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視力0.5のメガネを作った話

最近メガネを新調しました。
私は小学校の頃から超が付く近眼で、ずっとメガネ生活を続けており、メガネがないほうが気持ち悪いくらいになっているのですが、せっかく体の一部になっているのだからもっとお金をかけてもいいのではと思い立ち、結構良いメガネにすることにしました。

そうしてブランド品のフレームを扱うメガネ屋さんに行ったのですが、そこで視力検査をするとき、衝撃的な言葉を言われました。

「今のめかぶさんのメガネは見え過ぎです」

えっ、見えすぎなんて言葉があるのか…? 視力なんて14くらいまであったほうがいいんじゃないのか…? 遠くのシマウマが見えたほうがいいに決まっているのでは…? お前それサバンナでも同じこと言えるの…?

どうも話を聞くと、遠くが普段見えるということは、逆に近くを見るときにめっちゃ力を使うみたいなのです。度が強いメガネというのは、最初から遠くが見えるようにカスタマイズされているから、近くには基本的にいつもピントが合っていない。近くにピントを合わせようとする場合は、遠くのピントをパワーで無理やり持ってきてるから、目の筋力をフル活用。何が起こるかというと、目が疲れる、異常に。そりゃそうです。基本が遠くになってるのですから。

これは度が強ければ強いほど起こりやすいというか、度が強いというのは要するに遠くに遠くにピントがあるので、PC操作とかスマホ操作が多い人が度の強いメガネをかけるというのは、目の筋肉をはち切れんばかりにいじめ抜いていることになるみたいです。極端から極端にふっているわけですね。そして、別に目の筋肉はいじめ抜いて強くなる筋肉ではないというか、逆に弱っていく。そして筋肉が弱るとまた視力が落ちる。見えなくなったからさらに度の強いメガネにする…もう終わらない。つまり度数の強すぎるメガネというのは、負の永久ループな訳です。

じゃあどうするかというと、メガネ屋さんに言われた解決策がこれです。

「視力を0.5のメガネにする」

えっ、と言ったら、そもそもめかぶさんは、街で遠くを見てますか? と言われました。確かにそうなのです。街で遠くの電話番号が読めたからといって別に記憶してないし、遠くの看板の文字が読めたからといってそこのお店には永久に行かないのです。日常生活では基本が電車ばっかりだし、スマホめっちゃ見るし、職場では7時間半PC見てるし、TV見ないし、本はiPadのKindleで読むし…あれ、現代社会って、別に遠く見る必要ない?

遠くが見えたほうがいいというのは、呪いだったのか?

遠くから近くへのピント移動が少ければ少ないほど、目への負担は減る。
そして、そもそも私は遠くを見る必要性を感じていない。もちろん写真を撮りにいく時や、車を運転する時は度が強いほうがいいですが、それは被写体を探すとか安全のためとかで遠くを見る必要があるからであって、逆にそういう時はあんまり近くを見なくていいわけです。だから使い分ければいい。

今の日常生活は、今までが見えすぎていたので遠くが若干ぼやけて見えない不安がまだ少しありますが、近くを見るときに目の周りの筋肉がこわばる瞬間がないというか、目の疲れがめっちゃ無くなって大変気分良く過ごしております。

手元ばかり見る生活に気づかせてくれた、メガネでした。

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