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架空日記:Leon 2022/5/24

(架空日記、つづき)

Leonはおそらく、イギリスなのか、上流階級の文化が好きなようである。洗練された空間に所作、手のかかった細工や繊細できらびやかなあつらえが大好きなようだ。

Leonにとって優雅さというのがとにかく大事で、せかせか時間に「追われ」ている朝子のライフスタイルにとことん嫌気が差していた。たまに朝子が気まぐれにカフェに行く時間がせめてもの救いであったようだ。

Leonにとっての優雅さとは早朝のゆったりした時間にある。きれいに掃き清められた空間でゆったり朝食をとり、食後のteaを楽しんだら、朝の領内の見回りである。馬が望ましいが、そうもいかないのは承知している。

領内を見回ったら、次には執務である。昼食は手軽に食べられるサンドイッチで構わない。服装は大事で、貴族としての品位と、華やかさが欠かせない。午後は書きものや、領内のさまざまな手はずを整えたら夕方には犬を連れてひとときの狩猟の時間である。カモか、ウサギか、あるいは時にはもう少し大物で味も良いキジなど狙う。

夕食は一日を締めるのにとても大事だ。ハントをうまく煮込んだ料理などがLeonは好きであった。食後にはゆっくり酒を飲んだり、ラウンジで音楽を楽しみ、時には自分で演奏することもあった。
そうしてお腹も心も満ち足りて床に着くのがLeonにとっての至福である。

さて、では朝子にとっての至福とは何であろうか。朝子は肌ざわりを気にする。肌に張り付かない、涼しい素材の服が好きだ。

また、部屋をすみずみまでピカピカに磨くことも朝子は好きだ。Leonの趣味と異なるのは神社や寺への参拝も挙げられる。朝子は最近般若心経を唱える心地よさを知り、朝の寺の坐禅にも行きたいと思っている。

海や水辺が好きなのもおそらく朝子なのであろう。そして植物や野菜を育てることや、藤井風など歌うのも、朝子の大好きだ。
(ところで、甘いものが好きなのはおそらくLeonである)

朝子はずっとレオンを知らなかった。一方、レオンの方はというと朝子をよく知っていた。人一倍人の目を気にして気をつかい、すぐに疲れることを。スーパーの冷蔵コーナーを通るだけでお腹があやしくなること、水の中で気持ちよく泳ぐことも。

朝子の繊細さは肌感覚の繊細さと結びついているようだった。それだからか、朝子はやたらとあちこち拭いたり掃いたりしている。レオンとしても整った空間の方がくつろぐのでそれはそれで良いのであった。

ただ何よりレオンを辟易させるのは時々起こる朝子の体内活動の低下と澱みである。レオンが動き回るのも難しくなるくらい体内の粘度が高まり、重くずっしりと淀む。朝子は気づいていないようだが、この墨化が起こる前には予兆がある。

たいてい体が疲れており、とにかくポテトチップスやポテトフライのようなものが食べたくなる。朝子の体内の粘度が上がるにつれ、朝子自身がその粘り気と湿度と重さに絡め取られていく。

そんな時のレオンは動くに動けず、仕方なしにじっと息をひそめて時を待つ。ただそれでも動きたい衝動はわき、レオンにとって辛い時間だ。

この時間は朝子にとっても辛いことはレオンも知っている。頭にモヤがかかり、体はブヨブヨ、力なく淀んでいく流れの中で、朝子は頭の中のさまざまな古い、昔にできたプログラムが活発化するのに身を任せているだけのように見える。

朝子の頭の中の古いプログラムというのは、どうやらある程度人間が共通してインストールしているもののようである。疲れた体を停止させるためなのか、活発化したプログラムは自責の念や罪悪感、無力感を誘う言語を頭の中にループさせる。

古いプログラムの役割はまだよくわかっていない。朝子の体内の粘度が上がり、プログラムが発動するのか、逆に何かのきっかけで動き出したプログラムへの反応として朝子の体内の粘度が上がるのか、その関係性もまだわかっていない。

朝子にとってこれまで、波のように調子の悪い時が訪れることも、イライラが爆発しそうになったり、もどかしくて仕方ないことも、自分にはどうしようもない、予測もできない外部(朝子の内部ではあるが)のように感じていた。

ところが、昨日ふとしたきっかけでレオンの存在を知ったことで、朝子の中に別の要求や嗜好を持つものがおり、朝子の体内の環境に左右されて苛立ち、もどかしくなり、暴れたくなる者がいることに気がついた。このことは朝子にっては朗報である。なぜなら朝子の体内の環境や生活習慣については朝子が変えることができるからだ。

レオンが洗練された貴族の暮らしを好むことを知って、朝子はレオンのためにイギリスの王室御用達の茶器ブランドのオンラインサイトからカップ&ソーサーを注文した。ティーポットは目玉が飛び出る値段であったが、カップ&ソーサーは手が出せない値ではなかった。レオンがその茶器を喜ぶかは気になるところではあるが、大事なのは今では二人が互いの存在を知るところにある。

手始めとして朝子は、トースト一枚、コーヒー一杯の朝食を少し変えてみた。今朝はご飯に目玉焼き、味噌汁である。イギリス貴族にとっては田舎臭い朝食かもしれない。もしかしたらトーストにスクランブルエッグ、ベーコン、焼きトマトなどが良いのかもしれない。しかし体は朝子の体であり、日本人の遺伝的体質というものがある。和食で手をうってもらうことにした。

昨夜も、通常であればあっという間に23時を過ぎるところであるが、早めに就寝の準備を終えた。23時頃には寝室でくつろいでいるというのはなかなかよかった。部屋の電気が明る過ぎるようなので、照度を下げるか、間接照明を用意することにした。

他にも朝子は決めたことがある。それは体を鍛えることだ。筋肉をつけることで、体内の血流を整え、粘度の上昇を防ぐ。

また、睡眠時間の死守である。8時間の確保である。それも24-8時などではなく、23-7時、理想的には22時半-6時半だ。食後は23時まであっという間に時間が経ち、それから重い腰を上げて食後の皿洗い、シンクの片付け、風呂とこなしているうちにあっという間に日付が変わってしまう。翌日が休みとなると寝るのが1時半過ぎることもある。とにかくこの悪循環を断ち切ることを朝子は決めた。

また、仕事を家に持ち帰り遅くまで働くという悪習慣も見直すことにした。これは効率も悪く、体が疲れるだけでなく心の疲れが溜まるばかりであった。イギリス貴族を見習い、重要な仕事は午前中に終えるという新しい習慣へと自身の生活パターンを変える時がきた。朝子はそう感じている。

さて、朝子が健康と睡眠の誓いを立てた翌日である。その日は朝子の職場での懇親会だった。朝子が職場に来て以来初めての場であり、初めて素顔を見る同僚のマスクの下のヒゲに驚くなどした。何はともあれ懇親会を楽しみ、日が変わる頃に帰宅、久しぶりの交流会で興奮冷めやらず1時過ぎまでクールダウンしていた。

ということで朝子の誓いは一日で継続ならずなのであったが、不思議と普段ほどの乱れを体に感じていなかった。

今日のレオン様はどんな調子であろうか。朝子は、レオンの存在に気づいて以来、時々問いかけている。この原稿を書き始めてから、レオンの身悶えやフラストレーションはきれいに潮が引いたかのように姿を見せない。

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