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無職13日目、君の名は、「幸福」

出会いは突然だった。

3月が近づこうとしていたある日のこと。
一人暮らしをしていたマンションから実家へ引っ越す数日前のことだった。

まだ何も揃わない、生活感のない実家の自室には、仮で敷かれたお布団と、3年程の付き合いになる観葉植物だけが置かれていた。

この観葉植物――名は「ヴィクトル」は、かれこれ3年程育ててきた大切な相棒のような存在だ。
引っ越し業者に「生き物は手で運んでおいてください」と言われたため、私と共に先んじて引っ越してきた。

彼もまた、私と同じくこの家の転入者。

慣れない環境で、きちんと育っていってくれるといいけど。
心配して目を向けると、

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!!???

何かが生えている……!?

信じられなかった。
観葉植物から新しい生命が誕生しようとしているのか?

もしかすると、運んでいる最中に他の植物がついてしまったのではないかとつっついてみるも、どうやらこのつぼみ、本当に我が「ヴィクトル」から生えてきているようだ。

数年付き合ってきた見慣れた相棒に、見慣れぬ子どもができてしまっていることに一抹の寂しさを覚えつつも、「私は疲れていて、幻想を見ているのかもしれない、朝になれば消えてなくなっているに違いない」と、とりあえず現実逃避。様子を見ることにした。

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現実だった。

信じられないほどかぐわしい香りを爽やかに振りまきながら、真っ白い花がそこに咲いていた。

さてここで、みなさんに白状したい。
先ほど大げさにも「現実逃避」だの、「見慣れぬ子ども」だの言っていたが、なんだかんだ言って、新芽が生えてきたのだろうと思っていた。

実家の環境がよほど合っていて、きっと時が来れば若葉が青々と生えてくるのだろうと。

ところがどっこい、花って!
白い花って!しかもめちゃくちゃにいい香りを放つ花って!!!

何故だ、何故なんだ。
お前は花咲く生き物だったのか?

衝撃を隠せず、とりあえず何か情報がないかと、Twitterで呟いてみる。

特に有力な情報は得られなかったが、とにかく花だ。
誰がどう見ても、花であることに違いはないらしい。

私に残された道は、「冷静に見守る」。それしかなかった。
何者かもわからぬまま、私は突然やってきた「ヴィクトルの娘」と同居することになってしまった。

そうして、2日ほどが経った。

よくわからない迷子のような彼女はたくさんの香りと、方々に散った花びらを残して、消えた。
短い短い、幻のような同居人だった。

再び訪れた、穏やかなヴィクトルとの生活。
あの子は、なんだったのだろう。
やはり、どこかの種子がたまたまヴィクトルについただけの、赤の他人だったのだろうか。

もしくは、私を癒すためにやってきたヴィクトルの妖精……?

そんなおとぎ話を夢想しては、亡きヴィクトルの娘を想った。

優しい、優しい、夢のような花だった。

時は経ち、引っ越しを済ませた私の部屋は、見慣れた「いつもの部屋」となった。

1人暮らしのマンションと同じ。
ベッドが置かれ、机が置かれ、時計が置かれ、そしてヴィクトルがいる。

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ヴィクトーーーーーーーーーーーール!!!!!!!!!!!

お前また子ども作ったんかーい!!!

もう!なんなんだ!ヴィクトル!!
私の知らぬ間に、どこの馬の骨とも知らぬ子を成したか!!!!!
おかあさん、ヴィクちゃんをあばずれに育てた覚えはありません!

ええい、調べる!!!
この花、何者か私は調べるぞ!!!!!

と、意気込んだものの、ここで気づいた。

私はヴィクトルの本名を知らない。

ホームセンターの片隅で、「観葉植物セット」というなんとも雑な名前を冠されて売られていたヴィクトル。
私はこの子が本当は誰なのかすら知らなかったのだ。

調べようにも、どのようにすれば。

インターネットで検索してみると、植物を撮影するだけでその植物の名前を教えてくれるアプリがあるらしい。

さっそくインストール。

はてさて、ヴィクトル、君の名は――。

「ドラセナスルクロサ」/別名「ドラセナ・ゴッドセフィアナ」

本名かっこよ!
別名いかつ!!!

ヴィクトル改め、ドラセナスルクロサ、えらいかっこいい名前だな。
別名なんか、ゴッドついとるで、神やで、神。

思わずエセ関西弁が出てしまう始末だが、未だ慣れぬ本名が、ヴィクトルをどこか遠い存在にしてしまったような気にさえなってきた。

でもここはゴールではない。
彼の本名で白い花について調べてみる。

・白い花は稀に咲くことがある
・一説では7年~10年に一度ともいわれる
・夜の間に咲き、1日程度で散る

なんと、とてもとても珍しい花だったようだ。

どうやら滅多に咲く花ではないらしく、そして短命。
なのにこのタイミングでヴィクトルが花を二回も咲かせたことに驚きを隠せない。

ヴィクトルよ、お前は何が言いたかったのか?
私に、何かを伝えるがために、白い花をつけたのか?

ずっと一緒にいたヴィクトル。
辛い時も嬉しい時も、私を励ましてそこにいてくれたヴィクトル。

ヴィクトル、その名は「勝利」を意味する。

ドラセナスルクロサ、別名ドラセナゴッドセフィアナ。

花言葉は「幸福」。

偶然にも、「勝利」「幸福」の2つを持つ相棒よ。

今にもほころばせそうなその蕾を見つめて、私は心が満たされるのを感じた。

花が咲く日は近い。

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