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#38 父娘の密約

下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる系ではなく、確実に仕留めるスナイパータイプの私だ。ここぞという時まで余計なことは言わない分、口にしたことは必ず実現させる有言実行型。

母にすれば、大学に行かずに済むよう思いつきを口にしただけだと捉えたかも知れない。「そんなことないよ、だって一人暮らしは8歳の頃に決意したんだもん、あなたが嫌いで」と分かったらどう思うのだろう。

けれど実現するにはもう一つ乗り越えなくてはならない大きな壁がある。父親の同意だ。一人娘が家を出ます。はいそうですかと了承する保証なんてない。今日は母と私の派手なやりとりに圧倒されたか口を挟まずにただ聞いていただけ。改めて父と話し合わなくては。

その日から母はストライキを起こした。私と全く口をきかなくなったのだ。私としては特に困った事態でもないけれど、話が進まないのは厄介。進路を決定して学校にも知らせなくてはならないし。

そんな折、父のほうから先日の話題に触れてきた。

「いいぞ、一人暮らし。お父さんが許すから卯月は安心して受験勉強を始めろ。そもそも専門学校なんて最初から行く気なかっただろ。ああいう展開に持っていく為にわざと言ったな、案外策士だなお父さんに似て」と笑う。

父と私は顔も性格も何から何までそっくりだ。似すぎているからよく衝突もした。でもお互いに分かっているのだ、親子の愛情がきちんと成立しているからこその喧嘩だと。

「お母さんを説得するのは一筋縄じゃいかない。それは卯月も分かってるだろう。だから一芝居打つぞ。何をするかは聞くな、いずれ分かることだから。とにかくお前はお父さんを信じて口を挟まずに黙って見てろ、いいな」

何をするとも知らされず、私の願いはあっさりと聞き入れられた。



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