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笑うしかない居心地の悪さ「アトランタ」

悪夢というほどではないけれど、変な汗をかいて目覚める夢がある。往来でズボンを穿いていない。駅に行きたいのにたどり着かない。試験前なのに授業そのものに出ていない。
こういう夢には妙なリアルさがあって、非現実的というよりも、超現実的と言ったほうがいいような変な後味がある。

ドラマ「アトランタ」S1に感じるのは、そんなちょっと嫌な夢にあるような超現実感と困惑させられるおかしみだ。
ドナルド・グローヴァー(a.k.a チャイルディッシュ・ガンビーノ)演じる主人公アーンは名門プリンストン大学を休学だか退学だかして地元アトランタに帰ってくる。ちょうどその頃、アーンの従兄弟アルがラッパー「ペーパーボーイ」としてブレイクし、職無しのアーンは彼のマネージャーを買って出るが……というあらすじは、音楽業界もののドラマのようだけど、全然そんなことはない。

このアーンが驚くほどに、宙ぶらりんな主人公である。職なし。宿なし。多くは語られないけれど、プリンストンを辞めたのはエリート大学の勉強についていけなかったのか、根強い白人的なカルチャーに馴染めなかったのかな…と想像させられる。かといって、地元に馴染んでる感じもまるでない。ギャングスタラッパー系のアルの犯罪も厭わない言動に顔をこわばらせている。
そのくせなぜか子供はいる。その子供の母親との関係も別れてるのか別れてないのかよくわからない。
とにかくアーンがいつも所在なさげにぶらぶらしていて、ドラえもんのいないのび太のようである。いい歳した大人の。

各話エピソードも、薬物検査を乗り切るために子供のおむつから尿をしぼったり、「黒人のジャスティン・ビーバー」がいる世界線だったり、気まずさと奇妙な現実感が交互に押し寄せてきて、緊張と弛緩でつい笑ってしまう。コメディ? いやコメディとしか言いようがないんだけど…。

アメリカという国の奇妙さが、どこまで本当でどこから冗談かわからない超現実的な感じで描かれるのは、ちょっとトマス・ピンチョンの小説みたいかもしれない。さらにそこに、アメリカという国で黒人が置かれた/置かれ続けている奇妙な状況が重なってくる。宙ぶらりんの黒人男子が見たアトランタ。

海外ドラマに詳しくないけれど、こういう(ある意味)ハイコンテクストなドラマが軽いコメディとして何シーズンも作られるのは、アメリカのドラマ文化の爛熟という感じがしてちょっとすごいような気がする。
でもこれは、日本人だから勝手にハイコンテクストだと思ってるだけで、アメリカ人ならあるある爆笑ドラマだったりするんだろうか…? 

主人公アーンの駄目ぶりはとても板についていて、チャイルディッシュ・ガンビーノを聴くと「この人だめんずなのにラップが上手くてすごいなあ」とイメージの逆転現象まで起こってしまうほどでした。



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