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Little Diamond 第5話

◆前回までのあらすじ◆

武術道場で最強を達成し、父に内緒で家出した王女ジュリア (15歳)。
魔法学校卒業後、上京するも目的もなく未だ就活中のユウト (18歳)。

2人は首都からほど近いククルの町の、宿屋を兼ねた酒場で出会う。
店の手伝いを通じて仲を深めていった。

そんなある時、国が主催する全国規模の武術大会に出場することを決める。

予選1日目、初戦をお互い無事に勝ち上がった。

5 見えざる毒牙

5‐1

昨晩はすき焼きをモリモリ食べていたユウトだったが、朝ごはんも変わらず食べていた。

「よくそんなに食べれるわね……」

私はいつものように早朝、軽く町内をジョギングしてきたけれど、今朝はさすがにお腹一杯だった。

今日は予選2日目。

すっかり身支度を終えたユウトは準備運動まで余念がなく、やる気満々だ。

遅刻ギリギリだった昨日よりも30分早く宿屋を出たが、会場に着いて驚いた。

昨日と闘技場の配置がガラッと変わっていたからだ。

地面から直接生えたように設営された四角い石造りの武舞台は、昨日は5つあったのに今日は3つになっていた。夜のうちに造り直されたようだ。

それに合わせてテントや観客席なども設置しなおされ、中央の本部テントから全闘技場がより確認しやすい形になっている。

今日は3つの闘技場で各4回対戦が行われる。

さらに第1闘技場の1回戦目の勝者は、さらにもう1戦することになる。
つまり合計13試合。

昨日勝ち残った25人の選手たちは、今日の終わりには12人になる計算だ。

MPを回復できない魔法使いにとって1日2戦はツライ……なんて昨日はユウトもこぼしてたけど、朝イチの抽選でそれは運よく回避された。

ユウトが第2闘技場の1回戦。
私は第3闘技場で4回戦だった。

お昼ご飯がゆっくり食べられそうな日程だ。

「よーッし!!今日もやるわよッ!」
「いくぜいくぜー!!テンション上がってきたー!!」

2人して拳を突き合わせた、その時。

「!!」

ユウトの肩越しに、見たくないものを見てしまった。
視界の端を横切った人影。

……確かに見覚えがあった。
目を凝らして見る。

遠目にも目立つ、派手な赤いマントをはためかせて歩くあの人は。

……間違いない。
王国騎士団長、その人である。

この国のすべての軍事力の采配を、その手に任されている男。

何であの人がこんなところに……!
ヤバい。これは最悪だ。

騎士団長はいわば国王の片腕。
父の執務室に頻繁に出入りしているので、もちろん私も面識がある。

交わした会話といえば、あいさつや当たり障りのない社交辞令くらいだが、王都の市民たちの噂では「剣技も組織運営もそつなくこなす切れ者」だと聞いたことがある。

首都で行われる本戦の準決勝と決勝には、国王と一緒に彼も同席することが決まっている。

だから地方の予選会場なんかに騎士団長がくるはずがないと、思い込んでいた。

一体何しに来たのよ……もう!

ユウトの陰に隠れながら騎士団長の動きを観察する。
お供も連れずに1人で歩いてるってことは、プライベートかも?

……なのに鎧装?なんか変じゃない?
謎が深まるばかりだ。

「なに?どしたのジュリちゃん?」
ユウトは怪訝そうな顔で、視線の先に何があるのかと辺りを見回している。

「ちょ、怪しまれるからキョロキョロしないでよ」
「え、なになに?どうゆうこと?」

幸い騎士団長はこちらの怪しい様子に気付くことなく、まっすぐに本部テントへ入っていった。

はぁぁぁあ。
危なかったぁ……。

ずっと長かった髪は出発直前に切り、色も変えているから遠目にはわからないだろうが、きっと顔を見られたらバレてしまうだろう。

彼は部下からの信頼が厚い人物としても評判だ。
イケメンで女性からの人気も高いらしい。

ああいったコミュ力の高いタイプは顔を覚えるのも得意に違いない。

つまり、じっくり見られたらアウトってこと。

怪訝そうなユウトに説明する。
「あー、ちょっと、見つかりたくない知り合いがいて……あはは」

この程度でごまかせるのもきっと今のうちだけだ。
いずれちゃんと話さないとって思うけど、とりあえずそれは今ではない。

「そんなことより、ユウト1試合目でしょ。早く会場に行かなくちゃ」
不審だけれど、無理やりこの場をやり過ごす以外に方法はなかった。

5-2

ユウトを第2闘技場へ送ってから騎士団長の動向を窺おうと思っていた。

しかしちょうど着いたところで、会場中に響き渡る音量でアナウンスが入る。

「会場にお集まりの皆様にお知らせいたします!急なことで大変恐縮ですが、本日ただいまから、試合開始前のサプライズイベントがございます。皆様、本部テント前、および第1闘技場前にお集まりください!」

一斉に周りがざわつく。
2人して第1闘技場の方を振り返った。

「なんかあるみたいだな、行ってみようか」
「うん、急に何だろね……」

サプライズイベント……?
試合前にわざわざ呼び出すなんて。

なんか……なんとなーく嫌な予感がする。

第1闘技場についてみると、武舞台の中心には本部テントへ正面を向ける形で、急ごしらえの演台が設置されていた。

観客席もその周りも集まった人でいっぱいになっている。
その末席に、私たちも加わった。

そこへ、大会のスタッフジャンパーに腕章をつけた係員が慌ただしく出てきた。

あ、あ~、とマイクの調子を確認し、軽く咳ばらいをする。

「皆さん、ご注目ください!ななな、なんと!
我が国の戦力の総指揮を司る『あの』騎士団長様が!
お忙しいご公務の合間を縫って会場にいらっしゃっています!!」

おおお~!と周りから歓声が上がる。

あぁ……やっぱりさっきのは見間違いじゃなかったのね……。
思わず額を抑え、大きくため息をついた。

「せっかくですので試合前に、直々に激励のお言葉をいただきたいと思います!」

いらないのに!なんて余計なことを……!
心底、嫌そうな顔をした。

ミーハーなユウトはもちろん会場に集まる選手や観客たちは、噂に名高い騎士団長様を生で見れるとあって、興奮気味だ。

文字通りに首を長くして彼の登場を待っている。

突然、大きな歓声が上がる。
しかし小柄な私には、人垣で舞台がよく見えなかった。

ちょうど良い隙間を探して、背伸びしてなんとか舞台を覗く。

派手な赤いマントは彼のトレードマーク。
明るい栗色の髪をワイルドなオールバックに整え、堂々としたたくましい体躯に、戦闘するわけでもないのに白と金色のまた派手な軽鎧を着こんだ、麗しい騎士団長様が舞台に上がった。

麗しの騎士団長様


「この会場にいるすべての皆さん。
本日は我が国が主催する、全国武術大会の予選にお集まりいただき、ありがとうございます」

澄んだ、よく響く声。

「騎士団長の、サチです」

サチ。
そんな名前だったかな。
聞いたことあるような。ないような?

興味のないことに関しては、あえて記憶しないことにしている。

騎士団長は大会の目的や歴史などをつらつらと話す。
型の決まった定番のスピーチだ。

隣を見ると、ユウトは食い入る勢いで見つめている。

一応私も王室育ちなので、民衆に向けたスピーチなどの教育はもちろん受けた。しかしまったく面白いとは思えなかった。
語学と同様、サボりがちだった科目だ。

しかし騎士団長のそれは、よく通るクリアな声質に加えて淀みなく流暢で、大衆の前で喋り慣れていることがわかる。

「騎士団長」というと軍を率いる勇猛な武将のようなイメージを抱きがちだが、別に外国と戦争するわけでもない。

モンスター討伐や盗賊団の鎮圧には出張るだろうが、普段の業務は王室や執政官僚の護衛、騎士団全体の管理と指揮、あとは組織の代表として、民衆への顔出しが主な業務なのだ。

騎士団長のそれっぽいスピーチは、短めで終わりそうな気配だ。
そろそろ終盤にさしかかった。

「出場者の方々。参戦された勇気はすでに大きな功績です。1人1人が臆することなく最後まで戦い抜く姿は、この不安な情勢下で懸命に生きる国民の皆さんに光明を与えることでしょう。勇敢で気高い『騎士の誇り』を示してくれることを期待しています!」

わぁぁぁ、と人々から歓声が上がる。

「大会運営スタッフ、協賛いただいている魔法学会、魔法医療協会の方々、ならびにククルの町の有志スタッフの方々、そして応援してくださる観客の皆々様」

騎士団長は一歩下がって、深々とエレガントにお辞儀をした。

「本当にありがとうございます。我が国と騎士団を愛していただき、この上なく幸せです」

パフォーマンスがいちいち大げさなのよね……。
と思ったが、隣のユウトはえらい感動した様子で目をうるうるさせている。

「この予選から本戦大会のフィナーレまで、心を一つにしてイベントを盛り上げていただけることを、心から感謝いたします!」

わぁぁぁぁぁぁぁ……!!!
……と、観衆から割れんばかりの拍手と喝采。

ちょ、ユウトも一緒になって拳を突き上げて雄叫びを上げているじゃないの!

恐ろしい……見事なまでの人心掌握術。
くぅ……これが噂の騎士団長様の実力か……ッ。

ある意味とても勉強になった。
だからってマネはできないけど。

5-3

感動の(?)サプライズスピーチが終わり、第1闘技場から人がはけていく。
観客たちも散り、スタッフはみんなそれぞれの持ち場に戻る。出場者達も各自、準備に戻っていったようだった。

ユウトは第1試合の予定だ。
出場予定の第2闘技場の控えテントの前で見送る。

「じゃあ、頑張ってね」
「おう!まかしとけぃ!」

2度目だけに案外あっさりと行ってしまう彼に、少しだけ寂しさを覚えながらもその背を見送った。

さてと……。
目をキョロキョロさせて周りを警戒し、観客席へと向かう。

幸いなことに、例の騎士団長は目立つ。
黙っていても周りが放っておかない。

ただ街を歩くだけで、絡めとられるように女子が集まるに違いない。
だがそんな人だかりは、今見える範囲にはなかった。

他の闘技場ではすでに対戦者がステージに上がり、試合が始まろうとしていた。

きっと忙しい人だから、もうすでに帰ったのかも知れない。
うん、きっとそう……そうであって欲しい。

そういえば、昨日は観戦中かなり寒かったな……。
そのおかげであの可愛い女の子に出逢えたわけだけど。

今日はちゃーんとコートを着て来たから、寒さ対策は万全だ。

観客席に上がろうとした、その時。
ふと背後に変な気配を感じた。

何気なく振り返ると――。

男が、音もなく至近距離に立っていた。

「――!!」
思わず身構えた。

距離、約1メートル。
不気味だった。

普通ならこんな距離まで他人に接近を許すはずもないし、この距離まで踏み込んでくるなんて、相手の意図が分からない。

そこまで大柄ではないにせよ、この距離では少しの身長差だけで威圧感を感じた。

男はダボっとしたベンチコートを着こんでいるため体形はわからず、目深にかぶったフードのせいで顔もよく分からない。

男は押し殺した声でいった。

「おや、こんなところで出逢うとは……奇遇ですね」

そして、こちらのおびえた様子を楽しんでいるかのように、口元に不敵な笑みを浮かべていた。

「少し、お話しがあるのですが、王女……?」

え……正体が、バレてる……?
サッと血の気が引く。

緊張しているのか、口の中がひどく渇く。
つばを飲み込んだ。

「だ……誰?」

男は答えない。
ただ左手をスッと、向こうの林の方へ伸ばす。

「ここは人が多い。こちらへ」

一体何の話を……取引でもしようというのか。

なんにせよ、相手は私の正体を知っている。
その話を誰かに聞かれるのは、こちらとしてもマズイ。

……でも。

子供のころ、知らない人についていくなと教わったはずだ。
今さらそんなこと、思い出すまでもない。

こんな明らかに何か企んでいる悪そうな男についていくなんて。

……怖い。
でも逃げちゃだめだ。

逃げれば父にばれて強制送還は免れないだろう。

助けはない。
自分でどうにかするしかない。

誘拐、されるかもしれない……。

あ、でも!
そっか、なんかされそうになったらブッ飛ばそう。

……うん、そうしよ。それがいい。
たぶん……大丈夫。

…………もはや、選択肢はなかった。

無理な言い訳で自分を言いくるめて、促されるままに不気味な男についていく。

広場の外れにほんの小さな、木立が茂る林がある。

会場から少し離れた林

それほど暗くもなく、普段は木漏れ日の気持ちいい公園の一角といったところなのだろうが、この時ばかりは不穏な空気に包まれ、密談にピッタリな裏路地の不気味さが漂っていた。

奥に少し踏み入っただけで、会場の喧騒がだいぶ遠く小さくなった。

……ますます心細い。

男はそこで足を止め、こちらに向き直る。
そして、ゆっくりとフードを外す。

「ジュリア王女。こんな怪しい男にノコノコとついて行ってはダメでしょう」

そういって現れたのは……。

無造作に跳ね散らかしたクセの強い茶髪。
顔は……端整だが、見覚えがなかった。

「え、……誰?」

男はズッコケた。

「私ですよ!サチです!」

そして彼は苦笑しながら、目にかかる前髪を両手でかきあげて見せた。

「サチ……って騎士団長……?あ、ホントだ!」
確かに、髪を上げたらそうっぽく見える。

そういわれれば背格好もこんな感じだったような。
なんか……正装してないと、けっこう地味……!

そこには先ほどの煌びやかなオーラは一片も見当たらなかった。

ハッ……!
いやいや、それどころじゃないでしょ!!

一番バレてはいけない人にバレてしまったという事実に、はたと気づいた。

「いや、あの。これは……」
とっさに気の利いた言い訳が思いつかない。

わぁぁぁ!ヤバい!どうしよう……!
思わず頭を抱えた。

サチはひとつ大きな咳払いをして、話し始める。

「幼少期からのあなたの行動を見ていれば、こうなることはだいたい予想はついていました。まさか実行がこれだけ早いとは思いませんでしたが」

そう言って彼は探るように、上目遣いで鋭く視線を合わせてきた。

「王宮内に、協力者がいますね?」

「……」
協力してくれた母のことは、売りたくない。

私が黙っていると彼は今度は視線をはずし、目を細めて微笑んだ。

「ま……いいです。
それも、もはやだいたいわかってます。
あえて言いませんがね」

想像した以上に頭の切れる人だった。
全てお見通しというわけだ。

きっと父から指令を受け、私を見つけるためにこの町にやってきて、会場の全員をあの場に集めるためにスピーチをしたのだろう。

しかしあの距離で、あの人数から顔を判別する眼も尋常じゃない。
コミュ力高いとかそんな次元ではなかった。

騎士団の目を欺くなんて……無理だったのかもしれない。
初めから私なんかが敵う相手じゃなかったんだ……。

……もうどうしようもない。

ダメもとで、言ってみる。
「お願い、お父様には内緒にし……」

「あぁ、念のため言っておくと」
彼は言葉をさえぎるように、片手を広げて言葉を重ねる。

「……私はあなたの味方です。たとえ国王の直属であっても、国王のすることに何でも賛同するわけではない。個人的にはむしろ、あなたの勇気ある行動に敬意を表したい」

「……?!」
彼の意外な言葉を飲み込むのにしばらくかかった。

「お父上は、まだあなたの脱走に気付いてはいないようです。協力者の見事な手回しの甲斐あってあなたは今、王都内の孤児養護施設へ住み込みで研修に行っていることになっています。スケジュール上では3か月ほど。国王様は娘に会えず、たいそう寂しがっていますよ」

そう言って、サチは「キヒヒヒ……」と口を押さえて笑う。
まるでいたずらっ子のようだ。
その笑顔を見てジュリアはちょっと安心した。

「あの、じゃあ……私を連れ戻しにきたんじゃないの?」

「ええ、今日ここに来たのは全く別件です。なのにまさかこんなところであなたを見つけるとは。驚きましたよ、髪まで切ってしまわれて……。
スピーチ中に見つけたのも偶然です。そこからずっと気になってしまって危うく何度か噛みそうになりました……ははは」

彼は額を抑えて苦笑している。
騎士団長って、意外とよく笑う……。

市民向けの顔は紳士的で爽やかだし、王都内で見かけた彼はもっと威圧的でクールな印象だったのに。

話してみると噂ほどカッチリした印象もなく超人的な雰囲気でもない、親しみやすい人だった。

彼は真顔に戻って、続けた。
「この件は見なかったことにします。国王にも報告しません」

「ホントに?!……ありがとう!」
良かった……。
ホッと胸をなでおろした。

連れ戻されて終わりなのかなと、一瞬諦めかけてた。

「ただし……」と彼は人差し指を立てる。

「個人的に興味があるので、今後も気にかけさせていただきます。こちらからは一切干渉しないことを約束しますが、もし万一助けが必要な時は、ご相談ください。あくまで個人的に、応援しております」

「個人的に」と彼は強調する。

確かに「騎士団長としては」認めることはできないよね。
護衛対象が管理下から抜けて、勝手気ままにに出歩いているのだから。

それでも……味方であると。
なんて嬉しく、頼もしい言葉だろう。

今までずっと、まわりに母以外の理解者はいないと思っていたから。
王女というだけで一線を引かれ、対等に話ができる友達もいなかった。

彼は、私が小さいころからずっと見ていてくれていたという。
くすぐったいけれど、何だか暖かい。

サチは心底楽しそうに、少年のような表情で軽やかに笑う。
「何をしでかすかわからないおてんば王女の、この先の展開が見逃せないってことです。こんな面白いネタ、放って置けませんよ。ジュリア王女」

……きっとこれが、彼の「素」なんだ。
威厳ある麗しい騎士団長様よりも、ずっと魅力的だと思った。

5-4

林の中で騎士団長サチと別れ、ユウトの戦う闘技場へと走って戻る。

とにかく、正体がバレずに済んで良かった。
いや、バレたけど大丈夫だった。

こっちが解決したら急にユウトが心配になってきた。
「まかしとけー」なんて軽く言ってたけど、ホントに大丈夫だろうか。

もしかしてもうボコボコにやられて終わっちゃってたり……?

ううん……可能性としてなくはない……。

そんなことを考えながら会場に戻ると、ユウトはいまだ対戦中だった。

相手は……女子だ。珍しい。
しかもこの寒空の中、露出度の高い衣装に身を包んだ……ダンサー、のような?

「なんなの、アレ……」
ジュリアは、あまりにこの場に似つかわしくない相手に驚いた。

ゆるく巻いたピンクがかった亜麻色の髪、バラ色の頬にピンクのリップ。

透け感のあるミニのワンピース、揺れてきらめく繊細なアクセサリー、動くたびに鈴がシャラシャラと鳴る腰巻。

なめらかな素肌を覆う布は、下着とそう変わらない被覆面積だった。

彼女はスカートのフリルをひらひらさせながら闘技場をくるくると舞う。

ユウトは……?というと。

……ひたすら、逃げ回っている……?
しかもなぜか額に汗を浮かべ、かなり憔悴していた。

まさか……前回と同じ展開かぁー!?
思わず頭をおさえた。

ユウトは時折目をつむったり、指を組んでみたり。
何やらつぶやいたりしているようだ。

魔法を発動させようとしているのかも?

すると、相手の女は間合いを詰めた。

攻撃こそしないものの、からかうようにユウトの体に触れたり話しかけたりして気を散らす。

慌ててユウトはまた間合いを取る。

ただでさえ短いスカートが、たびたび風にあおられて舞い上がる。

「いや~ん!」と彼女が声をあげると、その度に観客席から「おおぉッ!」と男たちのどよめきが上がる。

……ちょっと。何やってんの……!

ジュリアはこのアホらしい応酬にイラついてきた。
それに、普段からデレデレしてるアイツがさらにデレデレしているようで、なんでかわからないけど腹が立つ。

観客席の一番下、闘技場舞台に一番近い所までつかつかと降りて行った。

もう耐えられない。
ジュリアはイライラに任せて叫んだ。

「コラーッ!シャキッとしなさいよ!ばかユウト!」

ユウトがこっちを見る。
目を見開いて、驚いた表情で一瞬固まった。

……何なのよ。
鳩が豆鉄砲くらったような顔して。

さらに睨みを利かせ、見えない圧力を精一杯ユウトに送りつける。

するとユウトは大きく深呼吸しだした。

そして、
「だぁぁぁ――――!!」
と奇妙な叫び声を上げて、ついに魔法を発動した。

相手の女はふわ、とわずかに宙に浮き上がり。
そのまま横へスライドして、場外へと落ちた。

「いやーん!痛ーぁい!」
「勝負あり!」
彼女のピンク色の叫びと、審判の声はほぼ同時だった。

会場に渦巻く歓声。
彼女を助けにワラワラと出ていく観客席の男たち。

ユウトはそのまま、膝から崩れ落ちた――。

5-5

舞台に座り込んでうなだれたまま。
ユウトはしばらく動かない。

心配になって、慌てて駆け寄った。
「だ、大丈夫?どうしたの?」

目をつぶったまま、ピクリとも動かない。
電池が切れたかのように。

数秒のあと、短いため息とともにつぶやいた。
「うぅ……つかれたぁ~」

意識があったことに、少しだけ安心した。
一瞬、人形か何かになってしまったのかと思ったから。

けれどユウトはその姿勢のまま動けないようだった。
「……ユウト?」

医療班の数人が走って助けに出てきた。
とりあえずテントまで、スタッフと一緒に担いで運ぶ。

テントには本部からも応援が駆けつけたようで、受け入れ準備が整えられていた。

医療班の緊迫した空気に焦りを感じる。

どういう状態なのか分からないだけに、嫌な想像が頭をよぎる。

もしかしたら……私が思っているよりヤバい状態なのかも知れない……?

ユウトはそのままベッドに寝かせられた。
目はうっすら開いているものの、どこも見ていない。

「ユウト……?」
ベッドの横の椅子に座り、顔を覗き込む。
すると彼の目から一筋、涙がこぼれた。

え……? なに……?
心配で胸がざわつく。

その時。

「はい、ごめんね。ちょっとどいて」
……と言って、間に割り込んで来たのは。

なんと、昨日座布団を貸してくれた、銀髪の小さな女の子だった。

白衣姿の彼女は、先ほどジュリアがしたのと同じように彼の顔を覗き込んだ。
それから小さな手を、ユウトの額に当てる。

「あぁ……だいぶ魔法使い過ぎね。これではきっと、頭痛がひどいはずだわ」

彼女はどうやら、医者のようだった。

額に手を当てたまま、彼女は眉根を寄せてつぶやく。
「……?なんか変なループがあるわね……」

後ろに待機しているスタッフに早口で尋ねる。
「波形はどうだった?異常値は?」

スタッフは答える。
「MP吸収効果のある『踊り』の発動が見られました。しかもかなり強力な」

「踊りか……厄介ね。ゼロ値を切ってまだMPが減り続けてる」

手際よく全身に手をかざす。
さっきのスタッフから手渡された分析データにも素早く目を通した。

するとポケットからメモ帳とペンを取り出し、忙しく何やら書きつけている。

それから再び、ユウトの額に手を当てる。

今度はその手に、小さな紙辺を挟んでいる。
いま書いていた、メモのようだ。

彼女は目を閉じ。
しばらく、そのまま沈黙する。


……静寂。

テント内では何人もバタバタと忙しく動き回っていたが、施術中の彼女の周りだけは、空気がピンと張りつめたように動かない。

喧騒の中なのに、無音を感じる……不思議な感覚。
遠くわずかに、耳鳴りが聞こえるような気がする。

……3分くらいは経っただろうか。
実際にはもっと短かったかもしれない。

ユウトがスウゥ……と音を立てて息を吸い込み、大きく吐き出す。
ゆっくりと瞬きをして。

目に光が戻った。

「……ごめんジュリちゃん、喋れなかった。頭が痛くて」
横になったまま、かすれた声でつぶやいた。

「ユウト……あぁ。よかった……!」

ホッとしたら、なんだか頭がクラクラした。
無意識のうちに、息をするのを忘れていたのかもしれない……。

小さな先生はこちらを振り返り、ニッコリと微笑んだ。
「回復したみたいね」

そして再びユウトの方へ向き直る。

「発狂せずによく頑張ったわね………偉いわ。『踊り』の効果は取り除いたけど、MPは残ってないから。今日はもうできるだけ魔法は使わないで、早めに寝てね。お疲れ様」

「ありがとうございます」
まだ動けない様子のユウトはそれでも、笑顔で言った。

彼女はスッと立ち上がると「じゃ、あと頼むわね」とスタッフに言い残して、ひらりと白衣を翻してテントを出ていった。

改めて他の医療スタッフがユウトを検査する。
「身体の復旧はもう少しかかるので、そのまま寝ててくださいね」

波動モニターのチェックはもう終わったようだ。
テント内のバタバタも収まり、人の数も少なくなってきた。

医療スタッフの腕章をつけたお兄さんが言う。
「魔法の残留チェックは異常なし、体内の波動も正常値に戻っています。良かったですね、博士が来てくれて。少し特殊な魔法を受けていたようです。本来なら解除するのに結構手間がかかるんですが」

文脈から察すると、博士というのがあの可愛らしい彼女らしい。
魔法医療の、博士とかあるんだろうか……?

それに「踊り」に魔法効果があるなんて、考えたことなかった。

そうしているうちにユウトは起き上がってきた。
ううん……と唸りながら、眠そうに目をこすっている。

「……もう、大丈夫なの?」

「うん、大丈夫。ちょっと眠いし疲れたけど」
言いながら、ふぁ~ぁあ、と大きなあくびをした。

よかった……。
本当に心配したんだから。

……正直、死んじゃうんじゃないかとさえ、チラッと思った。

こういう状況は初めてで、そこで自分は何もできなかった。
でもあの少女……いや「博士」は、いとも簡単に彼を救ったように見えた。

もしまたこんな状況になった時、私はどうしたらいいんだろう……。
どうにもできないんじゃないか、と思うと怖い。

自分はまだまだ全然、経験が足りない。
家を出るには、まだ早かったんじゃないか……?

そんな弱気が心をよぎった。

ユウトと一緒にテントを出ると、もうすでに陽は高く昇っていた。
時計を見ると11時だ。

「ごはん食べようか?」と提案する。

「あー……、食べてていいよ。その間オレはちょっと、その辺で寝るわ」

寝る……?
食べずに寝るの??

私は驚いた。

ユウトは普段、標準以上に食べる。

痩せの大食いという言葉があるがまさにそれで、大盛りくらいは控えめなほう。放っておいたら2~3人前くらいはペロッと食べてしまう勢いだ。

そんなユウトが、戦いの後でおなかが減っているはずなのに「食べない」と。

そんなに眠いのか……。

近くのテントに立ち寄って座布団とブランケットを何枚か借りてから、広場の外れの日当たりのよい草原を選び、腰を下ろした。

ユウトは座布団を枕にして、さっそくゴロンと横になるとすぐに小さないびきをかき始めた。
無防備な姿がなんか可愛らしく思える。

「お疲れ様。風邪ひかないでよ」
ブランケットをそっとかけてあげる。

私の出場する第4試合の開始までには、まだもう少し余裕がある。

ここからは会場全体が見渡せる。
しばらくここで、休憩することにしよう。

◆◆第5話 「見えざる毒牙」終わり

あとがき


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さて、今回は一難去ってまた一難。
ジュリアにとってはアレコレ忙しい回になってしまいました。

騎士団長のイメージ絵はAI生成ですが、どうやってもオールバックにしてくれませんでした。そこは妄想で補ってくださいw

ユウトも瀕死の手前くらいまでいきなりやられてましたね……。
対戦相手のお色気ダンサーを思いついた当初は、ジュリアが可愛いやきもち焼いてビンタを食らう程度の展開を想定していたのですが。

4話で登場させた美少女が予定外でした。
実は彼女、まだ名前も決まってません。
でもいい感じに妄想が広がったので、このように仕上がりました。
美少女の魔力としか言いようがないです(笑)。

次回はジュリアの2戦目。
相手は魔法忍者を予定しております。

え?戦隊ヒーローものの香りがする?
いえいえ、そんなことないです。

次回も絶対、みてくれよな!

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