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まほう


響きに宿る、まほうを信頼しています。
音の響き、声の響き。

歳の離れた友人でお琴を長らく学び弾いていらっしゃる方がいるの。

「わたしはステージに上がって弾いたりはしないけれど、毎日お家で練習しているでしょう?その音楽がご近所の方たちにも響いて、知らない間に心身へすこやかな作用をもたらしたらいいなと思ってるのよ」

そのときわたしは彼女からそんなことばを聴くとは思いもよらなかった。そして同じように思っているひとと出逢えた歓びを静かに味わったのだった。

むかしむかし、とても疲れていた時期がありました。どのくらいむかしかといえば、2008年当時のブログに「かつて」と記録されているほどにはむかし。

その音楽が連れてくる深い安堵感。

かつて私はそれをたしかに感じたことがある。
しかし残念ながら極限の悲しみを味わった時にしかそれは感じることができないのである。

現に今、Ipodで同じ曲を聴き直しても、病院のベッドで力なくした患者の手を握るときのような、あの敬虔なエネルギーを見出すのは困難だ。

現在の私には不可思議な静寂がただ心地のよい子守唄のように響いてくるだけなのだが、実際のところそれで充分なのである。今や自分でどうにでもするチカラがあるのだから。    

解りやすいインパクトもメッセージもない。しかし調和だけがそこにある、そこに配置されている。そしてその調和こそが、必要とする者にだけひっそりととてつもない安堵をもたらしている。

演奏者は良質の空気を吸い込んだときのように、無意識のうちに身体へ作用できればそれでいいという態度で、自分の行為を誰かに感謝されたいとか、そんなのこれっぽっちもない。

受けとる必要のある者だけが自らの感受性で気づくことができる。しかしそれこそが、途方もない暗闇から抜け出すための確かな印となれる。

そういう処方としかいいようがない音楽が世の中に存在すると知った僥倖を、記録に残しておく。

さすがに読みづらい覚え書きだったので、加筆して転載したけれど、当時のわたしがものすごく大事にこの文章を書いたのを憶えている。

当時ライティングの仕事を始めることすら想像していなくて、ひとに読まれることを怖がりながらもリハビリ的に書き始めたブログ。

読み返してみると、幾星霜を経て変わり続けてきたなかでも決して手放すことのなかった大切なことをこのとき記していたんだと解る。

特にこの記事に書いた内容に関しては、ライブ活動をするようになってから、いかほど重要なことだったのかを、自分自身からリマインドされるような出来事も起きていた。

2021年にはなうたで曲をつくったときのこと。数少ないボキャブラリーを使って意図せず生まれてきたもののなかに「まほう」という短いうたがあります。

こういう曲がつくりたい、とデザインするほどの表現力はまだないなかで、生まれてきちゃった曲。

ほんのささやかなことなの
誰もが気づかぬうちに
響く、このこえ

ちいさな、ちいさな波紋が
からだからからだへと
響く、まほう

偶然生まれたと言っても、結局は自分のなかからしか出てこない。とっさに少ない引き出しから取り出して誕生したこの曲は、改めてわたしが往く道をふわっと照らしてくれました。

そしてこの原風景と言える世界に、会話のなかでさらっと触れるひとが現れたことへの驚きと嬉しさといったら。

当時のブログはひとに読まれる前提で書いていたものの、実際には匿名だったし自然流入の不特定少数のひとにしか読まれていなかった。

それでも自分以外のひとに大切なことを打ち明けるのはひどく勇気が必要で、面と向かって誰かとこの話を共有したことはなかったと思う。

本格的にうたうようになって、何度か言語化を試みたことはあったが、同じような体験を口にするひとに出逢ったことはなかった。

だから琴を弾く友人の口から聴くとは想像だにしなかったのだ。

音というのは本当に不思議で、癒やしにも凶器にもなり得る。音響兵器は実在する。目には見えないが心身を知らぬうちに傷つけることは可能なのだよね。

そして尤も暴力的な特性として、聴く行為は自分の意思で遮断することができないのです。不可聴な領域の音も受けとっているくらい微細に受信している。

だからこそ、自分がどんな響きを奏でるのかについては、よくよく聴けるよう鍛錬し調整できる心身を養いたいな。

一聴して美しいと認知されるもののなかに仕込まれた暴力もあれば、無造作で乱暴な印象を与える愛もある。惑わされずに感じるすこやかさを保ち続けていきたいもの。

そしてかつてわたしの心身を癒やしたあの音楽のように、深い安堵をもたらす調和をはかりたい、その働きができる表現者でありたい。

なんてことを、日々思い鍛錬しています。

読んでくださって嬉しいです。 ありがとー❤️