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渡したかったバレンタインチョコ

バレンタインと聞くと、小学2年生のときに好きだった男の子のことを思い出す。
今思えば、生まれて初めて、本気で好きになった男の子だったかもしれない。

今から16年前。小学2年生。
地方の小さな街の小学校。電車もバスも通っていない。畑の真ん中を通って小学校に向かう。山を切り崩した団地には、ファミリーたちが続々と家を建て、自分たちの生活を潤していた。
そんな小さな団地で生まれ育った私たち。都会のように大きなビルもショッピングモールもない。
そんな私たちにとって、当時の珍しい出来事と言えば小さな小学校の1つのクラスの中を舞台にした恋バナだった。

授業が終わり、友だちと帰る帰り道。
6年生にお姉ちゃんがいるおませな同級生が「私、好きな人がいるんだ~」とクラスのある男の子の名前をあげる。
「ええ~○○くんやと~?私は△△くんが好き~」
1人ずつクラスの男の子の名前をあげていく。
その中で”本気の”恋愛をしていた子は何人いたのだろう。
今思えば、自分のクラスの”推し”の名前をただあげていたかもしれない。

もし、自分が想っていることを相手に知られたら、どうなるのか。
クラス全員で二人をひやかす。
「○○くん、××ちゃんのこと好きなんだって~」
「ふぅ~ラブラブ~」
そうやって大声で騒ぐだけ。
それ以上は何もない。
何もない、地方の小学生の関心ごとはそのような恋愛話しかないくらい刺激がないのだ。

恋は苦しい。それを私たちは大人になるにつれて実感していく。
恋は人を盲目にさせ、狂わせ、怪物にしていく。
恋がそんなものとは、知るまでもない、真っ白くて柔らかい、生クリームのような心を持った小学生の私たち。
まだ恋の恐ろしさを知らなかった私たちの記憶である。

そんな中、私はO君の名前をあげた。
目はくっきりとして、ごぼうみたいにヒョロヒョロとした男の子。
明るくて、スポーツ万能で、背が高くて、勉強もできるほう。
まさに典型的なクラスのアイドル的な存在である。
好きになったきっかけは覚えていないが、私は彼が好きだった。
彼を一目見たくて、毎週木曜日彼が通っているサッカー練習を見に、練習が行われている公園に友だちと見に行った。

本当に何でもできてかっこいいものだから、私以外にも恋焦がれている女の子はたくさんいた。
ただ当時は、好きでいるだけ。その先に恋人同士になるという選択肢は私たちにはなかった。
好き好きといった先には何もない。ただ「あなたのことが好き」と言っていれば満足できる年頃だったのだ。
友だちと同じように、自分にも好きな人がいる。その人と話せればそれでいい。そんな自分たちに、ただ酔っていたのかもしれない。

バレンタインの日。私は友だちの家で、友チョコを作っていた。
と言っても、市販のガーナチョコレートを溶かして、アルミホイルの方に流し込んだ、ただそれだけのものだった。
表面をチョコペンなどでデコッていく。
それをハートマークがたくさんついているビニールの袋にいれて、近所の友だちの家にいき、友だちが作った同じような市販のチョコをただ溶かしただけのチョコと交換するのだ。

バレンタインは、女の子が好きな男の子に想いを伝え、チョコをあげる日である。しかし、当時の私たちにとっては友チョコの方が比重が大きかった。
私はO君にあげようかと一度は考えた。
しかし、もし他の人にバレたら…、クラスのみんなにひやかされたら…と、バレたときに飛んでくる言葉が怖く渡すのをやめてしまった。

その決断を1ヶ月後、後悔することになる。

3月に入り、ホワイトデーが終わり3日ほど経っていた。
昼休みに友だちと縄跳びをしていたとき、友だちの1人が口を開く。
「Bちゃん、O君にバレンタインのチョコをあげたんだって。O君、ホワイトデーにBちゃんの家にお返しを持っていたらしいよ」
「え~!ほんと~??」
周りの友だちが騒ぎ出す。そんな中、私は縄跳びを回す手をやめ呆然としていた。

Bちゃんは、とても大人しい女の子だ。授業で手をあげて発表するタイプでもないし、自分から話すところを見たことがない。
そんなBちゃんがO君にチョコをあげた…。
その思い切ったBちゃんの行動に驚きが隠せなかった。

その日、公文に送り迎えしてもらう車の中で私は母に言った。
「Bちゃん、O君にチョコを渡して、O君がこの前お返しを持って行ったんだって」
「O君??あー、あんたがかっこいいって言ってた男の子ねぇ。やるねぇ。」
母は運転しながら、ニヤリと笑う。
でも、私は笑わない。
代わりに目から涙がこぼれた。そして私は泣き出してしまった。
「えええ、どうしたの??」と驚く母。
「…私のあげたかったぁ…」
私もあげたかった、好きっていいたかった。それを周りの声を気にしてしまい、できなかった自分が腹ただしかった。

好きって言いたい、自分の好意を知ってほしい、そう強く思った最初の相手がO君だった。
チョコをあげて、想いを伝えることでO君にとって少し特別な存在になりたかった。他の女の子とは違う女の子になりたかった。

好きだと好きな相手に言えなかった悔しさ、というのを初めて知った。
その後、私は好きでたまらなくなった相手には「好きだ」と自分の気持ちを伝えるようにしている。
そうしないと後悔することを私は、小学2年生のときに身をもって知ったのだから。

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