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あの頃の冒険は、いつの間にか少々退屈な日常になってしまった。

雲ひとつない青空に、飛行機雲が数本、あちこちの角度に伸びている。
ドイツ・フランクフルトの空だ。
市内から空港が近いこの街では、
空を見上げれば、
いつでもどこかに飛行機が飛んでいる。
先月までの灰色の空から一変して、
すっかり春らしい陽気になった。

イースター4連休。
貰ってきたり、自分たちで買ったりして、
玄関先は、気が付けばウサギのチョコレートだらけだ。

イースターには「オースターハーゼ(復活祭のウサギ)」と呼ばれる、
ウサギの形をしたチョコレートが店先に並ぶ。


市内に出かけると、
今年も本屋さんの前に、大ぶりの色の濃い桜が咲いていた。
ソメイヨシノではないからだろう、
私がイメージする、
桜独特の儚い美しさは感じられない。
ヨーロッパで植えられて欧米化されて、
日本独特の「粋」を失ってしまったと、
桜の木にまで毒づいてみる。
あの頃は、此処でも桜が見られるなんて!と感動していたのに。

ドイツでは桜の木まで自己主張が強い。


郊外に車で出かけると、一面の菜の花が広がっていた。
美しい田舎道。
「きれいね」と言いながらも、
流れていく景色を横目に、ため息をついている。
あの頃は、こんな自然を見ると大きく深呼吸していたのに。

自然豊かなのは良いけれど、
休みの日の娯楽が無さすぎる。


ドイツに住み始めて、12回目の春。

渡独してきたばかりの頃は、
目に映るもの全てが新鮮で、
ひとつひとつに感動していた。
しかし、その感性はいつの間にか失われ、
あの頃の冒険は、もはや退屈な日常となった。

日増しに、日が長くなる中で、
公園の砂場の隅に佇み、
「もう帰ろう」と、
娘たちには一向に届かない声をかけ続ける。

周りの子供たちの歓声や
ママたちの談笑する声は、
集中していない私の頭には意味として認識されることもなく、
ただただBGMとして、私の耳を通り過ぎていく。

次に何をすべきかを考えてばかりではなくて、
もっと、
今ある目の前に集中すれば良いのに。

そうすれば、
春に似合うご機嫌を纏っていられるかもしれないのに。


ふと、そんなことを思う。
不機嫌に固まった表情は
きっと長かった寒い冬のせいだと言い訳しながら、
小さく「あ・い・う・え・お」と口を動かして
最後に「い」と言いながら、
無理やり微笑みを作った。

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