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アナザージャパン

みなさん、こんにちわ。こんばんわ。今の気持ちはルンルンと不安。まぁ、そんな感じです。それは、なぜかというと私の最後の挑戦の1つ目の「アナザージャパン」の合格の電話をつい先日いただいたからだ。今の気持ちや思いを素直に書いておきたいと感じてこのnoteを書く。(1年後見返した時成長していると嬉しいなぁ)

今回は、そんな「アナザージャパン」について少し書きたいと思います。そもそもアナザージャパンとは?というのは下記をご覧ください。

私が応募を決めた理由

私が応募を決めた理由は、「全力で挑戦したい」と「やっぱり地域と関わりたい」
「将来を考えたい」の3つからだった。

全力で挑戦したい

私の所属している大学の学部学科は、正直ゆる〜ゆる〜だ。授業さえ行けば単位がもらえるし、テストもなくてほぼレポート。ゼミもみんな第1希望に通る。そして就職では、公務員か老人ホームなどの施設にほとんど行く。私は、これが嫌だった。競争社会で生きてきた私には刺激が足りなかった。このまま、ここで生活していて得られるものとは?将来とは?と考えていた。また、高校時代活動的だった私からしたらもっと全力で何かに向き合いたいと思い応募を決めた。

やっぱり地域と関わりたい

私は、「地域」がとにかく好き。大学も元々、地域や地方創生をやりたかった。(結局受からず福祉に行ったけど今でも悔しい)そんな私が将来を考える時に、
やっぱり原動力の地域に目を向けてもう1度どのような未来を歩むか検討したいと思った。さまざまな地域の人に触れながら、将来の可能性を広げたかった。
あとは、もともと興味のある商店街とかも深掘りたかったんだよね。

将来を考えたい

正直、ここが1番大きかったかもしれない。1度は公務員になると決めた私だけど
やっぱり納得はいってなかった。公務員の方の話を聞いて余計に自分には合わないかもと思っていた。だからこそ、休学をして考える機会が欲しかった。

こんな感じの理由から応募を決めた。(これは12月28日の私)

楽しい楽しい選考

辛いようで毎日全力投球で楽しかった選考の様子をお届けします〜〜

さぁ、まずは書類選考

まずは、書類選考。説明動画で倍率が約11倍と知り、絶句した。書類を作っていたら、なんか方向性とかデザインとかわからなくていろんなお世話になっていた大人の方に連絡した。(12月30日 年末年始に失礼しました。)みんな優しく相談してくれたり、アドバイスをくれた。久しぶりにノートの殴り書きして思いや書きたいこと、足りないことを書き出した。マインドマップでも書いた。12月31日もやったし、正月ディズニーでもFBしてもらって書いた。1月9日の締め切りまでぎりぎりまで戦って、成人式後の新幹線で立ちながらパソコン広げてやっていた。正直、大変だった。でも、久しぶりに全力でやっている感じと自分と向き合っている感じが楽しかった。ワクワクした。そして、ぎりぎりの23時半に書類を出した。(いつも大学のレポートは締め切りの2日以上前に出す私にとってはぎりぎりでそわそわした経験)

1次面接

書類を出して2日後、書類通過と1次面接の案内が来た。まずは、一安心・・・
ただ、その連絡がきて4日後にはもう1次面接の日だった。焦った私は書類でもお世話になった人たちに連絡をして、またまたFBやアドバイスをもらった。この時期は
レポートも被っていて大変だった。あと、プレゼンをしたことがあまりなかったため本気で練習した。一人の部屋で何回も声出しておこなっていたなぁ。本番は、想定外の質問が来て、焦り焦りだったがなんとか行けて安心した。合否がくるまで、怖くてメールを何度もチェックしてたのは忘れもしない。

2次面接

1次面接を突破してから少し時間があったので、アナザージャパンや三菱地所などについての企業研究と自己分析を再度行った。でも、ここでも期末レポートと試験で大変だった。それらを早めに終わらせた。(こういう時に計画性がある性格でよかったと思う)そこから面接練習をしてもらって私は、自分の面接の癖を見つけた。それは「ロボット人間」になってしまうということ。参考例をインプットしたのを完璧にこなそうとしてしまい模範解答しかできなくなってしまう。それに気づいてわざと練習や文を作るのをやめて、本来の自分の感情で話そうと決めた。でも、やっぱり本番にいく電車では緊張していた。そんなとき、面接練習をしてくれた人からなかやまきんにくいんが送られてきた。これがいい効果で笑えてきてリラックスできた。おかげさまで、面接は鋭い質問もあったが回答できた。でも、うまく答えられなかったり、もっとこう答えたらよかったとのちのち反省していた。

合格の電話

出掛けている時の電車できた電話。メールで合否が来ると思っていたから驚いた。
電話を折り返してそこで合格が告げられた。まさかだったのは、第1希望の関東でも、第2希望の中部でもなく第3希望の近畿のメンバーとして選ばれたことだった。
面接でも関東と中部の「愛」は語ったが、近畿はそこまで語らなかったため衝撃。
でも、住んでいた地域だからこその発見があると思うとやっぱり楽しみ。多くのメンバーが出身地で選ばれる中で、そうでない私がいるのはまた違う視点で発掘できる点が強みだと思う。なぜ近畿なのか、なぜ合格できたのかはいつか聞けたらいいなぁ〜

そして休学の決断をした

こんな感じで、合格をもらい休学も同時に決めた。みんなより1年から2年卒業が遅れることに不安はある。(妹の方が早く就職するかも・・・)大学の教授や同級生からは批判の嵐だった。でも、やっともらえた人生で自分が好きなことに挑戦し続けられる期間と小さな成功体験。だからこそ自由にさまざまなことに手を出しながら、深めていきたい。

目標

このアナザージャパンでの目標は、「自分の余白を作る」と「とことん地域を語れるように」の2つだ。

自分の余白を作る

2次面接のときも面接官の方に言われた言葉。それは「自分を自分で苦しめているね。」そうなんだ。私は私を苦しめている。1人で多くの仕事をやったり、完璧主義すぎるあまりいつも苦しい。また、人に頼るのも苦手て自分を全力OPENにできる場所は少ない。だからこそこのアナザージャパンで「自分に余白を作る」を目標にし、グループのメンバーや2期のメンバー同士で助け合いながら挑戦していきたい。

とことん地域を語れるように

今はやっと地域を知るスタートラインに立てた。だからこそ自分の担当する近畿もだが地域の人の生き方や考え方、ライフスタイルを知ってその地域を語れるようになりたい。そして応募を決めた理由にもあったように、地域と関わるという点で将来を考える。

ここからがスタート

こんな感じで決めた大学生活でたぶん結構大きい決断。ここから全力で約1年間駆け抜けます。そんな私を温かく見守ってくれたら嬉しいです。noteも色々書けたらと感じてます。さぁ、よーいどん。

p.s
小高にお礼と報告も兼ねて訪問したら、「福島のある東北をやってほしかったなぁ〜」や「この商品を仕入れてほしかった」と言ってもらえて、1ヶ月半という短い期間だったが福島にいてよかった。やっぱり好きだなと感じた。東北メンバーに商品紹介しますね!!店に足を運んでくださると言ってくれた方もいて、とても
やる気がでました。


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