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人間が生きることを肯定したい・22「たんたんと生きる」

『胸をたたけ
何もなけりゃ
何もないなりの
ぼくがいるだろ』

一枚のポストカードより


「鬱病は風邪っぴき」などと言われるようになった。
私が勤めている会社でも、
精神的にまいってしまって休職に入る人が後をたたない。
何もうちの会社だけではなくて、
メンタルヘルス系の研修会などに参加すると、
多かれ少なかれどこの会社も同じようなものらしい。

ふと思ったりする。
空から隕石が落ちてきて世界が滅亡するということと、
ひとりの人間が他者の力で歪められ、
強烈な負の想念を生み出しながらそこに在るということでは、
後者の方がよっぽど酷いことなのではないかと。
少なくとも私は、後者の状態を思うときの方が、
一刻も早くなんとかしなくては、という焦りを感じる。

「目標を持って生きろ」
「人生に意味を見出せ」
「時間を無駄にするな」
「成果を出せ」
「頑張ればなんとかなる」
「生きる価値は何?」
「あなたは何の役に立っている?」

呪文だ。
繊細で心優しく、真面目な人々を追い詰める呪文である。
人間をとてもまずい具合に翻弄してつぶしてしまうのは、
やはり人間だよなぁ・・・とつくづく思う。

一度だけ立ち止まって考えて欲しい。
頑張って頑張って頑張って、
その結果、誉めてくれるのは誰なのだ。
その結果に評価を与えるのは誰なのだ。
答えはひとつ。
人間である。
自分を犠牲にしてまで頑張ったところで、
人間同士、評価をしあっているにすぎない。
それは本当にそんなに重要なことだろうか。

ノーベル賞をもらって満場の人々から称賛の拍手を受ければ、
それは嬉しいだろう。誇らしいだろう。
けれどもそれでさえ、人が人に与える評価だ。
そもそもノーベル賞をもらうくらいの人々は、
評価が欲しくてそれを成したのではない。たぶん。
自分がやりたいことを生涯かけてやっていたら、
なんか賞をもらっちゃったな、その程度なのではないだろうか。
自分が自分を誉められればそれでいいという人は、
決して鬱になるような頑張り方はしない。

「目標を持つことや、
何かを成し遂げることをしないと、
人間は物足りないと感じる生き物なのだろうか」
ということを、
私は最近よく考える。
自分自身も含めて。
通常社会で生きていくためには、
お金を稼がねばならず、
そのためには仕事をせねばならず、
そのためには成果を出さねばならず、
そのためには頑張らなくてはいけない。

でもその図式が、
あなたを社会人として生かしはしても、
人間として殺してしまうなら、
そこから逸脱してもいいじゃないかと思う。

「今あなたのお財布の中にあるお金だけで、
あなたは驚くほど遠くに行くことができる」

何で読んだのかは忘れたが、
鮮烈に覚えている言葉である。
その言葉を読んで以来、

「本当に本当に辛くなったら、
今持っているお金で行けるところまで逃げてしまおう」

と心のどこかで思っている。

しかしながら、
逃げようと思えばどこへだって逃げられるのだ、
そう考えると人は不思議と、
今の場所で頑張れてしまうから面白い。

例え一旦逸脱したとしても、
知らない場所へ行き、
きれいなものに触れて、
心が洗われて再びまっすぐになれば、
あんなに嫌だったもとの場所が懐かしくなるかもしれない。

とにかく世界は広い。
想像もつかないくらい無数の場所、無数の生き方が存在する。
あなたひとりくらい、ちゃんと生かしてくれるのだ。

吉本ばななの「虹」という本から、次の場面を紹介しよう。

『私はいつまでもその珍しい鮫を見ていたかった。
なんて透明な黄色だろう、
本当に輝くようなレモン色だった。
話に聞いたとおりだった。
こんな色の生き物がいるなんて、
こんな、果物のような色をして泳いでいるなんて。
・・・
目の前はかすんではまた透明になる海、
口の中は懐かしい塩味、
色とりどりの魚たち、
砂の上をなめらかにすべっていくエイも見えた。
光が射し込むと珊瑚は色を変え、
水中の全てが淡く輝く。
夢のようだ、まるで虹を見ているようだ、と私は思った。
・・・
いろいろなことがあったけれど、
またこういうきれいなものを見ている。
生きているかぎり、
また苦しいこともあるだろう、
でもまた必ずこういうものが目の前に現れてくるのだ。必ず。
そう思うと奇妙に強い力が私の体の中に湧いてきた。』

頑張るために生きているんじゃないんだ。
生きていると頑張りたくなるんだ。

そこをはき違えてはいけないと思う。
生きる気力もわいてこない人は、
頑張る必要なんてない。
生きていることが先決なのだから。

人は人の成果に評価を与えるが、
神様は人の生を誉める。

うっすら鳥肌がたつ肌寒い夕方、
広々とした温泉でゆっくり手足をのばした瞬間、
私は「ああ、体があって良かったな」と思った。
ほっこりじんわり体が温まる至福のひととき、
体があるから味わえる。
ただ体を持っている=生きているだけで、味わえる。
それだけじゃ、ダメなのかな。


=====DEAR読者のみなさま=====


私はただあなたに、
たんたんと生きていて欲しいだけなんです。

たんたんとしていながらも、
そこはかとなく楽しく、
そこはかとなく充実して、
そこはかとなく幸せな毎日を。

笑っていて欲しいんです。

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※これは20代の頃に発信したメールマガジンですが、noteにて再発行させていただきたく、UPしています。

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