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マッチングアプリカメラマンとか恋愛・就活コンサルとかYouTubeとかやってる35歳独身女の自己紹介記事💁‍♀️【恋愛遍歴編】こんにちは!!アヤずん🫛です!

みなさん初めまして!!
おはこんばんちは!!

大阪なんばでマッチングアプリカメラマンその他諸々をやっております。アヤずん🫛(35歳)と申します。

なんで、ずん🫛なのかというと、ずんだもん界隈愛好家だからです。

腰振りヘコヘコずんだもん!

わたくし、アヤずんっていう自分が日々生きていて感じたことを垂れ流すツイッターや➡︎https://x.com/ayazun_

大阪マッチングアプリカメラマン📸アヤっていう集客用なのに、こちらもお気持ち表明しがちなツイッターをやっております。
➡︎https://x.com/ayasannohakaba

基本的にドドドドドツイ廃です🤩
大体ツイッター上におりますん😺

今日はそんな私の恋愛遍歴について深夜テンションで書き記してみようと思います!(ただいま7/7 七夕の22時24分でございます)

本当は仕事のこととか、育ってきた環境のこととか、色々書きたいんだけど
バカほどネタがあるので、まずはマッチングアプリカメラマン(および恋愛コンサル)という仕事とも直結してくる、恋愛遍歴から書いてみます!

全国5000万人のアヤずんファンのみんな!!!楽しんで読んでね!!


エピソード1:初恋

みなさんの初恋はいつですか??
私は幼稚園のときです。
年中さんか、年長さんか、そのくらいだったかな。
竹内翔(しょう)くんって男の子が好きでした
(今から出てくる名前はすべて本名から文字ってますw)
うちのお母さんのママ友が、みんな男の子のお母さんばかりだったので、私は男の子4人グループとよく遊んでいる女の子でした👧
その中にいた一人が翔くん。名前もかっこいいし、顔もイケメンじゃないけど、今の韓国風の顔立ちだったかな。目が細目で吊り目なの。身長高くひょろながくなりそうな雰囲気の子だった。
その子とのエピソードは特にない(ぇ
たぶん見た目で一方的に好きやったんやと思う。

ちなみに同グループ内に、太っててノロマな感じの男の子がいて、私はあんまりその子が好きじゃなかった。
女子がチー牛や弱男を嫌うのってこの時から始まってるのだとおもう。
ひどいけど、本能的部分だと思う。
もちろんイケズしたりはしたことないよ。でも、私は、あんま好きじゃないな〜〜って思いつつおしゃべりしてた。
あとの2人はふつーーーの男の子でした。

ちなみに私の初キスは翔くんです!
0歳児のときに、親同士の悪ノリでキスさせたらしいです。

エピソード2:小学校の思い出

*低学年編

低学年のときは、山岡くんが好きだった。
ここも私の親と彼の親が仲良くて、クリスマスパーティを一緒にしたりしてたし、山岡くんとクラスも同じだった。
席替えのときに「僕、アヤさんの隣の席がいいです!」と言われたことがあり、ドキッとしてたら「アヤさん、マジカル頭脳パワー(当時の人気クイズ番組)見てるやろ^^僕も見てるから、一緒にマジカルバナナしたいなと思って!!」というだけの話やった。アヤずん、一生懸命マジカルバナナを練習したのに、翌週その子に「昨日のマジカル頭脳パワーみた?^^」って聞いたら「あ〜〜今違うやつ見てるわ。チッチッチッチッ、バリチッチッ、が今の流行りやで!」と言われた。アヤずんは健気な女子なので、翌週からその番組を見始めた。
この子のことはうっすら小学校の間好きだったけど、向こうは私に特に興味は持っていなかった。この子のお母さんのところにピアノを習いにいっていたので、クラスが変わっても、うっすらとした関係は続いていた。
中学は一緒だったけど、ピアノ教室も小6を最後にやめちゃったので、中学上がったらもうしゃべることはなかったな。高校は違うところに行ったのでそれ以来会っていない。ぴえん。確か、高専に行ってたので、きっといいところに勤めていい奥さんもらって今頃2人の子どものマイホームパパなんじゃないですかねぇ(妄想が過ぎる)

*中学年・高学年編

アヤずんは基本的に恋多き女なので、その時々、誰かは必ず好きなんだけど、
中学年のときは、学年で1人だけいた男の先生がかっこいいなって思ってたし、高学年のときはクラスにいた顔が整った男の子が好きだった。曽根くんって名前だった。背は低い子だったな。まぁ小学生だし。仲良し男女グループでこの子のおうちに遊びにいったり、夏休みはお祭りにみんなで行ったりしたなぁ。「写るンです」でこの男の子の写真いっぱい撮って現像したので、お母さんに「あやちゃんの好きな子なの?笑」って、ほとんどバレてた。ちがうよ!!!って一応否定しといた。この子は中学受験しちゃって、それから会ってない。大人になってFaceBookで見つけたんだけど、創価大学出てはって、あっ、そっちのお家やったんやな〜〜って思った。そういやその子の家の裏が創価学会だった。それだけ。

エピソード3:中学時代(暗黒期)

小学校の途中から、私のルックスが怪しくなってきた。
めちゃめちゃ出っ歯で、髪の毛がどどどど天パだったため、中学では多少いじめられた。裏で呼ばれるあだ名が、私の髪の毛を揶揄して「焼きそば」だったり「針葉樹林」だったりした。
最初、中学に入る前の学校見学で茶髪のめちゃめちゃかっこいい男の子がいて、その子にわたし一目惚れしたんだけど、そいつと同じクラスになり、私は見事、その男にいじめられた(笑)わたしは死んだ、スイーツ(笑)
そして、その後、高校に入ったら、私の幼馴染のルックス上位の女の子と付き合ってた。でも他に何人も女がいた。草

さてそんなことは置いといて、私の恋愛状況はというと…
私は小6あたりからBLにハマりはじめ、あんまり現実の男の子には興味がなかった。当時はW-inds.やLeadといった、同年代の中学生の男の子アイドルが流行っていたが、私は全然興味がもてなかった。
そんなときB'zにハマった。2002年の6月、駅のCDショップで、当時発売されたばかりのPVを見聞きできるコーナーがあったので、当時のニューシングル、B'zの「熱き鼓動の果て」のPVを見て、心臓がとまった。

こんなかっこいい人がこの世にいたのかと思った。
それ以来、わたしはB'zのシンガー、稲葉浩志さんが宇宙でいちばんかっこいいと2024年の今日現在まで思い続けている。私の永遠の片想い相手である。

なんか、そのタイミングでは、稲葉さんが38歳だったので「男は30歳からや!!!」と謎に思い込み、自分はおじさん好きだと言いふらしてた。
当時はTHE ALFEEとか好きだった。曲全然しらないけど笑
ショムニの最終シリーズの曲担当しててん、たしか。

現実の恋愛のほうはというと…
クラスメイトを好きになった記憶は全然なくて。
わたしは中2あたりからインターネットに夢中になり、常にB'z板の雑談スレに常駐していた。まぁ、今でいうツイッターみたいなもんだと思う。
当時の私は14歳、そこで20歳の横浜国立大学に通うお兄さんに出会った。稲葉さんの出身校に通う、頭のいいお兄さんである。
私はこの時点では、志望校が横浜国立大学だった。単純明快で草!!

そのお兄さんから昔のB'zの曲のPVデータを貰ったりした。毎日夜中の3時まで掲示板で雑談してた。
お兄さんもよくそんな中学生の小娘と何時間も喋ってくれたなぁ〜って今になると思うわ。普通に楽しかったのかな?
中2から中3にかけての春休みにハワイへ親戚一同旅行に行ったのだけれど、私はずっとその顔も見たことのない声も聞いたことのない掲示板のお兄さんのことを考えていて、お兄さんの名前を入れたキーホルダーをハワイで作って、帰ってきてから郵送した。一通だけ手紙のやりとりしてん。
プロフィール帳送ったから、わんちゃん、プリクラ貼ってくれるかな?!と思ったけど、へのへのもへじのイラストが書かれただけやったw
お兄さん、あんまり字はうまくなかった。私のプリクラ(奇跡の一枚!)送ったら「かわいいね^^」って言ってくれた。
そのお兄さんも中学時代だけだったなぁ話したの。26歳のときに、謎にそのお兄さんから空メールがきてたので(いわゆる間違いメール)連絡してみたら、もう結婚されてた。ぴえん。しかも大学のときから付き合ってた子と結婚したとか言ってて、私は勝手に失恋した。ぴえん。

エピソード4:高校時代(イケイケ期)

高1のときはクラスにいたホストみたいな見た目のほぼ学校こーへん男が好きやったけど、友達も好きだったらしく、その子がアタックしていい感じになってたので、私は特に何もしなかった。
高2になってクラス替えをして、私はまたまた一方的に好きな男の子ができた。山田くんとしよう。山田くんは身長173センチ(稲葉さんと同身長だから覚えてる❤️)のスラっとした子で、決してイケメンではないけど、雰囲気のある子だった。私以外にも3人の女が山田を好きだった。
全然喋ったことないけど、いつも怠そうにしている背中が大好きだった。アヤずんもだんだんと大人になってきたので、バレンタインにチョコ渡したり(お返しはなかった、ぴえん)、メアド交換して映画誘ってみて行ったり、かなり積極的に頑張った!!(当社比)彼は理系で指定校推薦で関大への進学が決まっていたので、私も同じ大学に入ろうと一般入試奮闘してた。私のクラスの子は推薦で大学や専門学校行きが決まる子が多かったので、高3の冬とかはそのメンツとよく大富豪をしていて(勉強しろよ笑)、その中に山田がいた。関大にいきたいなって話をしたら「おいで^^」って言ってくれた。うひょーーい!!今思い出してもテンション上がる。すごい好きだった。
彼に対する片想い日記をBlogで書き綴るほどには好きだった。アヤずんは昔から痛すぎる女なので、何でもかんでも発信する。
当時はツイッターなんてなかったけど、一言Blogのサイトも使ってたし、がっつりBlogも書いていた。私の片想い、この後、実は初めて動き出します!!
(あ、ちなみに関大は落ちたので別の大学いきました笑)

エピソード5:大学時代(初体験期)

2007.3.24、卒業式もおわり、春休み最中、私はその男の子を呼び出した。雨の日だった。公園に呼んだけど、ザザぶりだったので、近所の駐車場で告白した。
「私、山田くんのことが好きです。もし今彼女とかいないんだったら、私と一度付き合ってみてもらえませんか??」って。
心臓とまりそう!!!彼の返事は、ちょっと数秒あいて…
「俺でよければ^^ よろしくおねがいします」
だった!!!!!!勝利!!!!!!!!!
そのあと、コンビニでホットレモンを買ってもらった。
嬉しすぎてしばらくそのホットレモン(飲み終わった)を自分の部屋に放置してたら、お母さんに捨てられてて本気でキレた💢

家に帰って、口が死ぬほど軽い私はお母さんに告白が成功してきたことを報告し、卒業アルバムから「この子やで!!私の彼氏^^」と指差し、超絶失礼な母から「あやちゃんってB専やったんやな^^」と言われていた。草。いや、別にイケメンではないけど、不細工ではないって笑
そして、私よりさらに死ぬほど口が軽いお母さんは帰ってきたお父さんに向かって「あやちゃん彼氏できたって^^」って秒で言いふらしてた。
お父さんは「そうか〜^^蓼食う虫も好き好きやなぁ〜〜^^」ってこいつも失礼なので言われた。ぴえん。娘を蓼に例えるのやめてもろて〜〜〜^^^^^^
そして翌朝には親戚一同にアヤに初彼氏ができたことを言いふらされておった。

私の楽しい日々は以上!ここまでである。
まぁ正式にいうと、ここから3ヶ月くらいは、毎回私が彼を呼び出して
神社で2時間くらいおしゃべりして帰るという生活が続いてた。

あ、別に何もしてない。手も繋いでないしキスもしてない。
好きだとも言われていない。

私はとても不安になってきた。
「わたしのことすき?ふつう?きらい?」メールでそう送ってみた。
「好きやで。恥ずかしいこと言わせるなよ」って返ってきた。

嬉しかった。17年前のことを鮮明に書けるくらいには嬉しかった。

でももうしばらくして、私は調子にのって
「ほんまは私のこと好きじゃないやろ?」ってメールしてみた。
なんか、後々気づくんやけど、これ私の悪癖で、別に愛情かけて育ててもらってきてんけど「試し行動」しちゃうねん!
そしたらさぁ、、、「ごめん」って返ってきた。

話し合った。結局、私が告白したタイミングで、その子も別の女の子に告白して振られたところだったらしく、傷心中やってんて。
んで私が「もし今彼女とかいないんだったら、私と一度付き合ってみてもらえませんか??」という最強にひよった告り方をしたためにOKされたという事実がわかった。

なんか知らんがいつの間にか別れることになった。8月の頭だった。
私は血迷って「キスして」と言った。
山田は「お別れの意味で?」と言ってきた。わたしは「ううん」と言った。

そしたら「じゃあ無理やわ」って言われた。私はゴネにゴネたおした、
そして家に帰らされて、ベッドの上で一生沈んでいた。

しばらくは思い出して、穴掘って入りたい気分になっていた。草。

その後、大学で第二外国語として韓国語とってたんやけど、その隣の席の男の子いいなと思ったけど全く相手にされず、その子の高校時代の同級生紹介されたり(こいつはワイに気があったけどワイは全く好きやなかった)、短期バイト先の温水洋一みたいな顔の一個上の先輩に告られたりしたが(もちろんワイは好きやなかった)、そこから2年くらいは何もない日々が続いた。

2009年、わいは大学3回生になっていた。そこで入ったゼミにて、わいは運命の出会いを果たすんや!!!!

=今日のところは一旦おわり=

続きは気が向いたらまた書きますん🚬


追伸:7/8朝!10なんぼいいねありがとうございます😊
朝起きたら6いいね、きてて嬉しくて
軽率に続き書き始めました
⬇︎(軽いエロ描写とわいが浮気相手なので嫌な人は回れ右😄不倫はしてないよ!あくまで大学生同士で完結するお話です。よければぜひ!!)


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