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[ポーランドはおいしい] 第11回 鳴く虫

ポーランドには蟬がいない。

と、いきなり書いてしまったが、念のため百科事典を見ると、ポーランドに蟬は2種類いるがきわめてまれ、とある。

クラクフでポーランド人といっしょに日本映画を見にいったことがある。映画の中ではアブラゼミがじわじわ鳴いていた。それだけで日本人には夏だとわかる。じっとしていても汗が滲み出てくるあのむっとした暑さが伝わってくる。けれどもポーランド人にはそれがわからない。夏だということがわからないだけでなく、それが虫の声だということからしてわからないのだ。これにはちょっとびっくりしたが、ポーランド人は蟬を見たことも聞いたこともないのだから、考えてみれば当然である。たまたま私の連れは夏に日本に来たことがあり、それが蟬の声だと知っていたが、一般のポーランド人が聞いたら心理描写としての抽象的な効果音だと思うかもしれないと言っていた。また彼自身、初めてツクツクボウシの声を聞いたときは、てっきり鳥の声だと思い、「これは何の鳥?」と尋ねたものだ。

代々木駅のミンミンゼミ(2009年8月撮影)

ポーランドの夏の森はそんなわけで深閑としている。アブラゼミもミンミンゼミもツクツクボウシもヒグラシもいない夏の森は寂しくて、作り物の舞台装置のようだ。ポーランドの森がいちばんにぎやかになるのは、鳥たちが鳴き交わす5月である。

ところで、ポーランドには、日本にいるスズムシなどのような、美しい声で鳴く虫もあまりいないようだ。

クラクフにて(2012年6月撮影)

私がポーランドで初めて意識して聞いた虫の声は、草むらから聞こえてきたバタバタバタバタッというような無味乾燥な摩擦音で、お世辞にも美しいとは言えなかった。一瞬、虫ではなく、子どものおもちゃが発する音かと思ったほど、それは機械的に仰々しく響いた。夕方や夜に虫のいそうな草むらのそばを歩いても、日本で聞くほど虫の声にバリエーションがない。

よく、日本人は右脳で虫の声を聞く、つまり音楽を聞くように聞くが、欧米人は左脳で聞く、つまり雑音としてとらえていると言われ、これが日本人と欧米人の違いであるように説明されるけれど、私はどうも怪しいと思う(註:現在この右脳左脳説はニセ科学として否定されています)。虫の種類が違うのだ。日本人だって生まれたときからあまり風流でない機械的な虫の声ばかり聞いていたら、自然と左脳で聞くようになると思うのだが。

クラクフにて(2012年6月撮影)

ポーランドの鳴く虫の名にはどんなのがあるかというと、コオロギświerszcz(シフィェルシュチュ)のほかにkonik polny(コニク・ポルニィ)というのがあり、これは一般にバッタを指すが、イナゴ、キリギリス、コオロギなどを呼ぶこともあるようだ。pasikonik(パシコニク)も同様にバッタ類をひっくるめて呼ぶようだが、昆虫図鑑で見るとヤブキリという種類である。szarańcza(シャランチャ)はトノサマバッタまたはイナゴのこと。そのくらいしかないようだ。要するに、鳴く虫の種類が少ない、あるいは一般人が見分けたり聞き分けたりできるほど種類による違いがないのだろう。

konik polnyの鳴き声→

ヤブキリ? クラクフにて(2010年6月撮影)

それに比べて日本にはいろいろな鳴き方をする虫がいる。日本人は小さい頃から、リーリーだのチンチロリンだのスイッチョンだの、虫の声の「聞きなし」をすりこまれている。「ああ面白い虫の声」という歌を学校で歌わされる。虫の声はこういうふうに聞くものだと教育されているのだ。

さてポーランドに「虫の声」の歌はないかと探してみたら、「2匹のコオロギと煙突の風による秋のコンサート」というマグダ・ウメルの歌があった。しかしこれもコオロギがたった2匹だけの、マツムシもクツワムシもいないさびしいコンサートである。

クラクフにて(2012年6月撮影)

©SHIBATA Ayano 1999, 2004, 2017

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