【あべ本#17】孫崎享×マーティン・ファクラー『崖っぷち国家　日本の決断』

イマイチな仕上がり

副題は《安倍政権の暴走と自主独立への提言》、第四章は《日本を崩壊させる安倍政権の行方》となっておりまして、まぎれもなくあべ本です。

外交官と外国人記者による日本の外交政策などの分析なので、普通であれば面白くないはずがないのですが、どうにもこれ、というレビューが書けずに、読んでからしばらくたってしまいました。

「ジャパンハンドラーズ」「記者クラブ、大メディア批判」「対米追従批判／自主独立への言及」と、私にとっては興味深い話題ばかりのはずなのですがね。なぜだろうと考えたのですが、「え、そうだったの！？」という蒙を啓かれるような情報があまりなく、かといって陰謀論的に安倍政権批判や世界の構造説明を展開しているわけでもないから、かもしれません。

つまり、顔ぶれの割にはパンチがないということになりましょうか。

特に安倍政権に対する批判は「国民を不幸にする4大政策」と銘打ってアベノミクス、原発再稼働、特定秘密保護法、TPPなのですが、特にこれという視点もなく、また現状とのずれもあるので、今読むとどうもイマイチな仕上がりとなっております。「時間」に耐えられる本というものが、いかに素晴らしいかを逆に教えられたような気にもなりました。

「『国賊』と言われそうですから……」

そんな中で印象的だったのは、沖縄の米軍駐留と対中警戒意識についての話題からの流れでの、この話。まずはやり取りをご覧ください。

ファクラー　今、日本が支配されていることの、いちばん目に見える形の存在は駐留米軍です。沖縄に駐留米軍がいなくなったら、日本はどうやって沖縄を統治するのでしょうか。米軍が沖縄から去ったら、沖縄の将来はどうなるか分からないと思います。

　孫崎　なるほど、そういう意味での危惧ですか。

ファクラー　必ず新しい展開が出てくると思います。日本がほんとうに沖縄を統治できるかどうかは分からないですよ。自衛隊の存在はそれほど大きくないし、米軍のベース（基地）が日本支配のシンボルになっている感じなのです。

孫崎　それについては、私もここでしゃべりたいことがありますが、『国賊』と言われそうですから遠慮しておきます（笑）。

ファクラー　ハハハハ、孫崎さんも、いろいろつらい立場がおありなのですね。

「ハハハハ、じゃねーよ」と思うのは私だけでしょうか。この辺りでは、本土と沖縄で中国に対する警戒度が全く違うとか、そもそも別の国だったなどという話をしているのですが、そこから一歩進んで、「米軍基地がなくなっても日本は沖縄を統治できるのか」というかなり深い問題に進んでいます。

にもかかわらず、孫崎氏はこのはぐらかし。なんだか不誠実だなという残念な印象です。孫崎ウォッチャーではないのでこの辺りを別の本やコメントで言及しているのかどうかはさだかではありませんが、「国賊」と言われかねないほど尖った何らかの意見や見解をお持ちなら発言すべきだし、言えないのならばこのくだりごと削除すべきではないか、と思います。

ちょっとだけ過去の本の未来予想を今読む面白さ

もう一つ気になったのは、「今後の日本に、若手の核となる政治家は現れるか」という話題。

「知的なグループを作って、若い人を核とするべき」という孫崎氏のコメントに、編集者がこう聞いています。

編集者　核になる人物は、山本太郎さんではダメですか。

本書発売の2015年2月は、生活の党・小沢一郎と山本太郎が合流し「生活の党と山本太郎となかまたち」を結成した直後のこと。山本太郎＝イロモノとしか見ていない人が大半の中で、この編集者の方、今思うと慧眼だったのかもしれません。もちろんこの先は分かりませんが、「れいわ新選組」の躍進を知った今の私たちから見ると、「ここで核になる人間として山本太郎を挙げてたかー」と思わずにはいられません。

しかしこれに対する孫崎氏は大外しをかましてしまいます。

孫崎　私が若い人を核にしようとするなら、山本太郎さんではなく、もうひとり、音楽家の三宅洋平さんという人がふさわしいと思います。

これはしたり。しかも三宅洋平さんとは……いや、何か始まる予感はあったんですよ。本書発売後の16年7月、三宅洋平さんは総理夫人の安倍昭恵さんに会って、電話で総理に直談判するという一手に出ています。懐柔された、屈服したなどと、リベラル派からかなりの批判も受けた模様。その後も活動されてはいます。

もちろん孫崎氏は未来予想屋でも予言者でもないので、外したからと言ってダメージはないわけですが（まだ「外した」かも分からないといえば分からない）、ここに、「ちょっとだけ未来の今から、ちょっとだけ過去の時評を読んでみる」ことの面白さがあるのではないでしょうか。