BL小説レビュー:胸に沁みいる文章で綴られる大人の愛 『off you go』一穂ミチ

大事件が起きるわけではないけど、大事な人たちの人柄と心情がじんわりと伝わってきて、登場人物の個性が愛おしくなる。辛いことは起きないけど浅くない。情緒で読ませる小説らしい小説。

出来事プロット ★★★☆☆
心情プロット  ★★★★★
注意:一方的な性行為あり

こんな人におすすめ:
・働いている大人の話が読みたい
・小説として上手い話に引き込まれたい
・感情を丁寧に拾っていく文章に惹かれる

離婚したばかりの新聞社整理部デスクの静良時(しずか・よしとき)が暮らす、元妻が出て行ったマンションの部屋に義弟の佐伯密(さえき・ひそか)が転がり込んできた。香港駐在から帰ってきたと思ったら、妻の十和子に三行半を突きつけられ、部屋も解約されていたという。良時と妹の十和子、そして密は幼馴染だ。幼い頃から体が弱く入退院を繰り返してきた十和子と喘息持ちの密が同室になったことから、三人の付き合いは始まっていた。頭が切れて毒舌な密とのほほんと穏やかな良時、病気のせいでどこか悟ったようなところのある十和子。この離婚騒動で、三人の間の感情の機微が少しずつ明らかになり、関係が変化していくことに……。

すごい事件が起きる訳でもなく、キャラクターが萌えキャラな訳でもない(密は萌えキャラかも?)けれど、それぞれの個性が丁寧に描き出されていく描写に趣があり、読ませられます。 

良時のおっとりと抜けた感じがお坊ちゃんぽくて、生まれた時から悪態ついてましたというような密の早回しな感じと妙に合っていて、愛しい気持ちになってきます。幼少期のエピソードでは病弱な身体のままならなさ、子供であることのままならなさに苛立ちを爆発させる密の早熟な様子が目に浮かぶよう。

作中に出てくる本なども本好きには面白く、中勘助の『銀の匙』や、福永武彦の『草の花』などの読んでいて心地の良い文章を思い起こさせる雰囲気があります。

また、物語のフックのために病弱な妹の命が使われなくて嬉しい。密と十和子の関係も、既存の制度には当てはまらないような名付けられない関係で、登場人物みんなが大切に扱われているのが優しい読後感につながります。

本編、というか表題作「off you go」の後に、書き下ろしの「I LXXE YOU」、「off we go」、「sofa so good」、「stay as you love(とあとがき)」が収録されています。よくあるネタでも、表現はよくある描写で満足することなく新鮮で面白いです。これが文章が上手いということか……!

本作は『is in you』に始まる〈新聞社〉シリーズの二作目とのことで、2012年発行、電子版は2014年発行です。他の作品も読んでみようと思いました。

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