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夢見てた大人に全然なれてないじゃん。

「え、さむっ」

用事を終えて店の外に出ると風が冷たくなっていた。
午前中の汗ばむくらいの陽気に半袖、短パンのキッズみたいな格好で来てしまったわたしは夜まで用事があるので、早めの防寒対策を強いられた。

目に止まった古着屋に入る。さすが下北。服なんていくらでも売ってる。
セールと書かれた札の下にずらりと並んだシャツは懐かしい古着特有の甘い香りがした。吊り下がったシャツの端から端までチェックして1650円が1100円に値下げされたメンズモノのワークシャツを発見。やたらでかいなと思ったら4Lだった。

店内で試着するとシャツというよりワンピースになったし、袖も捲らないと萌え袖どころか床に引き摺りそうだったけれど、包まれるような安心感もあって即決した。

「ワークシャツ探してたんすか?」

ドレッドのお兄さん(いや正確にはわたしよりずっとお若いお兄さん)が親しげに話しかけてくれたけれど、当方は防寒の意味が強かったので苦笑いしつつ「急に寒くなっちゃって上着がほしくて。あ、でもオーバーサイズのシャツ欲しかったんです。」と取ってつけたような返事をした。

新しい装備を増やし、防御力を高めたわたしは再び下北の街を歩く。

駅の変わりっぷりには驚いたし(小田急と井の頭線が別の駅に!!)、駅前の商業施設も何とも華やかで気が引けたけれど、大学生時代に通っていたお店の姿を見つけると、とても安心感を覚えた。東洋百貨店も餃子の王将も懐かしい。

下北に来たらここでしょと、ビレヴァンへ。今もCDや漫画や可愛いキャラクターグッズと面白POPのエンタメ空間が広がっていた。見慣れない漫画もたくさんある。新しいものとの出会いを積極的に提案してくれるのがビレヴァンだった。

店内には制服を着た子たち、10代、20代と思しき若者のお客さんが大半だった。かつてはわたしもそちら側だった。

大学生の頃はウッディー似のイケメン彼氏とよくここでデートした。周りの女の子たちのチラチラ二度見される彼の隣というポジションは抜群に居心地が良かった。社員よりも上手で気の利いたバリスタだった彼はバイト先でも人気者だったらしい。

出来すぎる彼はすぐに就活で何社もの内定をもらい、わたしは4年の春になっても一社からも内定が出ず、自己嫌悪からネガティブ&ヒステリック魔神に変身してしまい関係は終わったのだった。

あの頃の甘酸っぱさや自己憐憫を、この令和に体感しているキッズ達が店内ではグループだったりカップルだったり一人だったりとそれぞれに点在していた。

と、そこに途方もない溝を感じた。わたしとキッズ達との間の深い深い溝。

Tシャツ短パンでキッズみたいな格好をしているし、何なら一回り年下の相手に同級生かと思ってましたと言われるような年齢不詳のわたしだけれど、来年は40になる。

たまに通っているダンスのワークショップのオーディションの対象は35歳までだった。別にそのオーディションが受けたかったわけじゃないけれど、確実にこれまではいられた場所から追い出されていく感覚が怖かった。

溝はわたしを深く飲み込む。4Lワークシャツがあって本当よかった。急に冷えたのは身体だけじゃなかった。大きな布に存在を隠すように足速に店を出た。

”ちゃんと働いて、ちゃんと結婚して、ちゃんとした大人になる”

10代に夢見てたわたしとは程遠い現実のわたし。
貯金もなければ、月々の請求が遅れることもある、電気代だってこの前もギリギリのところを思い出して振り込んだばかり。
かと思えば、使ってみたいとレンタルしたスチームアイロンは期限が来るまで一度も封を開けることなくに返送した。
恋愛もすぐに相手の嫌なところ見つけたり、自分の正論でぶん殴ってブロックされてしまう。全然夢見てた大人じゃない。

大学を卒業して、20年近く経っていることに震えた。フリーランスの仕事は順調だけど、このままでいいんだろうかと考える日もある。

楽しい気持ちになりたかったのに、どんよりの気分。切り替えるため下北に来たらカレー食べなきゃと思いたち、茄子おやじに向かったらあいにくお休みだった。泣きっ面に蜂とはこのことか。

電車ですぐ帰る気にもなれず、ぶらぶらとぐずぐずと下北の街を歩きながら、ふと、この自分が嫌いかと自分に問うてみる。

そうすると答えはNOだった。力強くNOだ。わたしは今の自分が大好きなんだ。

貯金もないし正社員でもないし結婚もしてないし子供もいなくて、あの頃夢見た素敵なオトナには全然なれてないんだけど、

日々暮らすことができて、心地よい関係性でお仕事ができて、価値観を共有できる相手がオフラインオンライン問わずたくさんいて、可愛い猫が2匹もいて、今のわたしは想像を超えて幸せだった。

10代のわたしが描く"幸せのテンプレ"なんてせいぜい数種類。
でも40代を目前にしてわたしの目の前には数えきれないほどの幸せな未来がある。結婚してもいい、しなくてもいい、別れてもいい、子供を産んでもいい、産まなくてもいい、仕事をしてもいい、しなくてもしい、ずっと恋愛をしてもいいし、しなくてもいい、なんでも選べる。

選択肢が多いというのは、選ぶ責任があるということ。
選択肢が多いというのは、全てわたしが選べるということ。

これから、もっとたくさんの幸せの選択肢を選べるじゃんと思ったら足取りが軽くなってきた。世間という架空の敵に負けそうになるかもしれないけれど、現実は何も変わっていなくてもわたしの気持ちが最強なら、未来も最強なのだ。

未来に不安も感じて良し、希望を持っても良し。わたしだけは"全わたし"を許す。その気持ちだけあれば今日も歩いていける。

4Lワークシャツを腕まくりして、わたしは歩き出した。

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嘘か誠か事実は小説より奇なり。
わたしはわたしの物語の主役だ!

デジ近note部水曜日の想田彩乃です。
2回目は小説スタイルで描いてみました♪




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