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知らず知らずのうちに、「平和」が当たり前になっていたって話。

海外でのボランティアって聞いて何を思い浮かべますか?

食糧支援 貧困地域 いろんな答えがあると思う。

私は大学1年生の夏、フィリピン・ルソン島のアエタ村という貧困地域にボランティアに行った。

アエタ村は噴火が起こった影響で、食糧を手に入れることか難しく、村の外からの食糧支援に頼っている状況だって話を聞いた。

アエタ村の様子

私はアエタ村で、
お米を配って、服をあげて、子どもたちと遊んだ。

アエタで1番仲良くなった女の子 

海外でのボランティアが初めてだった私にとっては、
これが支援するってことなんだな程度で、
あんまり深くは考えてなかった。

だけど今、アエタ村はコロナの影響で、食糧が確保できてないのが現状。もちろん自分たちが現地に行ける訳でもない。

『 あの子たちはどうしているんだろう。』

LES WORLDの大地さんが、前に同じような話をしてたのを思い出した。(LES WORLDは、世界中の孤児院でミュージカルを創る活動をしている団体🌍!)
こういう状況になった時、結局は支援がストップしてしまう。

その時に感じたのは、物を与えることがボランティアじゃない、ということ。

そして、あの時に私がやったことって、その子たちが望むことだったのかな?って疑問に感じた。

もちろん、食糧や衣料を手に入れたら、一時的には生活が楽になると思う。だけど、長い目で見たとき、物をあげるだけが本当にボランティアなのかな。ともやもやしている

今、世界の中には、心を痛めている人がたくさんいる。
戦いのすべてを知ることはできないし、私ができることも限られている。流れてくるニュースをただ眺めることしかできない。

こんな状況になって、アエタ村の子たちのことを心配してももう遅い気がする。だけど、衣食住が満足できる日本に住んでいると平和が前提になっていて、こんなにも大切なことに気づけていなかった。

本当にあの子たちが望むボランティアってなんだろう?

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