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Little Diamond 第7話

7 突破の導線

7‐1

「だぁぁぁぁーー!!!マジかーー!!!」

絶叫してガックリと肩を落とし、うなだれるユウト。

心の底では分かってはいたものの……。
私だってこんな日が来ないことを願っていた。

今朝の抽選でユウトとの対戦が決まったのだ。
ただし、今日ではないけど。

武術大会予選、3日目。
勝ち上がった12人が、今日からは3ブロックに分かれてのトーナメント戦となる。

それぞれのブロックの優勝者、つまりこの予選大会から3人に、本戦への参加権が与えられる。

ジュリアとユウトは同じブロックに当たってしまった。もし今日2人とも勝ち上がることができれば、明日の予選決勝で戦うこととなる。

つまり、2人一緒には本戦に出場できないことが確定した。

依然としてうなだれて、何やらぶつぶつ独り言を呟いているユウト。
まぁ、気持ちは分からなくはないけど。
現実に引き戻そう。

「しょうがないじゃない、それは。
同じ大会に出てる以上、勝ち続けてたらいずれ当たるんだし」

「うぅ~……でもなー、オレ……ジュリちゃんとどうやって戦ったらいいか」

「そんなことより! 今日負けちゃったら明日は出れないんだよ? 今日は今日の試合に集中して、明日のことは終わってから考えよう?」

もし今日負けてしまったら、ユウトと対戦できない。
それはそれでガッカリだ。

実を言えば、ユウトと対戦するのがちょっと楽しみだった。

魔法使いと対戦するっていうのがまず面白そうだし。ユウトがまともに戦っているところも、まだ見たことないし。

……なんて言いながらも、ユウトの優しさに甘える気持ちもなくはない。
彼との対戦ならそこまでひどいことにならないだろうという甘え。

それが彼と戦うことへの恐れを軽減していることは、間違いなかった。

「さー今日の対戦相手は、どんな奴かなぁ……?」

意図的にユウトの気分を変えにかかった。
集中力不足なんかで負けて欲しくないから。

本部テント前にはトーナメント表が貼り出されていた。

今回からはエントリー時に記入した略歴が、選手12人分記載されている。
「私の相手は……あ、魔法使い……?」

ユウトはピクリ、と反応する。

「商業ギルドの護衛として2年……?
2年っていったらそこそこベテランよね」

ユウトは顔を上げて、こちらを見る。
「魔法使い……?」

お、上手く気がそれたかも?

さらに突っ込む。
「商業ギルドの護衛っていったら、町の外で盗賊やモンスターとの戦闘経験があるってことでしょう?」

「んん~どうだろうな。ギルドに所属していても出番がないケースもあるからね。インテリ系魔法使いとしては不本意だけど、オレも就活の定石として商業ギルドに探りを入れに行ったことはある……」
ユウトが解説する。

「実力も大事だけど、人柄とかの要素が重視されるっぽかったかな~。やっぱ『できる人』と『2軍認定された人』とでは、依頼される頻度は違うみたいだね。」

ふぅん……ギルドだからって平等に仕事もらえるわけじゃないんだ?
確かに商人からすれば、信頼できる実力のある人に護衛を任せたいのは当然よね。

ユウトは続ける。
「つまり年数=経験じゃない。もし依頼を受けて運輸に同行しても、敵と遭遇するかどうかは分からないしな」

「なるほど……じゃあ結局、凄いヤツかどうかはやってみないと分からないわね」

「うん……そうかもな。ま、油断はできないけど」
ユウトは考えながら言った。

少しでも対策立てられればとは思うけど、経験がないからなぁ……。
でもこればっかりはしょうがない。
気持ちを切り替えよう。

「じゃ、ユウトの対戦相手はどんなかなー?っと」
対戦表を指でなぞる。

えっと……ん、ボクサー……?

それを見てユウトは自信満々に言う。
「ボクサーかぁ。物理攻撃系なら大丈夫!やられる前にやる!……今まで、グズグズしてて窮地に追いやられたからな……今度は素早くいくぜッ」

そういえば……。

昨日のダンサーの時はひどかった。
……と後で聞いた。

『相手はか弱い女子だし、どうしようって迷ってたら、いつの間にか術中にはまっててさー。視界狭まるわ集中できないわで、マジ大変だったよー』と。

気付かないうちにやられるのが魔法の怖さよね……と思う。
なんせ目に見えないから、防げないし避けられない。

だから魔法使いとの対戦は先手必勝。
やられる前にやるしかないのよね。

……って、あれ?
今ユウトが言ったのと一緒じゃん……?

あ――。気がついた。
分かっちゃった。

ユウトの方に向き直って言う。
「ユウト。その作戦ダメかも」

「……な、なんだ急に」

「ボクサーには先手必勝。やられる前にやる。よね?」

「う、うん」
ユウトは目を斜め上に向けながら、言葉を消化しているようだ。

「それって相手もそう思ってるかもよ。
私が相手の立場なら、魔法が発動する前に倒さなきゃって、思うもの」

ユウトはポカンと口を開けて固まった。

「スピード勝負になったら、勝てるの……?」
どうなんだろう、魔法の発動って時間かかるんじゃないの……?

「あー……おぉ……。おお! ジュリちゃん、頭いいな! よく気づいた、ありがとぉぉう!」
そう言って彼はジュリアの頭をぽんぽんと撫でた。

よく分からないけど、褒められた。
役に立てた……のかな?

「よし、作戦立て直す!そうだよな……ボクサーからいきなりパンチ食らったらひとたまりもないもんな」
ユウトは腕を組んでう~んと唸って考え始めた。

私もボヤっとしてる場合じゃない。
魔法使いとの対戦ってことは、ユウトとちょうど対極の状況。

……作戦立てないと。
幸い、まだ少し時間に余裕がある。

相手は商業ギルドに所属する魔法使い。
ってことはユウトのような医療や研究系ではなく、戦闘系の魔法を使うと推測できる。

そもそも武術大会に出てくるくらいだから、戦闘に多少は自信があるはずだ。

ユウトのような「攻撃しない人」なんて珍しい。
というか、そもそも出場しようとは思わないだろう。

戦闘系の魔法ってどんなだろう……。
実際に見たことがないからわからない。

ドーーン!! とか、なるのかな……?

はッ……!
また急に、閃いた。

聞いてみよう。
「ねぇ、魔法をガードすることはできないの?」

「え?」
ユウトは他のことを考えていたのだろう。
またもポカンと口を開けた。

せめて初手がガードできたら相手の戦い方も知れるし、攻撃のチャンスも生まれる。少なくとも一撃でやられるっていう悲劇は回避できる。
「スピード勝負」なんて危険な賭けをしなくていい。

ユウトは考えながら答えた。
「魔法をガードするにはぁ……反対属性の魔法をぶつけて中和するか、無効化する領域を作るとか……」

そんなの、魔法使えないと無理じゃない……!

ガックリと肩を落とした。
ガード以外の手を考えなきゃ。

しかしユウトはそこで突然手を打った。
「あ、そうだ、護符があるじゃん!」

――護符。 
昨日、ユウトに描き方を教えてもらった。
まだ見本を見ながら描き写すだけで精一杯だったが。

魔法を使う人が頭の中で描くべきイメージを、あらかじめ紙に書いておくのがこの魔法アイテムだ。イメージするのが苦手な人や適性の低い人の補助として使う。

また、熟練者でも同時にいくつも魔法を発動したい場合には使う。
意識のリソースを他の魔法に回すために、紙に書き出しておくらしい。

やるべきことを忘れないように、スケジュール帳に書き出しておくのと似ている。

「あぁ……何で今まで気づかなかったんだッ! オレのばかばかばか!」

ユウトは自分の頭をぽこぽこ叩いたかと思うと、
「ちょっと待ってて、紙もらってくる」と、本部テントへ駆け出した。

しばらくして、メモ帳とペンを手に戻ってきた。
「ついでに護符使っても良いか聞いてきたよ。武器じゃないからルール的には問題ないって。ガード系の護符は装備品の一部ってことで」

ユウトは手のひらにメモ帳を乗せてさらさらと、図形やら見たことのない文字のようなものを描いていく。

息を止めているのか、深呼吸しているのか。一瞬、時が止まったかのような、空気の静けさがあった。真剣な表情にひきつけられる。

そして。
とても緻密で正確な、まるでアートのような作品があっという間にでき上がった。

メモ帳に描いた護符(イメージ)

「おおぉぉ~!すごい!なんかすごい綺麗!」
これには素直に感動した。
何でこんなに滑らかな曲線が描けるのか。

昨日教えてもらったものはごく簡単な、文字を図形化したようなものしか描いていなかったから。

こんなすごいのは初めてだ。

「でへへ……そんなに褒められると照れるぅ……」

ユウトが器用なことは薄々感じてはいたが、ここまでとは思わなかった。

フリーハンドなのに定規で引いたような正確な線、タイピングしたような整った文字。即興で作ったとは思えない出来栄えだった。

お店で注文を取ったりするときのメモは、判別できないほど汚い字なのに。

「魔法アイテム作れるなんてすごいじゃない!」
「え、そう?誰でも作れるよ?」
「作れないよ!!」

……これがきっとユウトの才能なんだ。

根気強く試行錯誤し、人の何倍も努力してても、苦とは思わない。フツーに自然にやってしまう。

母もそうだった。
天才ってこういうことなんだ。

きっと彼も魔法に関してそういう感覚なのだろう。

ユウトが説明を始めた。
よく聞いとかないと。

「この護符の発動はオートだよ。持ってるだけで、自分に向けられた魔法力を感知して中和するようにしといた。ただし効果は4~5回かな。相手の魔法力が強ければ消耗も早い」

元素系6属性と移動系や重力系、混乱や幻覚などの精神系の魔法に対応している、って。

なんか凄そうだけど、細かいことは私にはよくわからないや。

「これでたぶん、たいていの攻撃魔法は防げると思う。媒体が壊れたらもちろん使えないから、破かないようにね」

「うん!ありがとう!」

魔法に関して全く無知なので、ユウトが詳しくて本当に心強い。
護符は大事に、ポケットにしまっとこう。


7‐2

Aブロック、第1試合。

私の前に現れたのは、いかにもという雰囲気の魔法使いだった。

地味なデザインの黒いローブ、フードを目深にかぶった貧相な体格の中年の男。

右手には短めのワンド(魔法の杖)、左手には手のひらに収まるほどの小さな本のようなものを持っている。

何だろう、あの本……。
打撃武器としての攻撃力は低そう……?

武闘家である私からしてみれば、そもそも両手がふさがってたら戦えないじゃないの、と思うのだけど。
魔法使いというのはみんなこういう感じなんだろうか。

まぁそこは良いとして。

赤い宝石のついたワンド

武器と呼べるものはあのワンドくらいだ。
しかし長さは50センチ程度しかなく、大したリーチではない。

先に宝石がついているようだが、全体的に軽そうなので物理的な攻撃力はほぼ無いだろう。

つまり魔法攻撃がくることは、ほぼ確実に予想できる。

ここは作戦通り、ユウトに描いてもらった護符で初撃を防いで、なるべく早く倒すのが良いだろう。

ここまで勝ち上がった実績がある相手だけに、何が来るかわからない。油断してはいけない。

「用意、始め!」
試合開始の掛け声。

身構えたが、相手は動かない。

あれ……?
予想外の動きに面食らった。

しかしよく見ると、相手は何やら小さな声でぶつぶつ言っているようだ。

何だろ、なんとなく……嫌な予感がする……。

やられる前にやる!と思いながらも、相手の動きが分からないだけに怖い。迂闊に動いたらいけない気がして。

すると急に、相手のワンドの宝石が赤く光を放った――!

ボワッ!!

突然私を取り囲むように、大きな炎が立ち上がる。
下から煽るような熱気。

「わ!熱っ!!」

しかし次の瞬間。
炎は空間に溶けるようにフッ、と霧散した。

会場がざわめく。

これが攻撃魔法……!それに、護符の力!
凄い。
仕組みがよくわからないだけに、何か凄い。

畏怖と好奇心、戦慄とワクワクで、思わずぶるっと震えた。

相手は忌々し気に舌打ちする。
「クソッ。対魔法装備を固めてきたか……いいだろう」

彼は左手に持った本のページをペラペラとめくり、またブツブツ言い始めた。

なるほど、あの本にはきっと何か呪文が書いてあるのね。

すぐに地面を蹴って攻撃に出た。
魔法が発動する前に倒す――!

「たぁぁッ!」

ドンッ!!!!

が、相手に届く前に、繰り出したキックに衝撃があった。

「!?」

これは……物理バリア……!?

昨日の忍者との闘いで張られていた結界と同じ。
透明な壁に阻まれてそこから先へはどんなものも通さない。

とっさに再び間合いを取った。
これでは攻撃を与えることができない――。

バリアの中から攻撃してくるなんて……ずるい!

その時、また相手の手の中にあるワンドが光った。

来る……!!

今度は空から火の玉のような、真っ赤に燃えた石が降ってきた……!

「くッ――!」
とっさによけるが、よけた先にも次々と飛んでくる。

しばらくすると火の雨は止み、落ちてきたはずの石は跡形もなく消えている。よけきれなかった火の礫はパーカーのすそを焦がしていた。

これ、結構気に入ってたのに……!

なんでこの魔法は、護符では中和できなかったんだろう……?

何か厳密なルールがあるのかもしれないけど……よくわからない。

相手は再び、呪文を唱え始めた。
とにかく、攻撃を当てる方法を考えなければ。

邪魔なのは物理バリアだ。
物質を通さないってことはつまり、こちらがどんな攻撃をしても届くことはない、ということ。

けど……。
魔法波動は通すってこと?
現に、相手の発した魔法はこっちに届いてる。

……でも私には、物理攻撃しかできない……。

どうすりゃいいのよ……!!
早くも手詰まりなの……?

いや、ちょっと待って。
こっちには……護符がある。

ポケットに入れた護符をそっと取り出してみる。
書いた文字が若干薄くなってはいるが――。

……ユウトは何回か使えるって言っていた。

『魔法力を感知して中和する』
これで何とかできないだろうか?


7‐3

ポケットから取り出した護符を、しっかりと拳に握りしめた。

この「魔法を中和する護符」で、バリアを突破できるのではないかと考えた。

今まで観察したところ、ぶつぶつと呪文を呟いているときは全くの無防備だ。おそらくその隙を攻撃されないようにバリアを張っているのだと思う。

つまり。
……護符の力であのバリアを中和することができたら。

バリアさえ突破できれば、一矢報いることができる。

問題はその一矢で、どこを狙うかだ。

護符の文字は、描いた直後に比べると薄くなっていた。
もしかしたら、消費するとだんだん文字が消えていく仕組みなのかもしれない。

きっともう何度も持たないだろう。
狙うなら正確に、次の1発で仕留める勢いでやらなければ。

相手を直接殴るという手もあるが、もしバリアの他にもまだ護身のための仕掛けがあったら、一撃を与えることはできない。

それよりも両手に持つ魔法アイテムをどうにかする方が、状況を確実に変えられるのではないか。

最初からずっと気になっているのは、あの赤く光るワンド。

あのワンドは魔法アイテム、つまり媒体なんだ。
この手の中にある護符と同じ。

魔法の発動のカギになっているのは間違いない。

ユウトが言っていた。

『媒体が壊れたら使えない』と。

ってことは。
あれを壊してしまえば相手は魔法が使えない……かも知れない。

さらに言えば、あの本もきっと何かある。
本を見ながら呪文を唱えてるってことは、魔法の発動に必要なアイテムってことではないのか……?

魔法の知識がないことが本当に悔やまれる。
王宮にいたころ、もっとちゃんと勉強しておけばよかった……!

……いまさら後悔しても仕方がない。

確かなことは何も分からない状況……。
もうこうなったら直感しかない。

そろそろ次弾が来る。
迷っている暇はない。

そうこうしている間にも、相手の右手のワンドは輝きを増し始めた。

光を放つワンド

7‐4

ジュリアは素早く間合いを詰めた。
赤い光を放つ相手のワンドをめがけて、護符を握り締めた拳を叩き込む――!

バリアに触れた瞬間。

バチバチッ――!!

鋭い音と閃光。
ドン!という衝撃と共に、ジュリアは弾き飛ばされた。

上手く着地できずに膝をついたが、何とか舞台上に踏みとどまった。
拳にはしびれるような痛みが残っている。

ダメだったかぁ……。

しかし見ると、相手もまた膝をついて苦しそうにうずくまっている。
それに……!

彼の右手にワンドがない。

殴った手ごたえはなかったが、今の弾かれた衝撃でどこかに落としたのかもしれない。

これはチャンスかも……!

バリア消えたかどうかは確認できないが。
殴ってみればそれはハッキリすることだ。

すぐに立ち上がって走りだす。
「ハァァァァァァ……!!」

不意を突かれた相手の、慄いた表情。
とっさに伸ばした右手には、ワンドはないが小さな炎。

しかしその程度で、もはや恐れることはなかった。

もう一度、護符のある右拳に力を乗せ、ガラ空きのボディを狙う。

「通れぇぇ――――っ!!」
バリアは……、ない!

ドズッ……というこもった音。よし。入った……!
感触で、攻撃が確実に届いたことを感じた。

「おごッ……!!カ、ハ……!」

相手は前のめりに倒れ込んだ。
白目で泡を吹いている。

あ、ちょっとやりすぎた……?

「勝負あり!」
審判の声。

観客席から、大きな歓声があがった。

「よっし!!勝ったぁ!」
ジュリアがガッツポーズをする。

観客席からユウトが駆け下りてきた。
「もぉ~無茶するなぁ、ジュリちゃんは」
なぜか疲れた様子のユウト。

「うまくいったでしょ?」
ジュリアは得意げに胸を張った。

相手の魔法使いは担架に乗せられ、テントへ運ばれていった。
例のワンドは、場外に転がっていたのをスタッフが拾って回収していた。

やっぱりあの時飛ばされていたようだ。

「いやぁ、結果オーライだけどさ………危なかったよマジで」
「え、なんで?」

護符でバリアを破壊するなんて無茶だ、とユウトは額をおさえた。
「最初に言ったろ、火とか水とかの元素系と、オレが使ってるような重力・移動系、それに精神攻撃系に対応してるって。バリアはさぁ、属性が違うんだよ~」

舞台の片づけが始まったので、控えテントへ戻りながら話すことにした。
「じゃぁバリアは何なの?」
「領域指定の物理反発、っていうのかな~」

「領域で囲むと魔法力を節約できて、しかも自動化できるんだ。昨日ジュリちゃんと対戦してた忍者も、最初に舞台の四隅に石を置いてたろ?あれも自動化するための媒体」

「え、石?……見てなかった」
「マジで……?」

もしかして初めにシャカシャカ動いてたあの時?
ただの威嚇じゃなかったのかぁ……。

というかそれ以上に、ユウトが意外とちゃんと見ていたことに驚いた。

「うーんと……つまりどういうこと?」

「『物理攻撃』が来たときに自動で同じ力で中和する……あ、ジュリちゃんに渡した護符と同じ仕組み、って言えばいいかな」

ジュリアはまだ握りしめていた手を開いて護符を見た。
あれ、なんか……焦げてる……?

「あのバリアは物理攻撃に反応して発動するヤツだから、それを物理攻撃で中和するのは無理なんだよ。ホント無茶すぎる……。今回は何事もなくて、マジで良かった」

「何かよくわからないけど……焦げてるのはどうして?」
「あぁ……それはね……」

護符はすっかり文字が消えていて、代わりにところどころに茶色く焦げ跡がついていた。手は焦げていないのに。

「バチーッ!ってスパークしたろ?あれは相手の魔法が発動した瞬間にジュリちゃんがバリアを殴ったせいで、お互いの魔法力がショートしちゃったんだよ」

またいきなりユウトが難しいことを言いだした。
テントでチェックを受けながら、しばらく禅問答のように議論は続いた。


……彼の話は相変わらず分かりづらいけど、趣旨はこうだ。

もともと相手は呪文詠唱中の防御としてバリアを使っていた。
つまり攻撃と防御を同時にする想定ではなかった。

それなのに「攻撃魔法」と同時に「物理反発」が自動で発動してしまった。
さらにその瞬間、護符に中和されてしまったためにMPが無駄に流れ続けた。

そのせいで一瞬、過放電のような状態となりMPを大量に消費したという。同じく、握っていた護符も過剰にMPを吐き出したために自壊した。

つまり相手が倒れたのは。
物理ダメージでもなんでもなく、自分のMPを大量消費したことによるダメージらしい。

「きっと相手はMPを一気に使い過ぎたせいで、めまいとか頭痛とか吐き気に襲われただろうね。そこへジュリちゃんの渾身の一撃をくらったから、ひとたまりもない……」

ユウトは口元を抑え、青冷めた顔でぶるっと震えた。

……最近ユウトのおかげで、読解力がレベルアップしたかもしれない。

7‐5


ユウトとのアツい議論が繰り広げられている間、テント内では係員がちゃんと波形審査をしてくれていたようだ。

「いやぁ、ヤバかったですね。ラスト、かなりデカい詠唱魔法が使われそうになっていました。もし発動してたら舞台を修理する羽目になっていたかもしれません。うまいことキャンセルできてナイスでした。勝利おめでとうございます!」
係員はにっこり笑いながら恐ろしいことを言った。

ほらね、と言わんばかりにユウトが隣で両手の平を上げて苦笑していた。

いや、ちょっと……。
ちゃんと魔法勉強しよ……と思った。

今日は各闘技場で2試合しかないため、次の試合は午後イチで始まる。
つまり、お昼ご飯は時間を見ながらゆっくり食べられる。

それからテントを出た2人は、屋台で焼きそばやら焼き鳥やらを買い込んで、他の闘技場の様子を見に行くことにした。

一方では、剣士同士が激しく打ち合っていた。これは迫力がある。
しかしもう一方の闘技場は、なぜかすごい人だかりができていた。

「なんだろ、なんか有名人でもいるのかな?」

ミーハーなユウトがさっそく吸い寄せられていった。

お腹が減っていたので、食べながら移動する。
お行儀は悪いけど、誰もうるさく言う人はいない。

ジュリアはこっそりと小さな自由を満喫していた。
こういうのも王宮ではできなかったことだ。

近くに行くと、あまりに人が多いので舞台が見えない。
仕方ないので広場の外側の、ちょっとした高台にのぼることにした。

少し距離はあるけど、二人とも目が良いのできっと十分だ。

歩きながら試合の様子をチラチラ見ていたが、両選手ともあんまり動きがない。何なんだろ……?

ユウトも立ち止まり、闘技場の方を凝視している。
険しい表情でしばらく固まる。

「どうしたの?」
「いや……なんかあれ、ヤバくないか?」

依然として動きはない。
小柄な魔法使いらしき人物と、鎧を着こんだ剣士のような男。
長いこと睨みあったままだ。

「見えないか……?空間めっちゃ歪んでる」

「え……?」
私にはよくわからなかった。

「たぶんあれ重力魔法だ」
「重力魔法?」

「普通はモノを浮かせたり、軽くしたりするのに使ったりするんだけど、あれは逆の使い方をしてる」

「重くしてるってこと?」

「そう。きっと、相手の動きを止めるために重くしてるんだと思うけど……」

「けど?」

「……うん……ちょっとそれにしては空間のゆがみがひどい」

見ると、ユウトはかなり深刻な表情をしている。

「これは、ちょっと……ヤバいんじゃないのかな」

ジュリアも一緒に闘技場の様子を見ているが、やはりお互い睨みあったまま動かないという状況で、他に何も変わっていない。

ジュリアは自分の察知できない危険があるということが、なんだかとても不気味に思えて恐ろしかった。
「何が、ヤバいの……?」

「潰れる可能性がある」

どういうこと……?
「もしかして……重力で、潰れるってこと?」

「いや逆、逆。オレが心配してるのは魔法使いの方。重力魔法なんて誰でも使えるわけじゃない。ましてやあんなに空間が歪むほどの魔法力……もしかしたら無理に増幅しているのかも」
「増幅なんて、できるの?」

「オレも実際見たことないけど、能力以上に魔法力を増幅する魔法アイテムがあるというのを聞いたことがある。前時代の、科学技術によって創られた装置。魔法力が無理やり増幅されて、精神力の限界を超えた強力な魔法が使える……。ただし代わりに、術者本人を破壊するっていう……」

ジュリアは寒気を覚えた。
そんな恐ろしい魔法アイテムがあるのか……。

「……ゴメン、ちょっと怖い話だったね。まぁ噂だから。ホントかどうかは怪しいし、モノ自体も一般には出回ってない。もしかしたらあの魔法使いが、ものすごい実力者なのかもしれないしね」

ユウトはやはり、同じ魔法使いとして気になるんだろうか。
こっちに向いて話してはいるけど、心配げな表情で視線が闘技場の方とを行き来している。

「ちょっと……見に行ってみる?」
ユウトが言った。

普段へらへらしてるユウトがここまで心配するなんて。
なんか怖いけど、私も気になる。

「うん、行ってみよう」

2人は不穏な空気に包まれた闘技場へ向かって、もと来た道を速足で下っていった。

◆◆第7話 「突破の導線」終わり

あとがき


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今後の創作の参考にさせていただきます!

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今回はジュリアのロジカルな思考を書いてみました。

苦手なものは放っておくし、魔法のことはちんぷんかんぷんですが、問題に対して諦めずに全力で臨む姿勢こそ、彼女の強みですね。

さて、またもや怪しい魔法使いが出現しましたね。
ユウトが気になって仕方ないらしいです(笑)。

午後からのボクサーとの対戦は大丈夫なのか……?

次回もお楽しみに!

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