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先生、私を卒業させます(創作)8話 最終回


第8話 青柳、水泳部だろ


今までのお話はこちらから。


あのさ、結婚するんだって。


久しぶりの電話口の望月の声は、少し大人びていた。


私も望月も高校2年生になった、冬の入り口にそのニュースは唐突にやってきた。


椿山中学校の生徒会仲間であり、かつて恋焦がれた望月とは、別の高校に進学した。


舞子ともハムとも、進学を機にみなバラバラになって、顔を合わせることは少なくなった。


でさ、サプライズでお祝いに来てほしいんだって、式場に。


誰が依頼してるの?と訝る私に


えっ、もちろん近田先生。


望月は当たり前だろ?みたいに答えたが、腑に落ちない。


自分の結婚式に、教え子にサプライズでお祝いにきてくれよ。と頼むなんて。


どういうつもりだ。と首を傾げる陶子に望月は


木更も、ハムも都合つけるってさ。


久しぶりにみんなで会おうよ。青柳。


望月、お前という男は罪な男よのぅ。


私のうちなる紫式部もよろめいている。


わかった、行くよ。


望月が棒読みする日時と場所をメモした。


あと、先生がさ、制服でこいって。何着てこようか迷うな、お前たちを俺のことで悩ませたくない。だってさ。

そのセリフの時は近田風味を出していた。

悩ませたくはないが、時間は寄越せというのか。


心ある時間窃盗犯である。


私たちが卒業する時に、近田は序盤から泣いていた。


担任ではなく、副担任でありながら羽織袴を着ていた。


張り切りすぎているし、主役は誰なのか?と諭す先生もいたようだが、譲れませんと跳ね除けたそうだ。


結婚式の時のお父さんみたいに見えた。


祝意と謝意を一張羅で表現したぞ。と卒業式の後、得意げだった。


みんなで写真を撮った。


望月は背筋を伸ばし、ハムは得意げで


舞子はにっこり笑っていて、私は変顔をした。


近田は、泣いていた。


私達は、近田に卒業証書を送った。


賞状の紙を買ってきて、文面はみんなで考えた。


ハムが得意の書道の腕前を存分に披露した。


望月が、朗読した。


卒業証書、近田武志先生

あなたは椿山中学校の生徒会担当として

時に私達の足を引っ張るような暴挙も

ありつつ、時に私達の青春を横取りするような

自由を満喫しつつ、正々堂々と私達を守り

私達を育て上げたことをここに評し、

その役割からの卒業をここに記します。

椿山中学校第28期生徒会役員一同。


近田が受け取ろうと手を伸ばしたその時、


舞子が、追伸!と叫んだ。


卒業証書に追伸があるのか?ときょとんとした一同に


舞子は背中を押して、私を先生の前に押しやった。


私は望月から証書を受け取り


尚、合わせて、私、青柳陶子への恋心からも


卒業いただくことをここに記したらいろいろ


面倒くさいので、みんなの記憶に記します。 

椿山中学校第28期生徒会役員愛され代表

青柳陶子

と大きな声で言った。アドリブだ。


拍手が起きた。いつのまにかギャラリーがいた。


一果がゲラゲラ笑っていたし、ママは指笛をしていた。


つらい、つらいぞ、お前ら。こんなみんなに失恋を祝福されるなんて、本当どうかしてるぞ。


近田は泣き笑いで、確かに。とその証書を受け取った。


あの日以来、近田とも会っていない。


まさか、結婚式にお呼ばれするなんて


本当に人生とはわからない。


お祝いどうするか?と相談して


家庭の医学のあの分厚い本を買った。


近田は、頭はいいが家庭の一大事に対応するにはいささか心配がある。という私達の共通理解から、やはり、持つべきものは家庭の医学。となった。


結婚式は大きな駅近くのホテルだった。


出番まで小さな控え室でみんなでおもてなしのおやつを食べたり、近況を報告したり楽しく過ごした。


後輩の安藤と橘もきた。2人とも元気で変わらない。安藤と橘の選挙応援の話もまたいつか話せたらいいな。

結婚式では、みんなで先生に海援隊の贈る言葉を歌った。


教え子から結婚式で、贈る言葉を歌われるというシュールは、ちなみに近田のリクエストだったが、意外にも会場は暖かく盛り上がり、大成功で、家庭の医学をプレゼントに選んだエピソードも、舞子の饒舌な語りでウケた。



結婚式が終わり、近田と奥さんの艶子さんと話をした。


みんなそれぞれに順番に話をして、私が近田の前に行くと


青柳、今日はありがとう。来てくれて、お前の顔が見れて嬉しいよ。


そう言って笑った。近田は前に比べ穏やかで良い顔をしていた。


艶子さんは、丸顔の笑顔の素敵な人だった。
あっ!マドンナ!と私を見るとにこりとした。


武志さんのマドンナだよね、青柳さん。


マドンナと呼ばれたことより、近田を武志さんとこんな優しく呼ぶ人が隣にいることに、心底震えた。


青柳のおかげで俺、卒業できたから。


卒業ってゴールじゃなくてスタートだな、青柳。


これ、お前に。


近田は、白い封筒を差し出した。


みんなももらっていたが、中身は図書カードが入っていた。


図書カードのケースにお礼のメッセージがそれぞれに書いてあった。


しかし、私にはもう一枚、紙が入っていた。


そのことはなんとなくみんなに黙っていた。


帰り道、駅で別れた後、1人で駅の中のジューススタンドに入った。


店内は数席の小さいジューススタンドだが


この店長のりょうたさんは、ママと仲良しでこの駅に来たら寄ることにしている。


りょうたさん、久しぶり!声をかけると


りょうたさんは、驚いて


陶子ちゃんじゃないか!よくきたな。すっかり大人だな。と言った。


すっかり大人だから、今日は握手で。


今日は特別な日だから、握手でいいよね。と
自分にいい聞かせる。


オッケー。握手。喜んで。


りょうたさんのメニューは面白い。


近い。とか 遠いとか。


新メニューには、思いやりがあった。


味がわからん。


ミックスジュースができるまで、あの紙を開いた。


卒業証書 青柳陶子

あなたは、あの不条理な事件に屈することなく

前を向き、再び、世間という海に飛び込んだように見えました。

言われもない、根拠もない情報という荒波に

何度も何度もあなたを陸に引き上げたい。

と思いました。しかし、あなたは泳いだ。

私は陸の上からしか、あなたを見つめることが

できませんでしたが、その姿はいつも眩しく

見えました。

青柳、実はあれは海ではなくプールでした。 

今考えれば、青柳、プールだったな。

あなたはあの波の荒いプールで鍛えたけれど

これから泳ぐのは今度こそ海だぞ。

青柳、葛藤に溺れるな。

お前、水泳部だろ。

青柳、どこを泳いでいるかわからなくなったら

手を挙げろ。声をあげろ。

生きてなきゃ泳げない。必ず助けに行くぞ。

1人でなんでも頑張りつづけて、みんなのことを考えてばかりのあなたから

卒業させることをここに記します。

椿山中学校第28期生徒会顧問  近田武志

挿絵:微熱さん


陶子ちゃん、ほい、握手。


ありがとう、りょうたさん。

りょうたさんは何にも言わずに箱のティッシュを私に渡した。


先生、私を卒業させます。って訳か。


先生に、今はソフトボール部だよって言うの
忘れてたな。


正しいバットの使い道も覚えたことも言わないと。


それでも、私は水泳部だな、先生。

イラスト:着ぐるみさん


溺れないよ、溺れるもんか。


見出し:くまさん
挿絵:微熱さん
イラスト:着ぐるみさん

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