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おもいっきりの Fuck You! だから

小さな部屋に流れた、長く重たい沈黙の時間をよく覚えている。私が発した言葉が、皆を押し黙らせたのだ。

「I love you all. I'm going to say something not nice.
みんな、愛してる。ちょっとよくないことを言うね。
I appreciate every missing pieces.
私は、グループの中に欠けているものに感謝します。
I appreciate unknowns.
まだ、誰にも知られていない想い、
I appreciate ghosts.
光を当てられていない想い、
I appreciate sacrifices.
犠牲にも。
This is my appreciation.
これが私の感謝の言葉です」

それは、32名を3つに振り分けて期間中度々実施された、小グループでの対話の最終日だった。全体でのグループ対話では、人種問題がくすぶり続ける火のように繰り返しぶり返していて、不穏な空気が漂っていた日でもあった。

しかし、小グループではそんなこと御構いなしに、各々から感謝の言葉を言うAppreciationをすることになり、賛辞が交わされていた。美しく場を終えようとしたのは、私のようなマイノリティから噴き出してきそうな不明で不安な何かを、包みとって抑える意思が働いていたからだと思う。

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Appreciationをしようと言い出したのは年を重ねたゲイのイギリス人。社会的マイノリティとして生きた時間が長い人は、他種のマイノリティがもつ抑圧に独特の反応を示す。どうも他者の感情の噴火を抑える傾向がありそうだ。

しかしここは、とことん違いを認め合えるグループなはず。これは、多文化主義のなかでの偏った予定調和だ。最悪だ。

大グループでの対話の影響で、私の心の中ではマグマが動くようだった。喉元まで出かかっている熱い何かを無視することはできない。

けれど、私はただ叫んだり怒ったりしたくなかった。なるべく正確に今の自分の感覚を伝えたい。それも、この場の流れやコードを崩さず、誰も傷つけず、誰にも失礼にならないように。他の皆が美しい感謝を捧げている時間に、私はグッと腕組みをして、内側に熱く湧き上がってくる感情を感じ取り、伝えるために必死に言葉へと変換していった。

だから、私のAppreciationは、その時にできた最大限の自己表現だったのだ。unknown(アンノウン)やghost(ゴースト)は、いわゆる心理学用語で、場に現れていない、まだ見つけられていない想いを指す言葉だ。ダイバーシティグループ、いや、全ての人の集団、それに個の心の中にも、まだ発見されていない、より深い想いが潜んでいる。

言い終えて、沈黙が流れる中、私は唇を噛んで床の一点を見つめていた。その視線の先に、ぐっと身を乗り出してきたアミールがこう言った。

「アヤ、聞いてる? 君の言葉は、僕を現実に引き戻した。なぜここに学びに来たか、何に取り組まなければならないか」

それを聞いてふと気持ちが緩み、私はさらに話した。

「私、みなを東京に招待したい。東京には日本人ばっかりだから、みんなすぐにマイノリティになれるよ。でもその前に、二か国語以上話せない人は、日本語を勉強してきてね」

すると、ヘイリーがふと振り返ってこちらを見た。

「アヤ、それがこの場にいるあなたの現実なのね」

私の靴を履いてみなさいよ!

その翌日、私の言葉を最大限に受け止めて、ロックに打ち返してきたのはヘイリーだった。

グループ対話の場に立っていた私に、ヘイリーはこう言い放った。

「アヤ。あなたは昨日、私たちを東京に招待したわね。それって、自分の立場に立ってみなさいよっていう意味でしょう? なら、あなたも私の靴を履いてみなさいよ!」

英語で「その人の靴を履く」とは、「その人の立場になって考える」こと。まさかの逆襲にガーンとなった私は、ひとことも言い返せなかった。

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グループ対話が収束したあと、私はヘイリーに話しかけた。

「あら、私、あなたの名前の発音、私間違ってた?」

と、私の姿を見てすかさず言う、ヘイリー。お互いちょっとばつが悪い。

「ううん、あってる。私、あなたのこと傷つけたかな。そんなことしたくなかったのに」

と、私。

「私ね、ヘイリーの靴を履いてみたいけど、賢くて素敵なあなたの靴を私が履けるなんて思えないよ」

すると、ヘイリーはバラ色の頬を緩ませて、私の耳に顔を近づけて言った。

「私はあなたになりたいって思う。本当よ」

イギリスのマンチェスターでカウンセラーをしているヘイリーは、旦那様のオーウェンと一緒に参加していて、ふたりの息子さんは日本で暮らしているらしい。いつも冷静で暖かく、知的で女性としての柔らかさや可愛らしさを持っている人。私はヘイリーに憧れていた。彼女もそんな私の視線に気が付いていたんだと思う。

ヘイリーのロックな逆襲で、私はやっと彼女と対等な立場になれた気がしていた。マイノリティの自分は、甘やかされていたんだ。ちょっとぐらい嫌なことを言っても、ぐずぐずしていても、嫌われたりしないし待っていてもらえる。でもそれは子ども扱いと近い。

ヘイリーが“がつん”とやってくれたおかげで、私はやっとグループの中で等身大の自分になれたと感じている。相手と真剣に向き合ったから出てくる「ファック・ユー!」が、時には気遣いや優しさ以上に、互いを近づける時もあるのだ。(誰にでも、どんな関係でも有効って訳ではないけどね)

さらに翌日、Good byeパーティーで、ヘイリーが履いてきていた、とびきりかっこいいパンプスを、私は忘れない。

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