25
気が付くと、保健室のベッドに寝かされていた。
体には何も身に着けておらず、素裸のままシーツだけを被っていた。
室内は静かだった。空調がウンウンと唸る音だけが聞こえる。
自分はあれからどれくらい気絶していたのだろう。
誰がこの場所まで自分を運んだのだろうか。
朦朧とした頭が次第にはっきりしてくると、肩先にヒリヒリとした痛みがぶり返した。
患部に目をやると、肩の一部にガーゼが当てられていた。肩甲骨の下あたりにも同じ感触がある。
──多希先輩は?
ゆらがベッドから身を起こそうとすると、その気配を察したのか、カーテンの向こうで椅子から誰かが立ち上がった。
「ゆら、目が覚めた?」
カーテンをめくり、青白い顔をした多希が覗き込む。
「先輩……」
「そのまま寝てなよ。今、先生が救急車を手配してくれてる。火傷は思ったより軽いけど、泥水を被ったから感染症の恐れもあるし、一応医者に診てもらったほうがいいって」
「そうですか」
ゆらは再び身を横たえる。
「先輩が、わたしをここに?」
「うん、魔術の最中は触るなって言われてたけど、魔術書の光が消えたから大丈夫かなって。火傷の患部を応急処置したのは細田先生だから安心して」
「本はどこに?」
「そこの紙袋に入ってる。魔術は、成功したんだね?」
多希は心配そうに言って、ベッドサイドの椅子に座った。
「副会長が、協力してくれたんです。あの人、強い人ですね」
過酷な運命を受け入れる。分かっていても、なかなかできることじゃない。マルコシアスに抗い続け、自らの力で悪魔を追い出そうとした彼女には、畏敬の念すら感じる。
それだけに亜子を救えなかった現実が、たまらなく辛かった。もっと他に方法はなかったのか。自分に圧倒的な力があれば、宿主に傷を残さず悪魔を排除することができたのではないか。
前の二人のとき以上に、ゆらは心身ともに打ちのめされていた。
己の無力さ、至らなさが恨めしくて仕方ない。
「彼女、まだ目を覚まさないよ。今は隣のベッドで寝てる。救急車が来たら、先に彼女を運んだほうがいいかな」
「そうして下さい。わたしは別に何ともありませんから」
ゆらは疲れた息を吐く。
「ごめん。わたしのせいで」
その溜息を勘違いしたのか、多希が謝った。
「先輩が気に病む必要はないですよ。この学園に来たときから、危ない目に会うのは覚悟の上でしたから。命を落とさなかっただけ、幸運でした」
「やめなよ。死ぬとか、そういうこと」
泣きそうな顔で、彼女はゆらの手を握る。
「いいんです。これだけの人を傷付けて、わたし一人がのうのうとしていては罰が当たります。ほんの少しでも、彼女たちの痛みを分かち合えたらと、いつも思います」
「ゆら、あんまり思い詰めちゃいけない。君は正しいことをしてるんだ。きっと彼女たちも心の底では感謝してるよ」
そんなわけがない。が、例え下手くそな慰めでも、多希の心遣いは嬉しかった。
ゆらがベッドの上で微笑んだその時、遠くで救急車のサイレンの音が聞こえた。しばらくして、廊下を誰かがやって来る足音がした。保険医の細田先生だろう。
「来たみたいだ」
多希が立ち上がり、カーテンレールに掛けてあった体操着を手に取って寄越した。
「さあ、これを着て。救急車まで歩ける?」
「大丈夫です。それより先輩、一つお願いしてもいいですか?」
ゆらは真新しい体操着に袖を通しながら言った。
「なに?」
「わたしが戻るまで、ソロモンの小さな鍵を預かって下さいませんか。決して誰にも渡してはダメです。この学園には、まだ2体の悪魔が残ってます。もしかしたら、この魔術書を狙ってくるかも知れませんが、それでもお願いできますか?」
「もちろん。何で断る理由があるの?」
多希は全身全霊を込めて、頷いてみせた。
「わたしがこの身に代えても、本を守ってみせるよ。誰にも渡さない。だから安心して、ゆらは療養に努めなさい」
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