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I think about me⑨

中学卒業があと1か月に迫った2月中旬頃だったと思う。

同じく電車通学をしていた親友と帰ろうと、美術室の前を通った。明かりがついていたから覗くと親友の彼がいた。彼は芸術系の高校を志望していて、試験の為に絵を描いていた。私と親友、親友の彼で話していると廊下を歩きながら壁を叩く音がした。えっ、誰?と3人で顔を見合わせた。
ガラリと扉を開けたのはその人だった。

暖房が効いた夕方の美術室。
4人でどうでもいい話しで盛り上がっていた。私にとってこんなことでも幸せに感じる時間で、心底満足だった。つらいことを耐えた中学生活最後のご褒美だと感じていた。

黒板の前でその人と話しているうちに親友と親友の彼は帰ってしまった様だった。気を遣われたのだろう。私は少し虚しくなる。貴方たちみたいに付き合っている訳ではないから。

すっかり外は暗くなっていたから、もう帰ろうか、と話して美術室を出て2人で暗い廊下を歩く。何を話したか覚えていない。

校庭の横の体育館ではまだ部活をやっていた。その人は後輩たちの様子を見たかったのか覗きに行っていた。私の存在に気づいた後輩はその人をからかっているようだった。浮気してるとか何とか。

私はその人にも彼女にも悪い気になり、鞄をそのままに校舎へ戻った。半分つらかったのかもしれない。なんだか惨めだった。暗い廊下を靴下のまま歩き、途中で壁にもたれ少し時間を潰した。
さすがにその人は帰っただろうと思って、再び外に出た。暗い昇降口を出て街灯のある中庭を抜けて校庭へ向かった。
驚きで言葉が出なかった。その人が私の鞄を持って待っていた。

どうしたの、と聞くその人に、私はありきたりに笑いながら忘れ物、と答えた。
心の中の私は泣きそうになった。

地下鉄の駅までの道は暗くはない。人通りもあった。なのにその人は駅まで送る、と言ってくれて並んで歩いた。手袋をしていたその人は片手の手袋を外して、使う?と言って渡してくれた。
私はもう泣きたかった。
でもずっと笑っていた。

駅前の信号でお礼と共に手袋を返した。
その人はさっきまでと違った速さで歩き出し、笑顔で手を振って帰っていった。
しばらく、後ろ姿を見つめた。

満足だけど泣きたくて仕方ない。
地下鉄の窓にもたれて、そんな感情と共に私は揺られていた。

〈だけど
 あるがままの心で生きようと願うから
 人はまた傷ついてゆく
 知らぬ間に築いていた
 自分らしさの檻の中で
 もがいているなら誰だってそう
 僕だってそうなんだ〉

 引用
 Mr.Childrenー【名もなき詩】



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