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何でもない日の墓参り


「だいぶ耳も遠くなって、電話してもちぐはぐなんだよ。俺達は今年は行けないから、お前が時間がある時に、墓参りがてら様子を見てきてくれないか?」


「お安い御用だよ。」と了解した。


電話の相手は父だ。


若き日の父が、嫌でたまらなく飛び出した

生まれ故郷のほど近くに私は嫁いでいる。

因縁、引き寄せ、巡り合わせ。

いろんなことを人に言われたが、

私はばあちゃんに呼ばれたと思っている。

ばあちゃんの帰りたかった場所に

私が代わりに帰ってきた。そう思っている。


私が住む街より、またさらに緑が濃く

雪深い地域に父の故郷がある。

私の自宅から車で20分ほどの場所だ。

父の故郷には、父の姉達が住んでいる。


仕事が休日のその日、午前中に家を出た。


墓参りをして、お昼を一緒に食べてこようと考えていた。


数年前は、私が行くといえば、2人の叔母は
これでもかと料理をして私を待ち構えていた。


食べきれないよと言う私の声は聞くつもりがない。


たらふく食べた後に、蒸したとうもろこしや西瓜が出てきて、ひーっとなる。


帰りには、赤飯や五目おこわを持たされた。


茄子の油味噌炒めに紫蘇がはいっていた。


卵焼きはしっとり甘かった。


ぜんまいの煮物に入る車麩は、味が染みていた。

お椀には、必ず夕顔と鯨肉の味噌汁だった。


叔母の料理は本当においしかったが、もう記憶の
中の料理だ。


80代の叔母達に、気を遣わせないために


前触れもなく突然顔を出すことにした。


お弁当を買って出かけることにした。

スーパーで小ぶりの海鮮丼やお稲荷や海苔巻きを


見繕う。


もしかしたら生物が苦手になったかもしれない。


小さなうどんも買っておこう。

お供え用に買った少しお高いかりんとうは、

生きている人のおやつにとイメージして買った。


車を走らせる。


車は山へと向かう。道は緩やかにカーブを描き


やがてトンネルをぬける。

一人暮らしの叔母を先に尋ねる。


玄関でいくら呼んでも、TVの音量が大きくて


ワイドショーのコメンテーターの声に勝てない。


おばちゃん、あがるよ。と断り、振り向きもせずにテレビをみる肩を叩く。


おだんごだよ。わかる?と聞くと、


あらま。おだんごちゃん、どうした?と


全く驚かない。感覚が鈍くなるとはこういうことだ。


墓参りにきたよ!お父さんの代理で。おばちゃんも連れになって一緒に行こうよ。というと、


そうかそうか、わかったよ。といい、

手をついて立ちあがろうとするも、よろける。


いたいたた…と言いながら、伝い歩きを始める。


どこが痛いの?大丈夫?と私が声をかけても聞こえないから答えない。


身体に触れて同じ質問を繰り返す。


いたいは、掛け声みたいなもんだから、大丈夫。


と答える。

台所をのぞくと薄く冷蔵庫の扉が開いていた。

黙ってそっと閉める。

おばちゃん、とこおばちゃん呼んでくるから

準備しといてね。といい、もう1人の叔母を


迎えに行く。


とこおばちゃんは、息子さん夫婦と住んでいる。


自営の店に顔を出し、久しぶりの挨拶をする。


おばちゃん、借りてもいいですか?と尋ねる私に


いくらでも!と気前がいい。


階段を上がり、おばちゃん、おだんごだよー。と


のしのし部屋に入ると、


あらま、本物のおだんごじゃない。あんた、


今煮えたからとりあえずかぼちゃたべな。と


菜箸に挟んだかぼちゃを口に入れられる。


いろいろショートカットされているので


私も、負けていられない。

「あのさ、墓参りに来たから、さくおばちゃん待ってっから、おばちゃんもいこう。」


と、かぼちゃを咀嚼しながら勢いよく喋り誘う。


「かぼちゃ、水が多かったかね?おだんご」

「いや、ちょうどいいよ、美味しい。」

「めんつゆとみりんだよ。」聞いていない。


私はかぼちゃの味付けは聞いていないし、


おばちゃんは私の誘いを聞いていない。


「墓参り、行けるかな。盆は坂道登れなくて

下から参ったんだよ。」

おばちゃんは最近腰と膝にガタがきて、

介護認定を受け、良い杖を借りたという。

車に乗ってるだけでもいいよ。

「まあ、行ってみるか。おだんご、線香は?」

「持ってきた。ろうそく忘れた」

姪をやる時は、少し抜けているのがちょうどよい。

叔母は、私をまだ10歳ぐらいに思っている。

何しろ世話をやきたい衝動を満たさなければならない。

持ってきたと言うのを聞かず、チャッカマンを
私に握らせた。

とこおばちゃんを車にのせて、さくおばちゃんを

迎えに行き、山のてっぺんに近い墓を目指す。


2人は車の後ろでお互いに好きなことを喋る。


山道に迷うより車内の話題に迷う。


ちょうどよく返事をしながら、到着。

山のさらに、小高い場所にある墓には、

整備されていない急な坂道を上がっていかなければならない。


80代の2人を引っ張ったり、支えたりして

上がる。

こちらと手を繋いでいたらあちらがよろめく。

蛸になりたい。手足がたりない。

2人を転ばせたら、最悪の事態だ。


介護の仕事をしているおだんごが連れていった

墓参りが、墓への近道だったなんてことになれば

親戚にあわす顔がない。

というギリギリスリリングな墓参り。

じいちゃん、ばあちゃん、きたよ。

お父さんこれなかったんだよ。ごめんね。

本当はきたかったんだよ。

おだんごでかんべんだよ。

おかげでげんきにしているよ。ありがとう。

あのさ、おばちゃん達、転ばさないで

帰るまでが墓参りだから、よく見て助けてね。

最後、神頼みならぬ先祖頼みになった。


ろうそくに火をつけ、線香をあげて


枯れた花を処分し、湯呑みをゆすぎ水をいれる。


ああ、ばあがよろこんでるわ。いい墓参りだ。


おばちゃん達は、私を喜ばせる。


さくおばちゃんのところで、一緒にお弁当を


食べる。


さくおばちゃんが煮物を出してくれた。


記憶の味は健在だった。


とこおばちゃんがいう。


あれだな、これはいいな。急に来て墓参りに

行ってお昼をご馳走になってな。

これはいつでも歓迎だなあ、な、さく。


最近予定が入ると忘れないようにとそわそわする

んだよ。 来るまで待ってしまうし。


さくおばちゃんは、聞こえていない。

ひたすらに私の湯呑みにお茶をつぐ。

なんでもない日の墓参り。

生きている人の元にもう少しきちんと

参らないといけないな。


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#たまには親孝行














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