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Little Diamond 第12話

前回のあらすじ

町の中で突然、何者かに襲われたユウトは瀕死のケガを負い、一緒にいたエミリは暴漢たちによって連れ去られてしまった。

宿屋の一室のような場所で目が覚めたエミリは、ゲストのような親切な待遇と謎の少年の言動に戸惑う。

一方ユウトは何とか一命をとりとめ、テレパシーによってエミリの連れていかれた場所をすぐに特定し安否を確認する。
普通なら騎士団に通報して奪還を依頼するべきだが……。

襲撃者たちの言葉から、王女と勘違いして誘拐された可能性が高い。
だとすれば、もし別人であることに気づかれたら……。

騎士団が動き出すのをのんびり待っているわけにはいかない。早く、助けなければ。

二人はこの夜のうちに、エミリを助けに行くことを決意したのだった。


第12話 砂塵の狼

12‐1 ドナン視点

ピピッ。
小さなアラーム音で目を覚ました。

16時半。まもなく日暮れ。
ここ「砂塵の狼」本部基地は、夕方から動き出す。

とはいえここ数年は交代制で、24時間常に誰かが稼働しているわけだが。

ベッドを整え、洗面所に行き身支度をする。
軽く運動をして身体が温まると、頭も冴えてくる。

リーダーという立場上、遅刻など厳禁だと思っている。
早めに起きて、始業時刻までには心身を整えるのがいつものルーティンだ。

それから端末を起動し、日中に入った報告や連絡に目を通す。

砂塵の狼リーダー ドナン

そこにすかさず音声通話の通知音が鳴る。
見るまでもなく誰からかは見当がついている。

「おはよう」
「おはようございます、ドナン」

この声はオルクス。
いつも俺の足りないところを助けてくれる、パートナー。

こうして端末を立ち上げるのを、正座待機していたかのようなタイミングで声をかけてくる。今日も変わりなく元気そうだ。

オルクスが今日のタスクを確認しながら読み上げた。

……どうやらプロジェクトの会議や特別なイベント、訓練などはないようだ。当然「狩り」の予定もない。

「今日は通常業務のみで……大した予定はありませんね」

通常業務といえば、各所からの調査報告の確認と、それに対する指示出し。退屈な作業に見えるだろうが、平常時のこれこそが大事な仕事なのだ。

我が盗賊団のメインターゲットは魔法石であり、その他は生活と運営に必要な物資として最低限、調達するに過ぎない。

魔法石「アビサライト」の流通を監視する各支部からの報告で「獲物」の動きを割り出し、ほかの盗賊団の動きも予測しながら慎重に「狩り」の計画を立てなければならない。

そして最近うちの研究部から入手をせがまれているのは、新しく発見された魔法石「ミデアストーン」だ。
アビサライトよりさらに大きな魔力を持っているらしい。

そう……つい数日前か。

首都で巨大化した魔物が大暴れしたという。
騎士団によって早期に鎮圧されたものの、街の方はかなりの被害が出たという報告が上がっていた。

この件にはもしかしたら、新しい魔法石ミデアストーンが絡んでいるのではと噂になっていたのだった。

「こないだの首都での騒ぎは? 結局何だった? 」

「巨大オーガが首都を襲った事件ですね。首都に潜入している者たちに話を聞きましたが、あの夜、ミデアストーンの特徴であるオレンジ色の閃光を確認しています」

ミデアストーンに関する諜報部への聞き込みは、オルクスの所属する研究部に任せてある。

なぜならこの俺や現場にいた諜報部員は、最新の魔法石については知識が浅い。彼ら研究部の方がずっと詳しいからだ。

一見して関連がないと思われる小さな出来事を手掛かりに、お宝の気配を嗅ぎ分けるようなことも多々ある。

「ですが……騎士団内部や首都の研究所でも厳重に情報が規制されているようで、詳細はつかめていません」

「そうか……」

俺もかなり、この件は気になっている。
従来のアビサライトよりさらに力のある魔法石を使うことができれば、単純に目標達成までの距離が縮まる可能性があるからだ。

しかしミデアストーンについての情報は本当に「最先端」であり、研究開発を行っている個人や組織にとってはトレンドと言ってもいい。

当然、情報にも高い価値がつけられていて、入手するのはなかなか困難なのだ。「石そのもの」の入手はさらに難易度が高くなるだろう。

うちの研究部も現物を手に入れようと調査に力を入れているが、残念ながらまだターゲットの尻尾すらつかめていない状態である。

オルクスは補足する。
「ミデアストーンに『関連している可能性がある』というレベルの情報なら、ルーザーポットの裏マーケット界隈で何件か上がっています。ただ、真偽のほどは怪しいので、研究部で検討してから報告しますね」

犯罪者の街と呼ばれる「ルーザーポット」では前時代の遺物や挑戦的な発明品の取引が活発に行われている。

出所や用途の不明な盗品、安全性に問題があって公には製造や販売を禁止されているアイテムなどを売買するには、うってつけの場所。

地元マフィアの勢力が強く、騎士団にもすべてを取り締まることは不可能なのだろう。よほど派手な事件でも起こらない限りは、大規模な制圧などが行われることはない。

場所はここから遥か西の、海を隔てた向こう側ではあるが、うちのメンバーも常駐し情報収集を行なっている。

「いつも苦労をかけて、すまないな」
「いいえ、お役に立てているならやる価値はあります」

色々頼ってしまってこんなことを言うのもなんだが……オルクスが過労で倒れるんじゃないかと、俺はいつも心配しているのだ。

というのも彼は、ミュータント(突然変異種)だ。
どんなに頭が良くて魔法も使えても、身体は未熟で体力に乏しい。

戦闘訓練にも小さな身体で懸命についてきてはいるが、そもそも肉体が成長しないというのは鍛えてもそれほど効果がないのかもしれない。

無理しなくていい、とは言っているのだが。
それでも決して手を抜かない真面目な性格ゆえに、見ていて可哀想になることがある。

補佐・研究部 オルクス

それに加えてオルクスは、魔法を使える数少ない人材。そのため研究部でのサンプル採取や魔法アイテムの実装前テストにも駆り出されている。

「お前は今日は……忙しいか?」
「いいえ。私も細かい用事だけで、急ぎのものは特にないです」

……俺は思い切って切り出した。

「手の空いたタイミングでいいから、少し時間を作ってくれないか。話がある」

実はこのところ、ひとりではどうしても答えが出せない問題を抱えていた。

分かっている。
決断できないのは自分を信じ切れてないからだ。

だからといって、均衡を保った天秤をその時の気分や勢いで強引に傾けるなんて、運に任せてサイコロを振るような投げやりな行為だろう。

失敗や間違いを恐れているのではない。
むしろ確実に成功を取ろうなんて厚かましいことだと思っている。

俺はただ……今この時点で、心から納得して信じられる選択をしたい。
信じて全力を傾けることができる選択を。

でなければこの先、死ぬまで後悔し続けることになるだろう。

だからこそ、意見を聞く必要があるんだ。
自分自身と同等か、それ以上に信じられる人の。

「何です、改まって? 先に内容を言ってください。気になって仕事できませんから」

きっとまた、甘いとか優柔不断だとか言われるに違いないが、実際その通りだから仕方がない。

「……組織解散についての、話だ」

「……はい。分かりました」

12‐2

2時間、くらいだろうか。
しばらく部屋で事務仕事をこなしていると、音声通話の呼び出しが入った。

通知音と共にモニターに表示されたのは、薄笑いを浮かべた細面の男のアイコン。情報部長、基地管制室の主。シドだった。

情報部・管制室長 シド

組織内外の膨大な情報を管理し、俯瞰できるよう整えるのが彼の業務。

各部屋にコンピュータ端末を配備し、かつて全世界につながっていたという「インターネット」の残存資料を参考に、魔法力をベースにした通信ネットワークを基地内に構築したのは彼だ。

通話を許可する。

「ドナン様。大変なことになりましたよ?」

言葉とは裏腹に、台本を棒読みしたようなわざとらしく悠長で大仰なトーンだった。
彼のこういう演技がかった物言いはいつものことだ。

「なんだ、どうした?」
嫌な予感を感じつつ、聞き返す以外にできることはない。

「第4実行部隊のチンピラくんたちが、王女を拉致してきました。たった今です」
「……は? 誘拐? ……王女!?」

……なんだって?

「薬で眠っているので、とりあえずゲストルームに寝かせておきました」

あぁ……。
アイツら、またやりやがったのか……!

あれほど言っているのに、なぜ分かってくれない……。

しかもよりによって王女とは。
「まさか、王都に入ったんじゃないだろうな……?」

スピーカーの向こうで、クククっと押し殺したような笑い声が聞こえる。
シドは有能で信頼できる男だが、他人の困った顔を見て楽しむような性癖がある。

「いいえ、どうやら王都ではないようです。……心中お察ししますよ。緊急会議の招集、しときます?」

「……ああ、頼む。お前とオルクスと……あとイツキも呼んでくれ。15分後に会議室」

頭が痛い。
いや、胃も痛い。

「はぁい。かしこまりました。では」
いかにも楽しそうな明るい声色。

通話が切れると部屋には静寂が戻った。
しかし脳内では余韻のようにシドの薄笑いが自動再生された。

胸に渦巻く色んな感情を、大きなため息と共に吐き出した。

やってしまったものは仕方がない。
どうにかするのが俺の仕事だ。

12‐3

シンプルな大机を4人で囲んで座る。
いつものメンバーだ。

オルクスとシド、実行部隊の長を任せているイツキも。

会議室


まずは、今回の実行犯である第4部隊を基地へ収容したシドから、ことの概要を報告してもらう。

彼は手元のノート型の端末に目をやりながら、気だるそうに髪をかきあげた。
「今回やらかしたのは第4部隊の3人。ちょうど日暮れ時……16時頃ですね。ククルの町で王女を拉致し、つい20分ほど前に基地に帰還しました」

ククルの町……?
なんでそんなところに?

シドはさらに続ける。
「薬品で眠らせて連れてきたようで、王女はまだ目を覚ましません。目撃者はいないと言っていましたが、実際はどうでしょうね。ウラを取る必要があると思いますが」

俺は思わず額を押さえてため息をついた。

「何でこんなことになったんですか」
オルクスがイツキに振る。

イツキは第1実行部隊の隊長で、今は試験的にではあるが、5つある実行部隊をまとめる役を任せてあった。

まだ成人して間もなく幼いところはあるが、頑丈さと身体能力はズバ抜けていて、素直な性格でシドによくなついている。

基地の外では安全かつチャンスを逃さず行動を取れるよう、オペレーターであるシドと密に連絡を取ることを条件に、実行部隊を動かす権限を与えている。

つまり、この本部の実行部隊のリーダーなのだ。
……試用期間中だが。

実行部隊長 イツキ

「いやぁ……なんでって言われても……あぁ、そういえば何日か前に奴らの間で『王女が外に出ているらしい』ってウワサになってたんだよな~。まぁでもどうせ、首都に入って悪事を働くなんて下っ端の奴らにできっこないし~って気にしてなかったんスよね」

イツキは、テヘペロとばかりにとぼけた顔をしてみせる。

「そういう情報をいつも報告しろと言っているんですよ!」
オルクスが鋭い視線で咎めたが、イツキにはそれほど効果がない。
それどころか、口をとがらせてプイとふくれた。

「ちぇ……だって今まで全然外に出なかった王女がさー、まさかいきなりククルにまで出歩いてるなんて思わねっしょ、フツー」

「あなたが判断することではありません。そうやって勝手に……」

ダラっとゆるいノリのイツキと、真面目で几帳面なオルクスとでは相性が悪い。
このままいくとお説教モードに入りそうだから、一応止めておこう。

「まぁまぁオルクス、今さらそこを責めても仕方ない」

シドも呆れたように両手を広げる。
「そうそ。イツキに先の危険まで予測して動けなんて、初めから無理な注文ですよ。情報を拾えてなかった我々のミスです」

「ほら!ほら!俺は悪くなぁーいっ!」
シドが味方に付いたと勘違いして、オルクスに対して反撃する。

あぁ、これはまずい。
オルクスの本気スイッチが入る前に止めなければ。
会議が進まなくなってしまう。

「もういいイツキ、黙っとけ。……遠回しにバカにされてるんだぞ」

こいつの戦闘能力や根性、素直さは高く評価しているが、少し考えの足りないところがあるのは否めない。

「え……そうなの、シドぉ?」
イツキは困った顔でシドを振り向く。

対してシドは、さも申し訳なさそうな顔で言う。
「あぁ~、すみません。私、根が正直なものですから。ついウッカリ本音が出てしまいました」
……謝っているようで謝っていない。

しかしそんなことはお構いなしに、にっこりと笑うイツキ。
「まぁいいよ、許す!」

からかわれても意に介さず子犬のように懐いてくるイツキを、いじりながらも楽しそうに世話を焼くシド。

不思議な関係だが、こういうのもきっと相性が良いと言えるのかもしれない。

シドも作戦行動の時はイツキにも分かるように丁寧に指示を出すし、イツキも素直に忠実にそれに従う。

たとえ無茶振りをされても、できないなどとは微塵も考えずに根性でやりこなすことができるのも、イツキの才能だ。

ゴホン、と咳払いして仕切り直す。

「終わったことを責めても仕方がない。これからのことを考えよう。とにかく騎士団に目をつけられるのが一番厄介だ。万が一このことが奴らに知られれば、大げさでなく国家レベルの戦力をもって潰される恐れもある」

「俺らが負けるなんてこたぁあり得ねーよ! やっちまおーぜ!」
イツキは立ち上がって机をドン、と叩く。威勢だけは人一倍だが、そんなイツキを完全スルーしてシドが発言する。

「魔法オンチの騎士団とはいえ、最近は魔法技術を取り入れた装備の開発にも力を入れている様子ですからね……無駄な交戦は極力避けたいところです」

騎士団の実力は侮れない。
未だ正面からの交戦はないが、他の盗賊団とのいざこざの最中に横っ腹を突かれる形で、奴らとは何度か接触したことがある。

魔法使いを編成に入れない物理攻撃をメインとした大戦後の戦闘スタイルだが、統率とチームワークは見事なものだ。

もし本気で刃を交えたなら、こちらの被害もタダでは済まないだろう。

「そうだな。この大所帯を危険にさらすわけにはいかない。イツキ、奴らと戦うのは最後の手段だ、早まるなよ」

もう一度念を押しておく。
イツキは特に、ハッキリと直接的な言葉にしないと伝わらないことがあるから要注意だ。

「ちぇ…。わーかったよ」
ぷくーっと膨れながら椅子に脚を組む。

こうやって彼は悪態をつくが、それでも言われたことは素直に聞くのだ。

入れ替わりに椅子から立ち上がったのは、さっきからうつむいて何かを考えている様子だったオルクス。
「騒ぎが大きくならないうちに処理すれば……何とかなるかもしれません」

ひと呼吸、言葉を切った。
全員が注目する。

「騎士団が王女を護衛していないわけはありません。今回のことはつまり、何らかの理由で彼らが目を離した隙に起こったのではないでしょうか。……となると騎士団としてもこれは不祥事ですから、なんとか穏便に解決したいはずです」

奴らだって、失敗は隠しておきたいということか。

「確かに。彼女を無事に返還しさえすれば、向こうも無駄に騒ぎ立てる必要はないな」

コクリとうなづくオルクス。

シドも納得した様子で相槌を打つ。
「ですねぇ。ここの場所も我々の名前も、まだ彼女に知られていないのは幸いでしたね。検挙したければ……それこそ犬のように匂いを頼りに追って来るしかない。そんな光景も楽しそうですが……ククク」
どんな妄想をしているのか……怪しい薄笑いを浮かべている。

「んじゃーこのまま人目につかないように、こっそり町に帰せばいいってことぉ?」
イツキが軽い調子で口をはさむ。

オルクスはため息をつく。
「言うのは簡単ですが、返還するのは連れ去るより大変です。再び眠らせるにしても目覚める時間をきちんと計算しなければ、無防備に倒れている時間が長くなりますから。二次被害に遭う可能性や、人目について騒ぎが大きくなる可能性も出てくるかと」

「え~、そこまで気にする必要あるんスか?」

呆れたといった風にシドが両手を上げて首を振った。
「イツキ……。野郎ならともかく……女性を。薬で眠らされた状態で、ひとりで外にポイって置いてくるんですか? しかも夜中に。あり得ないでしょう……キミのモテない理由って、きっとそういうとこですよ」

「はぁ? 俺がモテない? そんなことないっしょ」
「胸に手を当てて、よーく考えてみてください」
言われた通り、胸に手を当てて首をかしげるイツキ。

その隙にシドは話を進める。
「小さな手掛かりから足がつくリスクもありますし……たいていの誘拐犯は用済みの人質を返すのは面倒がって、手っ取り早く殺しちゃいますけどね」

「むやみに一般人を乱暴に扱うことは、我々の主義に反します」
オルクスは真面目な顔でキッパリと言い切った。

そう……俺たちが手を出していいのは盗賊や犯罪者だけだ。

故意に人を傷つけたり悪意をもって攻撃してくる者は、相応の覚悟があるとみなす。

力によって得たものは、力によって奪われても文句は言えない。最期は殺されても戦場で野垂れ死んでも仕方ない類の人種。

もちろんそれは俺たちも同じで。
どんな正義を掲げても、盗賊であり犯罪者であることに変わりはない。

しかし、一般人は別だ。
戦う意思のない非戦闘員をむやみに傷つけたり、恐怖で支配することなど絶対にあってはならない。

俺たちが育んできた力は、そんなことの為に使う物じゃない。

「オルクスの言う通り。俺たちの手違いで連れてきちまったんだ。責任持って安全に帰してやらないとな」

深くうなづいたオルクスは、話を続ける。
「細かい配慮が必要ですが、どうにかできない問題ではありません。万が一何かを知られていても記憶を封印すれば、検挙できるほどの情報は残らないでしょう」

ここでいう「記憶の封印」とは、任意の出来事に関する記憶へのアクセスを数日間遮断することで、記憶の定着を防ぐことができる魔法のことだ。

完全に消すわけではないから数日で記憶は戻るが、昔の出来事のようにぼんやりとして、細部までハッキリと思い出せなくなるのだという。

オルクスが提案する。
「そうですね……返還は明け方にしましょう。安全のため離れて監視を続け、一定時間目を覚まさないか発見されないようなら、町の警備隊あたりに匿名で連絡を入れましょうか」

もう一度全体を頭の中でシミュレートしてみる。
……問題は、なさそうに見えた。

「そうだな、それでいこう。実行はイツキ、お前に任せるからな。しっかり頼むぞ。監視や連絡はいつも通り、シドがサポートしてやってくれ。他に言いたいことがある者は?」
ひとりひとりに視線を送る。

「OKッス」
「妥当でしょうね」
2人とも納得したようだ。

「ドナン、今回の実行犯の処分はどうしましょうか?」
オルクスが言う。

奴らにはしっかり意思を伝えて、今後二度とこういう間違いがないように指導せねばならない。

「俺が直接話してくる。その後はシド、お前に頼んでいいか?」
「もちろんです。お仕置きなら、私にお任せください」

「へへ……好きだもんなぁ、お仕置き」
嫌味のように聞こえるが、イツキに限っては他意はない。

「イツキもしてあげましょうか?」
シドは目を細める。

「お、俺ぇ?! 俺はまだなんにもやってねぇぞ!」
「……ふふ。冗談ですよ」

コイツらは本当に、謎に仲がいいな……。

「ではこれで解散」とオルクスが言ったその時だった。

ピコン。

電子音が鳴り、モニターの画像が切り替わる。
みんなが一斉にそちらを見る。

「おっと、王女が目覚めたようですねぇ」
シドが言った。

ここは俺が行くべきだろう。
部下が無礼を働いてしまったわけだからな……。

弁解をするわけじゃない。
これ以上危害は加えない、ということくらいは彼女へ伝えておきたい。

俺はすかさず立ち上がった。
「話してくる」
「待ってください」
オルクスも同時に立ち上がる。

「女性はこういう状況において、成人男性に対して本能的に恐怖を抱くものです。パニックを起こして暴れられても困りますから。ここは私が行きます」

なんだ……珍しく強い口調だな。

でもまぁ……。
言われてみればそういうものかも知れない。

確かにミュータントであるオルクスなら、7、8歳の子供にしか見えない。警戒されることもないだろう。

万が一抵抗された場合は体格的には不利かもしれないが、基礎的な体術の訓練はしているし、何よりこいつには魔法がある。

うん。危険はないだろう。

「……わかった。ならお前に任せる」

モニター画面にはベッドに横たわる少女の姿が映し出されていた。
もぞもぞと動いていたが、起き上がらない。

しばらく天井を見上げたまま。

オルクスは画面をみつめながら、少し心配そうな表情。
「大丈夫でしょうか……使ったのはいつもの薬品ということですが、どこか具合が悪いのかもしれません。話すついでに体調も確認してきますね」

12‐4 オルクス視点

会議室を出て、目を覚ました王女に会いに行く。

ドナンには任せておけなかったから。
彼の苦手とする女性心理をそれっぽく引き合いに出して、よく分からない理屈で引き留めてしまった。

我々が悪いことをしてしまったのは間違いないけれど、全面的に謝ってしまっては今後の動きがとりづらくなってしまう。

つまりこちらが上位の態度を維持しつつ、恐怖を与えることなくほど良い圧力をかけていかなければならない。

決してドナンが交渉下手というわけではないけれど、基本的にウソや隠し事が苦手な彼にはこのさじ加減は少々難しい。

長い廊下を歩いていく。
照明が薄暗いのは、暗闇で活動しやすいよう夜目を鍛えるためだとか。

私もまぶしい光が苦手なほうだから、このくらいの明るさでちょうどいい。

基地内・通路

この区画は空いたゲストルームや備品庫が続いていて、人の往来はほとんどない。静寂を壊すのがもったいない気がして、足音を立てずに歩いていく。

角を曲がると、ドアの前の椅子にだらしなく座って本を読んでいる見張りがいた。

……真面目に業務をこなす奴は、ここにはいないようだ。

足音を消してそばまで近づき、わざと圧をかけるようなニュアンスを出しながら言った。

「……見張り、お疲れ様です」

「のわぁぁぁぁ!?」
見張りの男は飛び上がるようにのけ反り、椅子ごとひっくり返りそうになった。

「ぅわ……お、オルクス! サボってないぞ、オレは」

明らかにサボっていたのに、よくそんなしらじらしいことが言えるものだ。

「これも大事な仕事なんですから、お願いしますよ」
「も、もちろんだ、任しとけ」

この男にはまったく期待していないが、モニター監視もしているから異変を見逃すことはないだろう。

ドアの上の赤いランプは外からロックしてあることを示す。

こういった基地内のコントロールは、生体波動によるID認証を利用している。制御権を与えられたIDであれば、ボタン一つでロックが解除される。

もちろん個人の居住スペースは本人しか制御権がないので、プライバシーは守られている。

ワタワタと体裁を取り繕っている見張りは放っておいて、ドアをノックする。

「お話があります。入ってもよろしいですか」

ドア越しに声をかけてしばらく待っていると、小さな声で返事が聞こえた。
「どうぞ」

ロックを解除して部屋に入ると、王女は身体を起こしてベッドに腰かけていた。少し疲れた顔をしているが、さほど混乱や警戒した様子は見られない。

他の盗賊のアジトなどで、監禁されていた人は何度か見たことがあるが……それらに比べればずいぶん落ち着いた様子だ。

王女という境遇にあるからなのだろうか?
歳の割には、肝が据わっているように見える。

よかった。
心にのしかかっていた心配が少しだけ軽くなった。

混乱して騒いだり暴れたりすることを警戒していたからだ。

言ってしまえばこれは我々にとっても不祥事であり、基地内の人間にもできるだけ知られずにことを処理したいからだ。

努めて威圧しないような声色を意識する。

「手荒なことは、したくありません。大人しくしていてください。……体調はどうですか?」
ざっと見た感じ目立った外傷はない。服は少し汚れているようだ。

「この部屋のものは好きに使って構いません。シャワーとお手洗いはあちらです。着替えも新しいものが、そこのクローゼットに用意してあります。申し訳ないですが、監視はさせていただいています」

彼女はじっとこちらを向いたまま、動かない。

怖がっている様子はないが……緊張した様子。
身を固くして、呼吸が浅い。

拉致され、監禁されているのだから当然だろう。
いや……それどころかむしろ、かなり落ち着いているといえる。

「もし何か困ったことがあれば、ドアの外にいる者に声をかけてください」

もう少しリラックスさせるべきか……?
だからって冗談を言うような雰囲気でもない。

「……目的は、何……?」

やっと口を開いたと思えば、意外にテンプレートなことを訊く。
王女と言えど、やはりこういった状況に慣れているわけではないということか。

もちろん教えるわけにはいかないので同じくテンプレートで対応する。
「答えられません」と。

すると彼女は何かを決心したように、ひざの上にのせた両手をぎゅっと握り締めた。

「あの……私の兄は、どこに……?」
「……兄?」

まさか。
連れ去る前に一緒にいたのだろうか。
そんな報告はなかったのだけど。

「怪我が心配なんです。せめて治療だけでも……!」

怪我……!?

一緒にいた兄が怪我をしている、ということか。
もしかして我々が、させたの……か?

考えたくはないが、奴らならやりかねない。 

認識していた状況とだいぶ食い違う。
もし彼女の話していることが本当なら、考えていたより事態は単純ではなくなってくる。

「……確認します。悪いようにはしません」

驚きと焦りをなるべく声と表情に出さないようにし、早々に部屋を立ち去った。うっかりボロを出してしまう前に。

ガチャリ、と確実に施錠し、ロック状態を示す赤ランプをしっかりと確認し、大きくため息をついた。

私としたことが、若干動揺してしまった。

……どうやら我々には、欠けている情報があるらしい。
それらを補完して、まずは正しい状況を把握しなければならない。

そのままの足で、今回やらかしてくれた奴らにお説教をしているであろう、シドのところへと向かうことにする。

もう一度、犯行の一部始終を問い詰める必要が出てきたからだ。

彼女の兄が、犯行現場に一緒にいた可能性。
さらにその彼は怪我をしているという……すぐに治療が必要なほどの。

うちの団員たちが暴行を加えたのかもしれない。

これが事実なら、その「兄(目撃者)」によって、騎士団に通報される危険が出てくる。

自身が怪我をさせられ妹が連れ去られたとあれば、彼とて泣き寝入りはしないだろう。

護衛失敗のもみ消しのために黙っているよう、騎士団から圧力をかけられる可能性はあるが。

つまりさっき決まった計画「本人の記憶を封印してコッソリ返還する」という作戦は検討し直す必要が出てくる。

この件を知っているのが複数人にわたる場合、記憶を封印することが実質不可能になるからだ。

いや……違うな。

そんなとこじゃない。
私が違和感……いや危機感を感じたのは、もっと根本的な部分だったはず。

そうだ……。
そもそも、この国の王女に。
「兄」がいただろうか……?

12‐6

……数十分後。

来た時と同じように薄暗い廊下を、今度はシドと一緒に歩いていた。
お仕置き部屋を出て、中央管制室へ向かっている。

先ほどの部屋では数人の男たちがパンツ一丁で正座させられていたが、そこはシドに任せているのであえて触れずに見て見ぬふりをした。

下手に突っ込んでしまうと、巻き込まれて面倒なことになりかねないからだ。彼はドナンに忠実で頼りになる男だが、少々扱いづらい。

中央管制室の扉は、部屋の主であるシドが近づくと勝手に音もなく開いた。こういった細かい所も、いつの間にかちょこちょことカスタマイズしているようだ。

ここは作戦の指示や現場の監視をするための部屋。
地方の支部との連絡や、分析や調査もここでできるらしい。

ここはシドの担当なので詳しいことは私は知らないが。

パーテーションで区切られた部屋の半分は、よく分からない機械や材料、工具などが雑然と散らかっている工作エリア。
シドの「工房」ともいえるスペースとなっている。

二つの顔を持つ「シドの部屋」

本人以外には判読不能と思われる、殴り書きのメモがいたる所に貼り付けられ、足の踏み場がないほどぐちゃぐちゃだ。

けれどもう半分のエリアは真逆。
沢山のモニターや操作パネルが整然と配置してあり、使い勝手が考えられた無駄のないスペースとなっている。

彼独特の美学のようなものがあるのかもしれない。
とても突飛すぎて理解はできないが。

ベッドやミニキッチン、バスルームのある私室は別にあるが、シドはほとんどこの管制室で過ごしているようだ。

だから基地の者たちは皆、ここを「シドの部屋」と呼び、あまり近づきたがらない。下手にちょっかいかけて絡まれたくないからだろう。

お仕置きを中断したシドと一緒に今ここへやってきた目的は、実行犯たちの新たな証言の裏付けをとるためだった。

奴らは最初、「犯行現場には目撃者はいなかった」などと言っていたのに。

王女の言葉……「兄」「怪我」についてピンポイントで改めて尋問すると、白状したのだ。

犯行現場には目撃者がいないどころか同行者がいて。
しかも……斬りつけた、と。

私の読みではその同行者が、彼女のいう「兄」なのではないかと踏んでいる。

シドはコンピュータを操作し、データの確認を始めた。

私は手伝えることもないので、頭の中で可能性をリストアップしながら、彼の作業が終わるのを待つことにする。

抜けや漏れがないように、ひとつづつ確認しよう。

「兄」と呼んでいたときの彼女の様子に、嘘や演技の気配は感じられなかった。

しかし王女に兄がいるというのは聞いたことがない。
私はそのあたりの情報に詳しいわけでも興味があるわけでもないが、王女は第一子で、ひとりっ子のはず。

彼女の認識と、データが一致していない。

可能性として考えられるのは。
データが間違っているか、彼女の認識が間違っているか、それともどちらも間違っているか。

第1の可能性、 データが間違っている場合。

同行者の男性は隠し子の可能性。公式ではない腹違いの兄というケース。
世襲制を基本とする王家であれば、色々と隠す事情はあるのかもしれない。

この場合公式のデータにないのは、意図的に隠滅しているせいだ。

第2の可能性は、彼女の認識が間違っている場合。

これは彼女自身が同行者のことを、兄だと思い込んでいるケース。

騙されているか勘違いしているか分からないが、とにかく彼女は信じ切っているわけだから、嘘をついているわけではない。
しかしこの場合、実際は同行者の男性と彼女は赤の他人ということになる。

そして第3の可能性は……。

その時、シドが画面から目を離さないまま、つぶやいた。
「あぁ……オルクス?……これはおそらく、やらかしちゃってますよ」

その顔には、苦笑とも嘲笑ともとれる薄笑いが浮かんでいた。


◆◆ 第12話 「砂塵の狼」終わり

あとがき


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今回は砂塵の狼という盗賊団の、お披露目回な感じになりました。
新キャラが続々登場したので、改めて紹介。
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・砂塵の狼リーダー、ドナン。
 責任感が強く穏やかで誠実。少し鈍感なところがある。

・補佐、魔法研究担当、オルクス。
 ドナンの世話を焼く、真面目で神経質な性格。

・情報、管制、科学技術担当、シド。
 頭が良く物腰柔らかだが、嫌味で変態的。

・肉体派、お試し実行部隊長、イツキ。
 未熟だが素直。軽率で浅はかなところがある。

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砂塵の狼陣営はこの4名をメインに、次回もドタバタしていく予定。

そんなわけで、次回は「砂塵の狼」の知られざる内部事情に迫ります!(たぶん)

ジュリアとユウトも、そろそろ到着するはずです。
バトルもお楽しみにww

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