息子が産まれた日のこと

育児や日々のやることに追われすぎてnote開けず…
息子が産まれた日のことも振り返って書き記しておこうと思う。


そもそも息子を妊娠し、すぐに転職した旦那。
お陰で妊娠初期のつらいつわり生活からおなかが大きくて動くのもやっとだった臨月まで
すべてにおいて何一つ協力的ではなかった為喧嘩が絶えなかった。
イライラもしたし感情的になった日も多々あった。
精神的に限界な日々が続き、おなかの息子には申し訳なかったが
絶対に予定日より早く出産する自信しかなかった。笑

ところがどっこい。おしるしが出現しているのにもかかわらず
なかなか生まれる気配がないまま予定日前々日を迎えてしまった。

もしかして…また破水?

予定日の前々日
いつも通りの朝。娘を起こしておむつを替えていたら

…ん?
パンツが濡れた…?
なんとなくおなかも痛い…?
とりあえず病院に電話!実母に連絡!旦那連絡!

実母はすぐに来てくれ、旦那も帰ってきてくれた。
今度は娘の時のようにひもじい思いをしたくない…と
朝ご飯をしっかりと食べてから旦那に病院に送ってもらうことに。

もしかしたら今日から入院。となると
娘にはしばらくの間会えない。
娘が産まれてから1日たりとも離れたことがなかったので入院生活を
楽しみに思って待ち遠しく思っていたが
いざ別れに直面した時は寂しいわ心配だわでどうにかなってしまいそうだったが
娘がこの後泣きださないように別れを惜しむことなくサラリと家を出た。


病院に着き、待合室に入ると外来の診察待ちの患者さんがたくさんいた。
娘の時は夜だったので誰もいない待合室を通ってきたので
化粧もせず大きな荷物を持って(入院準備をしていったので)待合室で
数分おきに来る陣痛に耐えながら待つのは恥ずかしかった。

30分ほど待たされようやく診察。
結果破水ではなく織物だということが判明。
でも子宮口は4㎝開いている。陣痛もこの時点で7分間隔ほど。
経産婦ということもありこの時点で入院が確定。よかった。帰されるのだけは勘弁だった。

ただこの日は出産ラッシュもラッシュで空いている部屋がなく
とりあえずということで陣痛室に通されることになってしまった。
この時点で痛みはまだまだ我慢できる程度。
陣痛室に入ると隣のベッドでは陣痛に耐えている妊婦さんが痛みのせいで嘔吐していた。
また隣の分娩室では叫ぶ声。出産真っただ中だった。
そしてすぐ隣の個室からも叫ぶ声。
これから私にもとんでもない痛みが襲ってくるのかと思うと気合が入った。


7分間隔でやってきていた陣痛さんがなんとなく10分~15分間隔にまで落ちてきてしまった。
やばい。家に帰されるかもしれない。
できることはしよう。とにかく動こう!と思うも
通されたのは狭い陣痛室。動けるスペースはベッドの上のみ。
歩き回ることもスクワットもできない…ので
ベッドの上でとりあえず揺れる。

家に帰らされるかも、と心配していたが
内診もなくとりあえずの簡易な個室に通された。ガッツポーズ!
そしてこの日の晩御飯は煮込みハンバーグ。美味しかった。

21時ごろに5分~7分まで戻ってきた。
それまでは旦那や友達、実母と連絡を取り合ったり
仰天ニュースを見ながらスクワットをしたりと
痛いけどまだまだかかるな。と余裕な感じで過ごしていた。

そして風呂に入って体を温め陣痛を促す。
大きなおなかもあともう少し。がんばれ。とお腹にいる息子を愛でた。


時間は23時を過ぎた。
日付は変わるな、と確信。

そのころから痛みがだんだん増してきた。
3~4分間隔で激痛が走る。
でもまだ震えるほどじゃないから大丈夫。と旦那には連絡。
痛みが来ると何もかんがえられない手につかないレベル。
深い息をすることだけに全集中する。

とりあえず日付が変わるまで耐えた。
と、途端に間隔が2分にまで狭まる。
もう座っていられない。うろうろしながら陣痛に耐える。
一旦ナースコールを押して昼間以降見てもらってないので
子宮口を見てもらうことに。

ここでまさかの7㎝~8㎝になっていることが判明。
娘の時は声が我慢できない、もうどうしようもないくらいの痛さだったので
正直拍子抜けした。ここで旦那に電話をして病院まで来てもらうことに。

1時ごろまで部屋で耐え、いきみたくなってきたので
歩いて分娩室まで行くことになった。

助産師さんにもびっくりされるくらい冷静に陣痛に耐えていた。この時までは。

いざ分娩台へ…降りてこない我が息子。

分娩台へ乗り、点滴をつけられ導尿までされ、一通り痛いことをすました。
この時点で激痛。いきみたいのに痛すぎて力が入らない。いきめない。
どうやら頭が大きく挟まっている模様…
破水したらぐっと進むから!と破水させようと助産師さんがぐりぐりと
指を奥まで突っ込む。こっれが激痛!!!もうやめて!!!レベルの痛さ。
どうにもこうにも破膜がなかなかできない。
この辺で多分旦那は分娩室へ通されたみたいだが私は痛すぎていつ入ってきたのか知らん。笑

まじで娘の時とは比べ物にならんくらい頭が挟まってるときが痛すぎて
震えるわ息ができず酸欠になってしまって酸素マスクをつけられた。
ここからはあまり記憶がないがとにかく必死にいきむ。
数十回はいきんだ気がする笑

最後、もう力抜いていいよ!!の声の後にドゥルン!と息子誕生!
時間は2:30をすぎていた。
すぐに泣いてくれて感動したのを覚えている。
その時にやっと隣で手を握り締めてくれていた旦那の存在に気付く。

すぐに息子を連れてきてもらい抱っこをさせてもらった。
娘の時とは全く違う顔つきではっきりとした顔すぎて驚いた。
イケメン!!!とおもっていたら頭!
お股に挟まっていた時間が長すぎて伸びてしまっていた。
これは…元に戻りますか?!と食い気味に助産師さんに聞く。

大丈夫戻る戻る~♪
と軽快な返事が返ってきて安心した。
赤ちゃんの頭ってすごい。

ここで写真をパシャリ。
そして旦那は抱っこもさせてもらうことなく帰らされていた笑コロナめ…


そのあと息子を一通り堪能してから2時間分娩台の上で休まなければいけない。
トイレに行きたいのを我慢し、後陣痛に耐えながら休む。
助産師さんが身体を拭いてくれたり水分補給をさせてくれたり至れり尽くせりで申し訳ない。

そうこうしている間に出血量のチェックをされる。
子宮の収縮がよくないらしく思いっきりお腹を押される。
痛い。激痛。
ゴッポゴッポと下から出血する感覚がわかって気持ち悪い。

どうやら出血が多い模様。

再びここで導尿される。
この後も分娩が立て込んでいるので私はすぐ隣の陣痛室に移動することになり
立とうとするも貧血で立てない、歩けない。

助産師さんにかかえられ点滴棒にすがりつきながら
陣痛室のベッドまで移動し、朝方6時ごろにやっと部屋に戻ることができた。
この日は全く眠れなかった。アドレナリンのせいか…
また、立つと息苦しさがあり歩くだけで息切れしたりと
思うように体が動かず驚いた。


娘の時に比べると分娩台に入ってから産後もなかなか大変だった出産。
でも無事に息子がこの世に誕生してくれた。
この日のことも、私は多分一生忘れない。
そして息子が大きくなったらこの日のことを話してあげたいと思う。

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