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創作小噺『コレジャナイけど愛だった』

女三人寄れば姦しい。しかもテラスで昼飲みとなれば解放感も格別だ。例の宣言でアルコールを飲むことも難しくなった昨今、都合を合わせて明子と瑞希と待ち合わせたのは恵比寿のスペインバルだった。

運よくテラス席が確保できて、一杯目の泡が運ばれてくると3人のテンションはさらに高まった。何はともあれ乾杯だ。

「うーん!美味しいっ。」
「たまらんー!」
「ホント生き返るわ。」

明子には二歳の息子、瑞希には小学生の娘がいる。なかなか自分の時間が取れないと嘆く二人は久しぶりの自由時間にはしゃいでいるようだった。話題は自然と差し障りのない独身のわたしに矛先が向く。

「そんで、梨花は最近、アキラくんとどうなの?」すでに最初の一杯でご機嫌の明子が聞いてくる。人の恋話をつまみにしようってわけね。

「土日はどちらかの家で過ごして、半分同棲みたいな感じになってるよ。わたしは家で仕事できるけど、アキラの会社は出社しないといけないみたいだから、あんまり生活は変わってないかな。」差し障りなく答える。既婚者のおもちゃにされてたまるもんか。

「リモート出来れば一緒に居られる時間も増えるのにね。」そういったのは瑞希だった。20代前半で学生時代から付き合っていた彼と結婚した彼女は、根っからの恋愛体質だった。今も大学職員として働きながら定時には帰宅し家のこともちゃんとしているらしい。今日もよそいきの白いブラウスにはしっかりアイロンがかかっている。

「まぁ、ずっと一緒にいるってのもメリットもデメリットもあるし。」と語尾を濁しながら昨夜のことを思い出した。

梨花は朝から生理痛で休み休み部屋で仕事をしていた。夜からアキラが来ることになっていたので、生理痛で弱ってるから適当に夕飯を買ってきてほしいとメッセージを送った。

いつの間にか眠ってしまったらしい。時計を見ると19時だった。いつの間にかアキラは部屋に来て食事も済ませてしまったようだった。近所のお弁当屋さんのお弁当がテーブルにポツンと残されていた。

「来たなら声かけてくれればよかったのに。」ちょっと不満げに伝えた。
「部屋で眠ってたから悪いかなと思って。」淡々とアキラが答えた。

そうかもしれないけど、せっかくなら一緒にお弁当食べたかったなと思いながらレンジで温めなおし、一人でモソモソ食べる。玄米と野菜たっぷりのお弁当だった。シャキシャキのレンコンを咀嚼しながらアキラを見るとテレビでお気に入りのユーチューバーの動画を見ていた。キャンプが趣味のアキラはあのなんとかって芸人の動画を熱心に見ている。

身体もしんどいし、もうちょっと甘えさせて欲しいのになと思ったけれど、恥ずかしさもあって、先に寝てしまった。二人でいるのにこの寂しさはなんだろう。付き合うって、一緒にいるってこういうことなのかな。

「なんか最近、子育てに自信なくしちゃってて。」明子がしょんぼりした声で語り出した。梨花は今に意識を戻した。せっかくなら3人の今を楽しまないとね。

「うちの息子さ、太陽みたいに明るくのびのびと育って欲しいから陽伸(はるのぶ)って名前にしたんだけど、親が子供に勝手に夢を抱いて名付けちゃうのってエゴだったんじゃないかって思ってさ。わたしも明子だけど、全然明るくないし、自分がこうなのに我が子に壮大な名前つけちゃっていいのかなって思っちゃってさ。」

確かに明子は、どちらかといえばおっとりと控えめなタイプだった。でも親しみを感じるタイプだったからこそ、同じバイト先で仲良くなれたんだと思う。打ち解ければ打ち解けるほど愛情深い人だった。愛情深さ故に、重いと言われて別れを告げられることも多い人だった。それでも5年前に今の夫となる彼と出会ってからは上手くいっている様子だった。

「何者でもないわたしが、あの子に何をしてあげられるんだろうって思っちゃうのよね」気づけば二杯目の泡も飲み干した明子は目を潤ませていた。思い出した。明子は泣き上戸だった。今にも両目から涙が溢れそう。

「明子、生ハムがもっとしょっぱくなっちゃうー!」わたしはとっさに笑って場の空気を和ませた。瑞希はその間、黙々と丁寧にパエリアを取り分けると、それを明子にわたしながら、

「子育てって祈りだよって、うちのお母さんが言ってたよ。」
「祈り?」皿を受け取りながら、明子が聞き返す。

「とにかくこの子が元気でいられるよう、最後は祈るしかないって。わたしも几帳面で扱いづらい子供だったと思うから、手を焼いてたんじゃないかな。」

一人暮らしのときも、夫や子供と暮らしてからも何度か遊びに行った瑞希の部屋はいつもピカピカに掃除されていて、本棚の本の高さもピッタリ揃っていた。子供の頃からちょっとした汚れも気になり、お店のカトラリーも使いたくないと駄々をこねたりしていたのだという。

あらゆる手を尽くしたあと、最後は祈りにたどり着く。壮大な愛の冒険の果てに行き着く先は祈りなのかもしれない。

「陽伸くんだって、明子からの愛情はいっぱい感じていると思うよ。でも、親からの愛って一方的なラブレターみたいなものだから、その一通一通を受け取るかどうかは陽伸くんの自由だし、その判断を信じてあげるってことが最終的に祈りってことなんじゃないかな。まぁ、わたしもまだまだだけどね。」自分の分のパエリアを食べ終えた瑞希が押し付けるでもなく、無責任に放り込むわけでもなく、適切に的確にわたしたちの真ん中へ言葉を置いた。皿の上のムール貝とエビの残骸が皿の端にきれいに配置されていた。

「根っこにある愛情をいつかわかってもらえるといいなぁ。それこそエゴかもしれないけど。」ひとりごとのように明子が呟いた。

帰宅するとあいも変わらずアキラはソロキャンプ動画を熱心に見ていた。

「おかえりー。」
「ご機嫌な彼女様のお帰りだぞ!今日も塩対応な彼氏め。」
「なんだよ、絡むじゃん。」
「昨日だって体調悪いって言ったのに、ご飯一人で食べちゃうし、ずっと動画見てるし、塩対応だったじゃんか。」
「え、具合悪い時って放っておいて欲しくない?」
「え、むしろ構って欲しい。優しくして欲しい。」
「弱ってるのみせたくないかなと思ったんだけど、、、」
「逆、むしろ弱ってるときこそ見せたい。ちやほやされたい。」
「なにそれ、全然わかんない。」
「アキラは放っておいて欲しいってこと?」
「うん、かっこ悪いところ見られたくない。」
「わたしはチヤホヤされたいんで、そこんとこよろしくお願いします。」
「了解っす。」
「んじゃ、着替えてくるー。」

一人部屋で着替えていたら自然と笑みがこぼれた。根っこにはちゃんと愛情があった。欲しい形をしていなかっただけで、そこにあった。

きっと陽伸くんも咲いた花が思ったものと違うと不満に思う日もあるかもしれない。でも見えない地面には根が張っていて、たくさんの養分が与えられていたことに気づくだろう。時間差できっとラブレターは届く。何年かかったとしても。

そのことに気づけた分だけ、きっとわたしたちはまたたくさんの養分を与えられる人になっていくのだろう。欲しがっていた形ではないかもしれないけど、でも確実に愛はそこにある。

今日も祈ろう。


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