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30万円の身分証明証

私が運転免許を取得したのは、かれこれもう20年近く前。

専門学校に通い一人暮らしをしていた中、喫茶店でバイトをし教習所に通うお金を貯めた。

1か月のバイト代、約5万円。×半年分。30万円という大金を一気に教習代にぶっこんだ。

しかもなにを思ったのか、マニュアルで申し込んだ。「どんな車でも運転できるから」という親の勧めにのっとって。

当時はだいたいマニュアルとオートマ半々くらい。マニュアルで取得しようとするのはほぼ男性で、女性はほぼオートマであった。

さて、肝心の運転であるが


とにかく苦痛。


楽しくもなんともない。怖くて怖くてスピードも満足に出せず、お約束のエンスト連発。毎回半泣きの私に「ちょっとこれは・・・オッケー出せないよ?」という教官の追い打ちがかかる。

おおげさでもなんでもなく、教習所に向かう送迎ワゴンの中で毎回毎回憂鬱であった。リアル・ドナドナ。


まあ選んだ場所も悪かった。

当時一人暮らしをしていた仙台市内の教習所に通ったため、路上教習では何車線もあり交通量が半端ない地を運転する。しかも土地勘もなかったため、いなかっぺにはハードルが高すぎた。地元ならある程度道もわかっていたためまだマシだったかもしれない。


何回かオーバーし(今はオーバーって言わないのかな)、仮免も落ちたが最終的には奇跡的に免許を取得することができた。そのときに強く思ったのは

「ああ・・・これでもう運転しなくていいんだ。」

という最大の安堵。


何で免許とったんだよ。本末転倒である。


その後、正月帰省の際に親から

「運転しないと忘れるから!練習しなさい。」という指令。


しぶしぶ親の車の運転席に乗り込む。隣に母親を携えて。

しかしこの母親。教官より恐ろしかった。

「ほらっ!右から車来てるちゃんと見て!!ほらっ!!ぐずぐずしないの!!ほら、なにやってんのちゃんと見なさい!!!ぶつかるよ!!!」


怖い。運転よりも。親が。


息つく間もなく私を責め立てる。

これこそ本当の煽り運転。

まあ親も我が命と車がかかっているのだから必死になるのも当然といえば当然なのかもしれないが、それにしてもあんたの辞書に「褒めて伸ばす」という言葉はないのか。


隣で完全に鬼教官と化した母。もう無理だギブアップだ選手交代。数キロ運転したかしないかのところで車を停め、運転席から降り、荒々しくやけくそ気味にドアを閉めると私は涙目で叫んだ。


「もう!一生!!運転なんてしねえ!!!!!」


魂の叫びであった。



それから約20年。本当に一度も運転することなく今日にいたる。

バイト代で稼いだ30万はきらきら輝くゴールド免許として財布におさまっている。たっかい身分証明証。


運転「できるけどしない」のと、運転「できない」のではだいぶ意味合いが違ってくる。帰省し、出かける際に意気揚々と当たり前のように助手席や後部座席に乗り込むのもさすがに少し気がひけるようになってきた。

親も高齢になってくる。今はまだいいが、いずれ免許返納などの問題も出てくるだろう。


親を隣に乗せて、日本のあちこちをドライブして回りたい。

行きたいところどこにでも連れて行ってあげたい。

幼かった私にそうしてくれたように。



・・・言っておくが、そのときにはくれぐれも黙っとれよ?

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