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 寮の部屋に戻ると、三緒と由宇が多希の荷物を整理しているところだった。
「あ、ゆらちゃん。おかえりー」
「どうもです。先輩の荷物、どうするんですか?」
「これ? 多希のお母さんと話してね、ひとまず実家に送ることになったの」
 三緒がスーツケースに洋服を畳みながら告げた。
「学校のほうは、休学扱いで?」
「そういうことになるわね。あの容体だと、当分は入院生活だろうから」
 と、由宇が表情を曇らせる。
「そうですか。残念ですね」
「まったくよ。あのバカ会長のせいで。あいつが正気だったら、ボコボコに殴ってやりたいぐらいだわ」
 憤懣やる方ない口ぶりである。
 双魚学園を襲ったあの夜の出来事は、すべて生徒会長である奈帆の単独犯行ということで決着を見そうだった。被害にあった生徒のなかに目撃者が多数存在し、彼女たちの証言から、奈帆が何らかの電気的器具を使用して生徒たちを感電させたと説明が成された。
 本人が心神喪失状態にあるため、警察の事情聴取は未だ行われず、動機の部分では謎が残ったままだが、数名の生徒を除いて重傷者が出なかったことと、学園が火消しのために裏で相当額の現金をばらまいたという噂もあって、事件は表沙汰にはならず内々で処理される空気ができつつあった。

「あの会長がおかしいことに、もっと早く誰かが気付いてればねえ」
「西の池の幽霊が騒ぎになった時、本格的に調査に乗り出すべきだったよね。実際、目安箱には調査依頼が来てたって話だけど、それを受けたのが当の本人じゃ、握り潰されちゃうのも当たり前ね」
「だけどさー、感電すると記憶って飛んじゃうものなのかなー」
 三緒が首を傾げる。
「分からないけど、都合良すぎって感じはしないでもないよね。わたし、あの事件は何か裏があるんじゃないかと思うわ」
 結構、勘が鋭いなと、ゆらは頷くフリをしながら思った。
 部屋の右半分、ゆらのベッドが置いてあるスペースは、すでにあらかた片付けが終わっていた。もともとスーツケース一個分の荷物しか持参しておらず、こっちで買い揃えた雑貨類に至っては一度も使用せず未開封のままだった。
 てきぱきとした手際で荷物をまとめてゆく二人を眺めていた彼女は、ふとテーブルの上に目を止めた。多希が日頃から愛用していた銀色のマグカップを手にとり、彼女たちに訊ねる。
「あの、先輩のマグカップ、貰っていっていいですか?」
「うん、いいと思うよ。わたしたちが許可するのも変だけど、多希のお母さんから、これだけは捨てずに送ってくれるよう頼まれた品物リスト預かってるの。メモに書いてない物は処分しちゃって構わないってさ」
「そうですか」
 ゆらは呟いて、マグカップを自分の荷物に忍ばせた。

「ところで、ゆらちゃんは転入先決まった?」
 三緒が訊ねる。
「はい、白羊学園になりました」
「やだ、偶然。実はわたしも白羊学園なんだ。親戚の家が近くにあるのが決め手だったんだけど、鹿児島って行ったことないから楽しみなんだよね」
 由宇が瞳を輝かせて振り返った。
「いいなー、二人とも一緒なんだー」
「大森先輩は、どこへ?」
「わたし? わたしはカニさん学園」
 三緒はぐすっと鼻をすすって言った。巨蟹(キャンサー)学園のことか。
「富山でしたっけ? カニ食べ放題じゃないですか」
 ゆらは的外れな慰め方をする。それだけが楽しみなんだよねと、三緒が追従した。
「といってもさ、わたし達3年は、あと半年後には大学受験が待ち構えてるわけで、その頃には実家と東京のホテルを行ったり来たりしてるだろうから、今更高校が変わったところでワクワク感はないんだよね。いわば長期合宿みたいなもんよ」
「由宇、大学は絶対一緒のとこ入ろーね?」
「分かってる。ていうか、あんたのほうが成績ヤバイんじゃなかったっけ?」
「あれ、そうだったかな」
 この二人は本当に仲が良くて、羨ましかった。

「棚橋さんは、いつ出発するの?」
 寂しさを紛らせるように自分のベッドに飛び乗ったゆらに、三緒が声をかけた。
「そうですね。一週間以内にはと思ってます」
「じゃあ、その前に一度、多希のところに顔を出してやってくれない? あの子ね、あなたのこと大好きだったのよ。外見のわりに小心者で自分から言い出せなかったみたいだけど、あなたが顔を見せてあげれば、きっと喜ぶと思うんだ」
「はい、そのつもりでいます」
 実はあの夜以来、多希が入院している病院に一度もお見舞いに行ってないのである。
 変わり果てた多希を見るのが辛くて、自然と足が遠ざかっていたのだ。
 ──でも、それじゃいけないよね。
「ありがとう。無理言ってごめんね」
「いいえ、わたしも多希先輩には早く元気になって欲しいですから」
 ゆらはそう言って、曖昧に微笑んだ。


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