が少し違っていた。

「なんだったんだ、今のは」

「あれ?この机懐かしいな、というかなんでこんなにシャーペン置いてあんの?ていうかなんで赤本がここにあんの?」

そこには、高校卒業時に捨てたはずの参考書が積み上がっていた。

「母さんが置いたのかな?」

彼は突然の出来事に、理由を見出そうとしていた。

「違う、戻ったんだな」

しかし彼は、わかっていた。自分が過去にいることを、過去にいるのを肌で感じていた。

「神様はいたんだな、見捨てなかったんだ、俺の人生は今日がスタートなんだ」

そこには、暗い部屋で過去を振り返る男の姿はなかった。いたのは、自分の明るい未来に希望をもつ若者だ。

「大学なんかどうでもいいぞ、俺はこれから起こること全てを知っているんだ」

「株で大儲け、これからは、楽しい人生を送ってやる」

思わず、彼は叫んでいた。

「それにしても懐かしいな、6年前か」

少し落ち着きを取り戻した彼は、過去を懐かしむ余裕ができていた。

「こんときって、俺どんな番組みてたっけ」

ふとテレビの電源をつける。

「速報です。たった今、世界中の人が6年前に未来の記憶を所持したまま、タイムスリップをするという前代未聞の事象が発生しております。、、、、」

神様は、誰一人として見捨てないのだ。






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