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陽光の窓辺

「この前のきみたちの健診結果が出た。まぁ、普段からしっかり鍛えてる諸君らのことだから、心配はしてなかったのだが」

そこまで告げた南部は渋い表情で一同を見渡した。

「博士、何か問題でも?」

「博士?」

「へっ、竜はメタボだからもう少しダイエットしろとかじゃないのかい?」

「余計なお世話だわ!甚平こそ、イマイチ身長の伸びが甘いんでないかい?」

「まあそれも確かに言えるが」

南部の真面目な言葉に竜と甚平は、でへっ、と首をすくめる。


「全員にいえることだが、諸君らの栄養状態があまりにもかたよりすぎている。このままでは任務どころか、身体を壊しかねない」

一同の視線が思わず紅一点に飛ぶ。

「ちょっと?なんでみんなして、あたしを見てんのよ!」

「だってジュンの作るもんってワンパターンだし」

「作るっていやぁきこえがいいが、あっためるだけのレトルトなんだろ?」

「いや、おねえちゃんはレンジにチンだ」

「それに結局は甚平が、途中からやらされとるしの」

「うるさいわねみんな!」

南部は頭を抱えた。


「仮にも世界平和を守ろうという諸君らの健康状態がそれでは……そうか、普段はみんな、ジュンの店で食事をしているのか?」

「俺は車で出た先でも外食したりするんだが…….なんやかんやでジュンの店に集まりがちなのは確かだな」

「いつ呼び出しがあるかわからんからのぉ。あそこにおれば何かと都合がいいもんでの」

「ジョーはまだいいじゃないか、セスナや飛行場の維持費ってのはけっこうかかるんだ。おれはそうそう、外食なんかしてられないぜ」

「で、結局うちに通い詰めでツケがたまるわけだね、兄貴」

「そうよそうよ、ろくに払いもしないくせに、ワンパターンとは何よ、ケン。ずうずうしいにもほどがあるわ!悔しかったら払ってよね、まったく!」

皆の痛い視線に追い詰められたジュンがひらきなおる。

「わかった!それ以上なにもいうな!諸君らの状況はそういうことなんだな。今日からきみたち、任務の無い日はわたしの別荘にきたまえ。せめて食事くらいはまともに摂ってもらわんと」

「え? もしかして、博士が作ってくれんのかい?」

「ばかね甚平。博士は忙しいのよ、そんなわけないでしょ」

「わたしの別荘には通いで食事や身の回りの家事をする娘さんが来ている。友人のお嬢さんなんだが、家事のエキスパートだ。食生活に関しても申し分ないはずだ」

「そりゃあ期待できそうだな。博士お墨付きか」

「へへ、うまいもんが食えるんなら、おら何処にだっていくわ」

期待に胸膨らませる一同。その脇でケンだけが難しい顔をして考え込む。

「どうしたのケン?」

躊躇いがちにケンは南部に切り出した。

「…….博士」

「なんだケン」

「その…….食費は……その」

「いわんでいい。経費で落とす」



日本料理を一日一回は食べたい、という南部の希望にそった献立が、一同の前に並ぶ。

その夜のメニューは、家庭的ではあるが、栄養バランスのよい、くつろげるものばかりだった。

物静かに給仕をする娘はまだ若いが、落ち着いた雰囲気を漂わせている。

「廖化くんだ」

南部に紹介された娘は、静かに会釈をして、キッチンへ下がった。

「落ち着いた娘ねぇ」

「ジュン、きみと同い年だよ」

「ええっ? ……..大人っぽい……」

「へっ、おねえちゃんが幼稚なんだよ」

ジュンは手にしていた箸の角で彼の頭にチョップを落とす。

「……..いや、本当にたいしたもんだ。この味噌汁は、おふくろが作ってくれたのと同じ味がするぜ。もう一度この味に出逢えるなんてな」

ケンが感慨深げにお椀をもつ手を止める。

「この魚の煮付けもたいしたもんじゃぁ。おらの故郷の味だわ、まさしく」

だが、ただひとり、和食にはさほど縁のなかったジョーは、黙々と食事を続けていた。

日系とはいっても、小さい頃からBC島の味で育った彼には、その和食本来の旨さというものがあまりわからなかったのだった。彼にとっての家庭の味はイタリアンだ。家庭料理、といわれて思い浮かぶのはそれ以外のなにものでもない。

(まあ、作ってもらえるってことはありがたいことだ)

そのとき、ふと視線を感じて顔を上げると、廖化が近くまで来ていた。

「おかわりなさいますか?」

「………いや、十分だ。うまかったぜ」

彼女は無表情のまま、軽く会釈をして、静かにその場を離れた。



任務の後で店を開けたり、食事の準備をするのは、ジュンにも甚平にもそれなりに大変なことだったので、この南部の申し出はありがたかった。メンバーたちも、バラエティに富んだ食事にありつけるので、喜んでこの別荘に通うようになっていた。

ある昼下がり、ジョーが南部の書庫の前を通りかかると、中に人影があった。あかりとりの窓の脇で、何冊かの本を抱えて熱心に見入ってるのは廖化の姿だった。何を見ているのだろうか、うきうきと楽しそうにページをめくっている。

(へえ……..?)

立ち止まったジョーの気配に気がついたのか、顔を上げる廖化。ジョーと視線が合い、慌てた彼女は傍らの本を自らの後ろに押しやり、立ち上がった。

「おいおい、何もそんなに慌てなくっても」

歩み寄り手伝おうとするジョーに、彼女はやわらかく告げた。

「大丈夫です。ちょっとびっくりしてしまって」

「空き時間はこんなとこに来るのかい?」

ジョーは笑って話しかけた。

「…….本が好きなんです。南部のおじさまのところには、いろいろな本があるので……。お食事のお世話のお話があったときに、すぐその場でお引き受けしたのも、ここの蔵書をいくらでも見せていただけるってことでしたから」

「へぇ。本がねぇ」

外で動き回るのが好きな自分とは違うんだな。

ジョーはあらためて彼女を見た。

たおやかで清楚でありながらも知的。いかにも育ちのよさそうな娘だ。いつも落ち着いて見えるその表情が、今日は部屋に差し込む日差しのせいか、頬がピンク色に淡く染まっていて愛らしい。

「いつもそんな顔してればいいのによ」

「…….え?わたし、いつもそんなに変な顔してますか?」

「いや、落ち着いた表情よりもよ、さっきみたいに好きなモンを眺めて嬉しそうな顔してるほうがずっと似合うぜ、ってことさ」

「…….あなただって」

「え?なんか言ったか?」

「いえ、なにも……」

「変なヤツだな」

背中を向けたまま片手を上げて、ジョーは出て行った。

「あなたにも、素敵な顔をしてもらいたい……..美味しい、って嬉しそうな、最高の顔が見たい…….」

一人残った書庫で、彼女は小さく呟いた。



幾日か後のこと。その日ひとりで行動していたジョーは、機会があって南部の別荘に立ち寄った。

玄関脇の車庫辺りで、一台のフィアットが危なげに前後に動いているのが見える。
(なんなんだ、ありゃ……)

車庫に入るのかと思えば横を向く。進んだかと思えば植え込みに突っ込む。バックかと思いきや縁石を掠る。

「おいおい、誰だ、このヘタクソな運転はよ!」

思わず近づいて運転席を覗き込むと、半泣きの廖化の瞳がこちらを向いた。

「おめえ……..ッ?」

後部座席には山となった買い物袋。今日の食事の材料らしい。

「何事だ、こりゃぁ?」

「い、いつもは宅配で届けてもらってたんですけど……..今日だけどうしても、急用で来られないっていうんで…….がんばって車でお買い物にいったんですけど……..わたし……..」

「免許、持ってたのか」

「持ってたけど…….全然乗ってなかったんで」

ジョーはタメイキをついた。彼女は悲しそうに、ハンドルを握ったまま俯く。

助手席のドアをあけ、ジョーは彼女の隣にかけた。

「え?え…….ジョー…….?」

「いいからやってみろ。おれが横で見ていてやるから」

彼の大きな手が、廖化のシートを後ろから抱きしめるようなかたちで抱え込む。彼女の顔は真っ赤だった。

「ちゃんとミラーを見るんだ」

「そう、そこだ…….そこでハンドルを右に切れ廖化。……そこまでだ、そこでハンドルを戻す。焦らなくていい。ゆっくりやれば出来る」

「………..」彼女は無我夢中でハンドルを握った。

「あんなにうまいメシが作れるおまえだ。運転だって何だって、コツさえつかめば出来る」

「そのまま…..ゆっくりアクセルをあけて……ゆっくり、ゆっくり……そうだ」

大汗をかいてシートによりかかる。

絶対、何度やっても出来なかった車庫入れだったのに。

今フィアットはきれいに車庫におさまっていた。

「ほらな。おめえならやれる、ってオレは思ってた」

ジョーはぽんぽん、と、彼女の頭を軽く叩き、笑いながら外に降りた。

「待って」深呼吸して、彼女は続けた。

「……….ありがとうございます」

「礼なんかいらねえよ。いつものメシのお礼だ」

「ジョー!」

「ん?」

「おなか、すいてないですか......?」

「………?」

「お茶、いかがですか。今すぐ準備します。ちょっと待っててください」

「お口にあうといいんですけど……」

居間でくつろいでいたジョーが振り返ると。

チーズがたっぷりのった小さめのラザニアにブラッドオレンジのグラニテが運ばれてきた。

「本当はワインをつけたいところ。でもまた運転するでしょ」

その香りにジョーは目を細めた。

手にとろうとしても差し出せない。

「ジョー……?」

廖化は不安げな顔で彼を覗き込んだ。

「…….ごめんなさい、あまり好きじゃなかった…….?」

ジョーは無言で首を左右に振った。

一口、口に運んで、ゆっくりと味わって…….静かに目を閉じていた。

そして、その口元がほんとうに嬉しそうに、語ったのだ。

「うまい」

廖化の顔が輝いた。

「ほんとに?」

「おまえ……..この味……..よくも」

その先は言葉が出なかった。

一番恋しい味だった。

忘れることのできない、味だった。

彼女はその、ジョーの姿を見届けると、静かに微笑んで、そっとお茶を注いで部屋を出ていった。



その後しばらくして、彼女は突然ユートランドを発って故郷に戻ったという話をきいた。

地元で大学に進学するらしい。

「あ~あ、せっかくの美味しいゴハンももうおしまいかぁ。これからはまたおねえちゃんの独創料理…..いてっ!」

「ジュンじゃなくておまえが作っとるんじゃないかい?」

「おーい、ジュン、すまないが今月もちょっと……わ!わかったわかった、ちょっと待てそんなに怒るな!」

「なによケンのトンチキ!いいかげん気がつきなさいよね!」

またいつもの日々が戻ってきた。



博士の別荘に寄る機会も減っていた。
が、ジョーはその日はなぜか、急にあの部屋を訪れたい衝動にかられていた。

書庫の扉は開いていた。

あの午後と同じように、日が差し込んでて。

今にも彼女がそこから立ち上がって笑顔で迎えてくれそうな、そんな空間だった。

あのとき彼女が熱心に見ていた窓辺に座り込む。

(あいつ、こんな風景を見てたのか…….)

縁の無い背表紙を目で追っていると、きれいな並びの中で何故か乱れて何冊かが横積みになっている。

ジョーは、なにげにその本を手にとった。

イタリア、BC島の料理レシピ本だった。


その、横積みになったものはすべて。


そして、あちこちに付箋と、彼女の筆跡のメモ。

何度も何度も、試作を重ねた結果や感想、アレンジなどのメモがそこに残っていた。

(まったく、どこまでくそまじめなんだ………)

ジョーは、静かに本を閉じ、書棚に背中を預けて目を閉じた。

彼女の最高の笑顔が、ひだまりのなかで揺れて、瞼の奥でいつまでも輝いていた。




#二次創作 #ガッチャマン #ジョー

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