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ご機嫌の祈り

その日は、とかく心が沈んだ日だった。

2人暮らしが始まって、慣れない日々の流れの中に生まれた歪みのようなものが、音を立ててしまい、彼と少しだけ息が合わなくなった。

少し苛つく気持ちと、息が合わないことへの寂しさを抱えながら、気を紛らわせるように図書館へ向かった。

手帳とペンを机に置いて、さあ!と意気込んだにもかかわらず、視線は泳ぎ、全身に鼓動が鳴り響く。

ちいさな引っ越しを何度しても、動悸がおさまらなくなり、飲み物に頼ることにした。そそくさと手帳とペンを鞄に押し込んでスタバに向かい、むすっとした顔でレジの順番を待っていた、その時だった。

「新作スイーツのご試食、いかがですか?」

真っ直ぐ、キラキラとした笑顔で、店員のお兄さんが声をかけてくれたのだ。あまりのキラキラ具合に少し言葉を詰まらせながら、「いいんですか?」と質問に質問で返す。

お兄さんは「もちろん!」と答えて、私の分の小さなカップに入ったスイーツを用意してくれ、そのままレジもそのお兄さんに対応してもらえることになった。私は戸惑いと沈んだ感情をオリジナルブレンドした表情で、チャイティーラテを指差し、「ショートの、ホットで」と言う。目の前から聴こえる快活な声に誘われたのか、それともなんだか分からない罪悪感に駆られたのか、思わずすうっと顔を持ち上げてみた。

すると、お兄さんは先程のキラキラの笑顔をずっとこちらに向けている。不機嫌な客の対応、面倒くさかっただろうし、不機嫌に返しても良いはずなのに、最後までにこにこの笑顔だった。

そんなお兄さんからチャイティーラテを受け取り、近くの席に座る。そっとカップに口をつけ、ゆっくり喉に流し込んでいく。あったかいチャイティーラテが、お腹の辺りでじわあっと広がる。

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かみつれ

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