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場所づくり

3/20、祝日水曜日。
わたしが運営するレンタルスペースに間借りコーヒーユニット、ブリューヒューマンコーヒーが出店した。
8:00-11:00はモーニング、そのあとは16:00までカフェ。

レンタル利用がある際は常駐しているわけではないが、わたし自身が楽しみにしているので客としてその場にいることが多い。

せっかくだから知っている顔がきたら一緒に朝ごはんを食べようと思った。
朝いちばんのコーヒーをバリスタの彼に淹れてもらい、コーヒースタンドの冷たい空気を感じながら彼の背中を眺め、だれかをゆるゆる待つ。
ひとに淹れてもらうコーヒーがなにより美味しいと思うわたしは、この空間を作ってよかったなあと、コーヒーを飲みながら噛みしめた。

知っている顔が来たのは11:00過ぎ。
モーニングはブランチになった。

ブランチを食べ終わりコーヒースタンドで過ごしていると、各地のまちづくりアドバイザーをしている友だちが富山から学生を引き連れ、見学がてら遊びにきた。

共通の知人である、知っている顔=サラリーマンの友だちが来ていることは伝えていなかったが、いて当たり前のように感慨もなく会話を始めた。
その光景は彼らの親交の深さを感じさせたし、この場所は約束しなくても知っている顔がいる場所として育ってきているようで嬉しかった。

聞くと学生のうちひとりは、富山大学に隣接する古民家を借り、学生が集まれる居場所を開くとのこと。
わたしが開いたこの場所と似通う部分があるから連れてきてくれたようだ。
まちづくりアドバイザーの友だちは、わたしのことをまちのコミュニティマネージャーと紹介してくれた。新たな肩書きだ。自覚はない。

そうこうしていると雲行きが怪しくなり、大粒の雨が降ってきた。
雨宿りをしていくよ、とデザートやコーヒーを買ってくれて、茶の間で過ごして行った。

しかしいよいよ出なくてはならないときも、雨は止まない。

コーヒースタンドの小屋で、みなで雨を眺めている風景がなんだか物語の一節のようで可愛らしかった。

タクシーを呼び、彼らは出発した。
そのあと雨は上がり、小屋で雨宿りしていたほかの顔ぶれもそれぞれの場所に散っていった。 

そのあとのブリューヒューマンコーヒーの出店は陽が落ちるまで大盛況だった。

夜は、昼に来てくれた富山の大学生が登壇するとやま会議に巣鴨のリョーザンパークに行った。

折に、わたしの運営するレンタルスペースを見学してどうだったか、と主宰が彼らに投げかけた。
理想とする空間でまた行きたい、や、暖かい空間だった、と。彼らは嬉しい言葉をたくさんくれた。
観衆の前で、褒めることしか言えないよね、ごめんねと思いつつ、素直に嬉しかった。
そのなかで、わたし個人に対してファン化が凄まじいと評価をくれた。

ファン化。
応援は力だ。応援してくれるひとを増やす公式は、自分もその倍だれかを応援する、ということを知っている。
しかしそれだけでは補えない部分があると感じつつあり、次の一手を考えているところだったので、彼の言葉にはどきりとした。

後半の時間で、参加者と登壇者で自由に話す。
自然と古民家を宿とシェアキッチンとして運営する仲間と、大学生の居場所を作る彼との3人になった。

レンタルスペース、居場所運営について悩むことは多い。

だいたいの理由が、利用者との常識の範囲内の常識が違うこと。
しかしそれは強い禁止により自由度を奪うことを恐れて明確なルール作りをしていないこと、シンプルにわたし自身の場所に対する思い入れが強すぎるせいだと思っていて、つまりは未熟さだ。
しかし宿とシェアキッチンを運営する仲間も同じことで悩むと聞いて驚いた。同時に安心した。

彼はもうずっとまちに長く関わっている先輩だし、内装業のプロとしてもさまざまな物件に関わっている。
わたしはまちづくりの畑でもなく、コミュニティやスペース運営もたまたまの縁。
コミュニティに関しては踏み込む気も実はなかった。
そんな素人のわたしの悩みは当たり前だよ、わかっていたことでしょ、と一蹴されてもおかしくないことだと思っていて、友だちに愚痴をこぼしてしまうことはあっても、きちんと相談したことはなかった。
ああ、こんなすごい人でも同じことで悩むんだと思うと、少し気持ちが軽くなった。

学生の話を聞きにいったつもりが、自分のことばかりになってしまって反省しつつ、満たされた気持ちで帰路についた。

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