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旅まかせの旅

ひとりの歩き方を体が思い出している。踏み出す脚の速さで振り回せるほどにこの身は軽く、それでいて町を混ぜゆくちいさな火柱としてどっしりと立つ。キーボードの上で駆け出す指の鳴らすステップ音が恥ずかしい。それは本来は誰にも聴こえない音楽だから。会いたいときに読んでもらえるなら安心する。そこに私はいないけれど、私以上に私がいるかもしれない。実存のかたちをあなたが選び定めればいい。

ひとりが解体されゆく過程にいるのだろうか。それとも拡張の工程だろうか。夜行バスが立ち止まる真夜中のSA、自分の所在も持ち物もわからなくなり、ここに体だけが在り体の中に私が在るそれだけがわかる一瞬間、前はもっともっと気持ちいいくらい途方もなかった。私は自分の未来に安心することを覚え始めたのだろう。凡庸だなと昨日はそんなことを思っていた。この一生においてなれなかったものは幾つもあるけれど、属性や境遇は不変ではない。私は今こうしているだけで、そう、だからやっぱり「幸せになる」ってよくわからない。ふれたものによって、知ったことによって、ここに今生きていることはいかようにも変わる。変えられてしまう。変わってゆける。すでにここに在るものに気づくだけだ。凡庸でしょう?

早朝の東京駅の入り口で惚けていても誰も振り向かない。たぶん私は都市が好き。観光客を抱くおおきな腕の中、雨は上がっていた。7時間ほどバスに揺られた体が体幹を取り戻しきる前にもう、今、歩き出す。
相変わらず旅を旅に任せている。どの街にいてもこんな風にキーボードを叩いている。もしかしたら何かあるかも、誰かに会えるかも。そんな予感の真ん中に体を置くだけで気持ちいい。私は観光客。どこにいてもここに在るものをなるべく忘れないでいられたらそれはきっと幸せな旅だと思う。

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