Echo
ECOという曲があって、翻訳を試みたがちょっと歌詞として伝えるのが難しいので掌編小説を書き下ろしてみた。
何が難しいかを説明すると、タイトルのECOはスペイン語で木霊、すなわちエコーなのだけど、歌詞の語尾が残響音のように同じ発音を含む異なる単語を並べて言葉遊びしているわけです。
たとえば曲の冒頭の一節はこんなかんじ。
Le tocó a Saturno, turno (サトゥルノ、トゥルノ)
entre tu mirada, hada(ミラダ、アダ)
音として聴くと、スペイン語を知らなくても、木霊してるな〜ってわかるのがこの曲の面白いところのひとつなの。
ただ、音を優先している部分もあって、歌詞は意味と意味との間に飛躍が起きて幻想的なイメージに仕上がっているというわけ。
あなたの視線の先は土星の番だったの、妖精さん
それで望遠鏡が扱い描くものをわたしは複写する
わたしに幻覚が見えること、映画館
あなたの言葉は決してわたしの気持ちに刻まれない、
わたしは嘘をつく。
そしてそれはあなたの純粋な惑星が楽園であるために
作られたものだということ
宇宙全体の詩
蝶があなたの美しい髪にポーズをとる
なぜってあなたの遅れが踊ると絆は固くなるから
キューピッドにお願いしている間、
あなたはわたしのリズムの中を通り抜ける
この中空にこだまするのをやめるには
エコー、エコー、エコー、
運命はあなたの輪郭を描き出す直感を欠いていた、アート
そしてあなたの結晶は絡み合い与える光のようなものだった
いつもわたしの瞳に、エネルギー
そしてあなたは錯乱をその白さで癒す百合の花のようにする
このメロディに、この日に、私は細部を彫る
わたしの彗星まであと少し、ゴール
蝶があなたの美しい髪にポーズをとる
あなたの遅れが踊るので絆を固くする
キューピッドにお願いしている間、
あなたはわたしのリズムの中を通り抜ける
ただの想像にすぎないことをやめること
翻訳自体もちょっと心許ないというかぜんぜん自信はない。
なんとなく言葉よりもビジュアライズされたイメージを生成して概念的に世界観を理解するようなタイプの歌詞だなという感じ。
ふだん詩や文芸を読むのが好きな人は受け取りやすいのかな。このファンタジックな世界をもう少し現実に寄せて、余白をわたしのイマジネーションで埋めて伝えようというのが下記の試みです。実際にライブでうたった後に朗読するということもやってみました。
歌詞に忠実にうたうことがよしとされている厳密な世界線もあるのは承知の上で、原曲へのリスペクトを持ちつつあえて誤訳や誤解も包み込みながら、作品からインスピレーションを得て、なにか新しいクリエイションが生まれる部分にフォーカスを当ててわたしは表現をしていきたいなと思います。
「ECHO」
ルイスは約束の時間に遅れてやってきた。
冬休みの宿題を一緒にやろうと、夜の丘でロリと待ち合わせしたのだ。ふたりは惑星を観測するために、ルイスの叔父から天体望遠鏡を借りなければならなかった。
叔父のダビは作曲家で、星を見るのが大好きだった。ルイスが望遠鏡を取りにダビの家を訪ねると、凝り性な叔父のうんちくに、少々付き合う羽目になってしまったのだ。
ルイスの遅刻はロリにとって、まるでふたりの絆を固くする儀式のようだった。宿題のためとはいえ、自分に会うのに道を急ぐ彼を想像するとしみじみ嬉しくなった。
けれども待っている間、ロリは心細さでいっぱいになる。そこでなんとか気持ちを鎮めようと、空を見上げてきらきら星をうたった。夜の丘はしんと静まり返り、空気は冷たく澄んで、月明かりがふわっとあたりを照らしている。
おほしさまぴかり
ぴかぴかぴかり
あちらのそらで
こちらのそらで
おほしさまぴかり
ぴかぴかぴかり
ルイスが到着し、望遠鏡を組み立てている間も、ロリはずっと唄い続けた。うたごえは中空をこだまする。レンズを装着しいよいよ惑星観測が始まると、ルイスはまず木星を探した。
「木星は大きいから見つけやすいんだって」赤褐色のまあるい惑星を見つけてはしゃいだ声をあげるルイス。ここで叔父から教わったうんちくが役に立つ。ロリはそんな彼を見てとても優しい気持ちになる。
「次の星はね、リングが見えるよ」その無邪気な声に、あなたのその視線の先に映るのは、きっと土星だったのね、妖精さん、と思わず心のなかでルイスに呼びかける。妖精さん。蝶々が彼の美しい髪にポーズをとったあの日から、ロリはルイスにそうあだ名をつけたのだ。
彼女は天球をのぞき込む観察者の隣で夜空を見上げた。そして彼が望遠鏡で観察し描写するものを、まるで映画を観るかのように心のなかで再現する。
「ねえ、聞いてる?」とルイス。ロリはうたってばかりで彼の話にまるで興味がなさそうに見える。でもそれは嘘。そのそっけなさは、あなたの純粋さを、ずっとずっと観測したくて作られたものなだけ。
ロリにとってルイスこそ観測すべき惑星で、ふたりでいるこの時間は楽園だったのだ。惑星の観察者である彼女は、宇宙から届く詩をキャッチする。
その詩はこうだ。
“あなたの結晶は絡み合い、与える光のようなものだった。いつもわたしの瞳にエネルギーを与えてくれていた。そしてあなたはわたしの恋心を、その白さで癒す百合の花のようにする。
運命にはあなたの輪郭を描き出すだけの直感が欠けていた。まるで芸術的ではなかったけれど、このメロディに、この日に、わたしが細部を彫る。”
ルイスは木星と土星との間に水星を見つけると「水星では1年よりも1日の方が長いんだって、叔父さんが言ってたよ」と得意げに告げる。ロリのイマジネーションのなかで、美しい図形の天体ショーが万華鏡のように繰り広げられる。
ルイスのことばと、ロリのうたが、交錯しながらこの中空にこだまする。彼女がキューピッドにお願いしている間、彼は彼女のリズムの中を通り抜ける。
天体観測に夢中なルイスの横で、わたしの星まであともう少しであなたはゴールする、とロリは思うが、実際のところ、彼女の恋心を彼はまったく知る由もないのだ。
でもそんなことはロリだって本当は知っている。そして自分にこれっぽっちも勇気がないってことも。ロリのうたうきらきら星が中空をこだまする。
お星さま、ぴかり、ぴかり、ぴかり、ああ、このこだまを今すぐに止めてちょうだい。ロリは心の中で叫ぶ。そして同時に自分にも、こう命令する。あなたもこのただの妄想にすぎないことを、直ちにやめること。
読んでくださって嬉しいです。 ありがとー❤️