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あの時と変わらない風景、予想外の自分。

高校生の頃、大学の受験講習会を受けるために、旭川から飛行機に乗って何度か昭和音楽大学に行っていました。

憧れの大学。
羽田空港から新百合ヶ丘駅まではバスで行っていたのですが、新百合ヶ丘駅のロータリーに入る前、大学の横を通る際に「昭和音楽大学」と書かれた校舎を見る度に、胸を弾ませ、大学で良い成績を残してサクソフォン奏者になるんだ!!
とあの景色を見ていました。

私は飛行機と空港が大好きで、大学に入学してからは飛行機を見に、月に1回ペースで羽田空港に行っていた時期もありました。
電車の方が交通費は安いのですが、大学に入る前の気持ちを思い出したかったりすると、バスに乗って景色を見つつ、人生を振り返りながら移動する事もありました。

そして、あの景色を見る度に毎回いろんな感情を味わっていました。

大学に入学してから3年目の秋までは、やりたい音楽に疑問を抱いたり、見たくない事を見てしまったりしていたので、あの景色と出会う度に、初々しく懐かしい気持ちを思い出しつつも
「あの時、思い描いていた感じと違うかも。」
と少し哀しい気持ちも混じるようになっていました。

そして、3年目の秋に「やりたい音楽は歌だ。」と気付いてから、景色が変わり始めました。
↓歌だと気付いたきっかけは、こちらの記事に書いております。


歌だと気付くまでの2年半、主科のサクソフォンはどれだけ練習しても思ったように吹く事ができず、「人の心を大切に音楽をしたい。」という音楽への想いも、周りと話していて共感できる事が少なかったです。

心の底から「やりたい!」と思える事と出会えるまでは、目の前にある事をとりあえず頑張ってみたり、色んな方と出会ってお話しして何かを探そう必死にもがいていました。

演奏家の方とお話しさせていただく時間、ライブの時間、素敵な方が多かったバイト先。
嬉しい時間や素敵な出会いもあり、そのような時間がなければ生きていけなかったのでは?と思う程、自分が自分と向き合わなければいけない時間は、何もかも上手くいかず、本当に辛かったです。

心の底から「これがやりたい!」と思える答えがないまま過ごす日々は、私にとってはとても辛く、あまり満たされていませんでした。

ですが、辛いながらももがいた事は間違っていなかっですし、だからこそ歌に出会えたのだと思います。
あの時、辛いながらも何かを掴もうと「何か」すらわからないのに生きてくれた自分には、感謝しかないです。

そして、「自分がやりたい音楽は、歌だ。」と気付いてから。
とても人生が変わったように思います。

歌だと気付いてから、ボーカルレッスンを受け始め、レッスンに通うためにバイトも掛け持ちをし、今思うと学生だからできた事だよな〜と思う程毎日に予定がありましたが、大変と気付く暇もないほど、人生が充実し始めました。

心の底からやりたいと思える事があるだけで、全てが変わったように感じましたし、周りの人や母からも明るくなったと言ってもらえる事が増えました。

人生はとても不思議で、サクソフォン以外のやりたい音楽が見つかったにも関わらず、大学4年目はサクソフォンも思い通りに吹けるようになり、一緒に演奏する仲間にもとても恵まれて、こういうのを目指していた!という演奏をできる事がとても嬉しかったです。


ある日の空港の帰りにバスに乗りました。
あの景色にまた出会った時、
「あれ?あの頃に想像していた自分より、大きくなってるな。」
と思い、全ての出会いと出来事に感謝できるようになった自分がいました。

大学入学前に想像していた自分は、大学でサクソフォンを学び、演奏家になる自分でした。
音楽で食べていける程、技術が成長した訳でもなく、むしろ最初の1歩に大学4年目にしてやっと辿り着いたところです。

ですが、必死になって本当にやりたい事を探してきたからこそ、入学前に想像していた以上の経験と出会いがあり、その度に悩み抜いたからこそ、明確にやりたい事がある自分になっていました。

あの時は歌をやっているなんて思ってもいなかかったため、予想外の人生を歩んでいます
が、周りから見た私よりも、私から見た私は想像を大きく超えて成長し、予想以上に素晴らしい人生を歩んでいました。

大学を卒業してから、治療生活をしていた事もあり、まだまだやりたい事と成長したい事が多く、未熟だなと感じる事もたくさんあります。
この先も、思い描く自分を超えて予想以上に素晴らしい人生を歩んでいきたいと思います。

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