日々の泡沫(7)――「結束バンド問題」からホワイトリストとブラックリストについて考える。

全体から部分を取り出そう(あるいは取り除こう)とする際、我々は、「ホワイトリスト方式」か「ブラックリスト方式」か、いずれかを採用することが多い。
※言わずもがなの説明だが、「ホワイトリスト方式」とは「条件に合致する対象を拾い上げる方法」であり、「ブラックリスト方式」とは「条件に合致しない対象を退ける方法」である。

本稿は、世の中のネットサービスが我々の「ホワイトリスト」「ブラックリスト」を着々と溜め込みつつある問題に一石を投じたいと考え、以下、駄文を認めたものである。

この記事を書いている2023年1月現在、大型ECサイトで「結束バンド(複数のケーブルなどを束ねる配線部材)」を購入しようとする場合、
①「ホワイトリスト方式」:カテゴリーとして「配線接続部品」を選択
②「ブラックリスト方式」:カテゴリーから「ミュージック」を除外
このどちらかの必要に迫られる。
そう、あの「ぼっち・ざ・ろっく」のせいだ。
もちろん、アイテム数としては圧倒的に配線部材のほうが多いのだが、たとえばAmazonで「結束バンド」を検索すると、4つに1つは「ぼっち・ざ・ろっく」関連の商品が出てきてしまう。
すなわち、いま我が国では「結束バンド問題」とでも名づけるべき、不可思議な現象が起こっているわけである。
※日本国外でこの問題が発生する可能性は極めて低い。なぜなら、たとえば英語圏で配線部材のほうの「結束バンド」を探している人は、"cable tie" や "zip tie" と入力するはずであり、間違っても "Kessoku Band" とは入力しないからだ。

この、我が国固有とも言える「結束バンド問題」の本質について考えるには、「ホワイトリストとブラックリスト」について理解を深めておく必要があるだろう。

図1:対象を狭く指定するケース

図1は、いずれも、対象を狭く指定する事例である。
「STAFF ONLY」は、日本語に言い直せば「関係者以外立入禁止」というやつで、我々が日常的にこれを目にするのは、飲食店の裏口だ。そこは、客に入ってきてもらっては困る場所(恐らく何事か不都合な真実が隠蔽されているのだろう)であることを示している。
「18歳未満お断り」は、今は亡きレンタルビデオショップの奥を仕切るカーテンに貼ってあった、あの懐かしの禁則事項である。店舗の裏口と同じく、その向こう側に不都合な真実が隠蔽されていることは、皆さんもよくご存じであろうかと思う。

図1の事例では、文面が指し示す対象が狭い。
逆の使い方もあることを見ておこう。

図2:対象を広く指定するケース

図1とは異なり、今度はいずれも、文面が指し示す対象が広い。
「チケットを購入してください」では、有限であるチケットを購入していない多数を排除しようとしており、「未経験の方でも大歓迎です」では、有限である体験を未だ経験していない多数を受け入れる姿勢を示している。

次に、同一の場面で図1と図2を使い分ける事例を見てみよう。

図3:同じ内容の使い分け

図3は、まったく同じ内容を言っている。
左では、チケットを持っていない人間を排除しようとしており、右ではチケットを持っている人間を受け入れようとしている。
仮にこれがコンサート会場の入り口であれば、右も左も、対象とする人間はその場にやってきた同じ人たちである。ただし、チケット所有の有無にフォーカスして、左では持っていない人間を対象に、右では持っている人間を対象に訴えているのだ。

では、以上を踏まえ、「結束バンド問題」に取り掛かってみる。
実を言うと、上に挙げてきた4つの事例と「結束バンド問題」とは、本質的に異なる現象であることに、お気づきだろうか?
着目すべきは、「母集団」である。
①「STAFF ONLY」:飲食店にやってくる人たち
②「18歳未満お断り」:レンタルビデオショップにやってくる人たち
③「チケットを購入してください」:コンサート会場にやってくる人たち
④「未経験の方でも大歓迎です」:求人サイトにやってくる人たち
図3で示したように、表現形式を「ホワイト/ブラック」逆転させたとしても、この母集団は変わらない。
ところが、「結束バンド問題」においては、そもそも母集団が異なっているのだ。

なにを当たり前のことを言っておるのか…と呆れられてしまったかもしれない。だが、このような現象を前にすると、「ホワイトリスト/ブラックリスト方式」は、実は、効力を失うのである。
Amazonで「結束バンド」を検索する人間が、CDと配線部材の両方を同時に求めているとは、ちょっと考え難い。そんなことは、まず無いと言っていいだろう。人格として同一であったとしても、それを求めている今現在(検索した時)は、一緒に並べられても困る。
これがリアル店舗であれば、「結束バンド」のCDを求める人間と、配線部材としての「結束バンド」を求める人間とが、隣り合って商品を選ぶ場面は見られないはずだ。
我々が日常的に多用する「ホワイトリスト/ブラックリスト方式」は、実は、母集団の斉一性が前提となっているのである。

人は文脈において思考する。母集団の斉一性とは、すなわち文脈のことだ。人の行動・思考は、これまで、文脈を踏まえてきた。
ところが、Amazonにしろ、あるいはTwitterにしろ、文脈を踏まえるという発想のないネットサービスの前に、我々はいま立っている。
しかし、今後、AIがさらに進歩していった先では、AmazonやTwitterのようなサービスも、やはり文脈を読み取るように変わるだろう。
あちこちに張り巡らされたセンサー(Amazonが買収したルンバもそのひとつだ)を駆使すれば、文脈を読み取れるようになる。そうすると、「結束バンド」を検索しても、「ぼっち・ざ・ろっく」のCDと配線部材とが混在する現象は、いずれ消えてなくなる。
彼らは、我々が様々な文脈の中で漠然と抱いている「ホワイトリスト」や「ブラックリスト」を把握し、「ブラックリスト」に載っている商品を排除して、「ホワイトリスト」に載っている商品だけを、きれいに現時点の文脈に沿って提案してくるわけだ。

おもしろくない世界である。

そのようなおもしろくない世界の到来を回避するために、我々が採用すべき対抗策はひとつしかない。不用意に「ホワイトリスト」や「ブラックリスト」を抱え込まないことだ。
「結束バンド」を例にとってみれば、買い物カゴに入れるかどうかはともかく、ひとまずリストアップされたCDも配線部材も、どちらもクリックする。そうすることで、AIを出し抜くのである。
無駄な時間だ!と、タイム・パフォーマンスを重視する人間は口にすることだろう。しかし、あなたのそのわかりやすい「ホワイトリスト」や「ブラックリスト」が、あなたの世界をつまらなくしているとなれば、ちょっと立ち止まってみてもいいではないか。

実際、常日頃から口にしている理想の(ホワイトリストに記載していた)彼氏/彼女とは、まったく掛け離れた(ブラックリストに記載されていたはずの)彼氏/彼女に恋をするのが人間だ。「いつも言ってるのと違くない?」と友達から突っ込まれ、口ごもりつつ赤面するのが人間だ。「結束バンド」のCDを買おうとして、配線部材の「結束バンド」にもこんなに種類があるのか…と、つい商品説明を熟読してしまうのが人間だ。そして、そうした思いがけなさこそが、この世界をおもしろくする。

「STAFF ONLY」のドアをうっかり開けてみよう。
「18歳未満お断り」のカーテンを思い切って引いてみよう。
チケットを持たずにゲートをくぐろうとしてみよう。
本当に未経験者が歓迎されるなら応募してみよう。
いますぐ「結束バンド」のCDが欲しいのだが、ちょっと配線部材のほうもクリックしてみよう。
我々のそうした、ある意味、文脈を無視した振る舞いこそが、AIを撹乱し、AIを出し抜き、この世界のおもしろさを維持することにつながる。
僕はこのところ真面目にそう考え始めているところだ。(綾透)

※なんの話をしているのか分からなかった方のために。

2023年1月某日のAmazonにおける「結束バンド」の検索結果
(奇しくも「結束バンド」のメンバー4人がファーストビュー内に)

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