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綴りつづりて

久しぶりになにかを書く気になった。

GWをはさんだ半月ほど、ずっと忙しかった。
いや、忙しい、は違うのかもしれない。
もはや慣用句のような、心を亡くすと書いて忙しい、という言葉。

忙しいというには、わたしはずいぶん笑っていたし、心がよく動いていた。
怒涛、充実、凝縮、濃厚。そんな言葉たちが思い浮かぶ。

どこかに出かけたわけではなく、運営するレンタルスペース兼コーヒースタンドにまつわる仕事の日々だった。
とはいえ暮らしと遊びが重なり合うような仕事だ。毎日だれかと顔を合わせ、コーヒーを淹れ、話し、スコーンを焼き、たまに登壇、料理、祝い、まちのマーケットに店を出す。
書き留めておきたいことばかりだが、睡眠時間を削ってまで日記を書くべきではない。

先日、本を出版した知人の、出版トークイベントへ足を運んだ。
その折に聞いたライターの女性の書き進め方が印象に残った。

インタビューのあと、すぐに文字に起こさずにしばらく寝かせる。
すると、上澄と沈殿物に分かれる。
残った沈殿物をひたすらに深掘りし、自分に憑依させ、応答者の真意を文字に表現する。
録音もするが、整合性をとるための保険でしかない。
彼女はイタコ型なんです、と言っていた。


わたしはその境地までには至らないが、そうかと腹落ちした。
ふとしたときに心をよぎる記憶が大きな意味をもつものだったりする。
怒涛だと感じた日々も記憶から薄れていくけれど、残ったものこそ握りしめたい。

この日記の読者はただひとり、未来の自分だ。
未来の自分を楽しませる、あるいは懐かしがらせる、ときには慰めるために書く。
きっかけは、語彙が少なくて、登壇のときに言いたいことが言えないんです、と相談したときに日記を書くといいわよとアドバイスされたことだったが、最近は書くことが楽しくなってきた。
忘れたくないように書くのではなく、心が動いたことを書くようにしよう。


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