聖剣狩り(後編) 4

「品がない」
 ミーナは上空に浮かんだ巨大な繭を見て、そう酷評した。
 大きければいいってもんじゃない。
 乗り物として使うなら、デザインが悪い上に、理に適っていない。
 陽の光を遮ってしまうので、下で暮らす人たちに迷惑だ。
 とどのつまり、気に入らない。
 セルギュネの中央広場には、すでにジェクサーティーが倒されたという情報が伝わっているらしかった。
 戦線が総崩れになるかと思いきや、以外にも秩序だった行動が目立つ。あらかじめジェクサーティーが倒れた後のプランが用意されていて、一等討伐戦士のジャハイドが指揮を任される形で撤退戦へと移行するようだ。
「落ち着いて行動せよ! 二等守護戦士が小編成のリーダーとなり、予定通り、弓兵と魔術兵を守ってやってくれ。三等守護戦士は、盾の補助だ。落ち着いて行動すれば、何も問題ない。撤退ルートは確認できているな?」
「ひとまずゾワンスズの森まで後退するんだ。あの森には、蟲用のトラップが仕掛けられている。森に逃げ込めれば、とりあえずは安心だ」
「一等討伐戦士と、一等守護戦士がしんがりを務める! 石像も半数以上は健在である! 心配することはないぞ!」
「残っている油は全部燃やしてしまえ! 奴らは煙に弱い!」
 上空からの爆撃は激しさを増している。
 ざっと見た感じでは、未だに2000人以上の兵士たちが、中央広場とその周辺に残っているようである。

(どうするつもりです?)
(別に積極的に干渉しようと思ってない。だけど、導線さえ繋げば、あの高射砲は使えるんでしょ?)
(ああなったのは、誰のせいでしょうね?)
(うるさい)

 近くで見ると、金属製の立派な高射砲である。
 砲身の長さは5メートル、内径は30センチほどだろうか。
 実弾を発射する構造にはなっていない。おそらく、魔力(オーア)を凝縮させた、ビーム砲のようなイメージではなかろうか。
 度重なる爆撃にも無傷なのは、守護戦士たちの頑張りが大きいだろう。
 ただ一ヵ所、魔力を供給するための導線が、途中で黒焦げになっていた。
 ミーナが火球をぶつけたせいだ。
「ねえ、そこのお前。ちょっと質問していい?」
 ミーナは近くにいた魔術兵と思しき男に声をかけた。
 その男はギョッとした表情を作り、小走りで近付いてきた。
「なぜ、司祭様がいるんです? 危ないですから、早く逃げて下さい」
「わたし、司祭じゃないけど」
 彼が勘違いしたのは、ミーナが身に着けている服のせいだ。
 ゴスロリ衣装がボロボロになってしまったため、教会にあった地味な服を拝借したのである。襟が広い灰色のワンピースで、まるで少年少女合唱団みたいで嫌だったのだが。
「さあ、こちらへ」
「答えなさい。あの高射砲は使えないの?」
「無理です。技術者たちは、いち早く町を脱出しました」
「壊れてるといっても、導線を繋げばいいだけでしょ?」
「スペアが無いことには、どうにも……」
 男の声を掻き消すように、背後の建物が爆発した。
 頭上から石の破片が降り注ぐ。そのうちの一つが、運悪く男の頭に命中した。
 男は頭から血を吹き、その場に倒れた。
「ダミオの編隊だ! 隠れろ!」
 誰かが叫んだ。ダミオというのは、蛾の羽を持ったミイラのことらしい。
 30体ほどの大編隊が、中央広場の真上を通過してゆく。
 あちこちで爆発が起こり、怒号と悲鳴が交錯した。建物に駆け込む者、怪我人の介抱に向かう者、弓を構えて反撃を試みる者。混乱が広がってゆく。
「ああ、もう。仕方ない」
 ミーナは周囲の喧騒を無視して、単独で高射砲に歩み寄る。
 歩きながら、新しく覚えた不可視の呪文を使ってみた。自分ではうまく姿を消せているか分からないが、行く手を邪魔されることはなかった。

(とっても嫌な予感がするんですけど)
(ようは、オーアを右から左に通せる素材なら何でもいいわけでしょ?)
(ひょっとして、自分でやるのですか?)
(無理だと思ったら、すぐに手は放す)

 黒焦げになっている部分も、目測では、ちょうど彼女が両手を広げれば届く長さである。
 そして今の彼女の内側では、ジェクサーティーから奪った大量のオーアが発散場所を求めている。
 すべての条件は整っているのだ。
「発射スイッチとかあるのかしら。まあ、いいか」
 ミーナは導線の片方を右手に、もう片方を左手に握った。

 パチンと視界が弾ける。目の奥で火花が散った。
 その瞬間。
 世界が一転した。

「ここは?」
 ミーナが立っていたのは、縦横30メートルほどの四角い空間だった。空間と称したのは、そこには窓も出入り口も存在しなかったからである。
 四方の壁には、まるで古物屋のような種々様々なアイテムが、ごちゃっと棚に並べられている。天井からも、やはり何に使うのか意味不明なアイテムが幾つもぶら下がっている。
 足元の床も例外ではない。奇妙な模様や魔法陣が描かれた毛布やカーペットが、折り畳まれて積んである。かろうじて足の踏み場だけは確保できる状態だ。
 空間の中央には、ここの主と思しき生物が浮かんでいた。
 それは7匹のカラフルなイタチのような、細長い生物だった。
 赤、青、黄、緑、白、黒、金──オーアと同じ七色の毛並み。鼻の横から伸びた髭は、光ファイバーのように内側だけが光っている。
 前脚の爪には、集積回路のような小さなチップも確認できた。
 7匹はお互いに身体を絡ませて、ボール状になって宙に浮いている。
「おや、ミーナさん? ミーナさんですよね?」
 不意に、背後から聞き覚えのある声がした。
 振り返ると、そこにネウロイが立っていた。彼は司祭の服を着たミーナに、あからさまに猜疑の眼差しを向けている。
 どうやら、未だに彼女をセスカと思い込んでいるらしい。
「お前、どうしてここにいるの?」
「ミーナさんですよね?」
「そうだけど」
「ああ、良かった。セスカさんはお帰りになったんですね」
 ほっと胸を撫で下ろす。
「いやあ、僕にも何が何だか。急に目の前が真っ白になったと思ったら、次の瞬間にはここに立っていたんですよ」
「わたしと似たような状況ね」
 ミーナはどういうことかと中央の生物に問いかけた。
 すると7匹のうち、赤い1匹だけが目を開いて反応した。
『物々交換をしませんか。君たちの所持品を一つ下さい。それと交換で、この部屋にある物を一つだけ、持ち帰っていいですよ』
「別にいらないのだけれど」
 壁の棚に飾られたアイテムは、そもそも扱い方が不明な物ばかりである。
 腕が四本ないと鳴らせそうにない弦楽器。百本以上のケーブルが垂れ下がった電気クラゲ。クトゥルフ神話に登場しそうなヌメッとした悪魔の像。振り下ろしたら自分の背中に突き刺さりそうな湾曲した剣。
 帽子一つとってもサイズがバラバラで、明らかに人間が被る大きさではない物も存在する。
「僕もあまり興味がわかないですね」
 ネウロイはそう言って、頭の後ろを撫でた。
『ここにあるのは、大概が呪いのアイテムですよ。とても便利な力が手に入る代わりに、特別な魔力を使うので、標的になりやすいですよ』
「お前、売り子下手ね」
 最初から呪われているとバラしてどうする。
『どうですか? いらなければ、いらないで仕方ないです。でも、君たちは新たな《落とし児(おとしご)》なのでしょ? 他の競争相手が呪いのアイテムから便利な力を得ているのに、わざわざ不利な条件で戦うことはないと思うのですよ』
「落とし児とは?」
 ネウロイが尋ねた。不思議と、この生物とは会話が成立している。
『簡単に言うとですね、フェスベラルダ大陸の統治者になる可能性がある異邦人のことですよ』
 なるほど、そういうことか。
 ジェクサーティーが昨夜、言っていたのは、このことだったのだ。
 フェスベラルダの統治者になれるのは、大地の意志による宣託を受けた者に限られる。
 そもそも、1000年おきにリセットされる世界が、自然の摂理であるわけがない。そこには何者かの意志が介在しているに違いないと、前々から思っていた。
 では、その何者かを仮に神様としよう。その神様によって選ばれた異邦人が《落とし児》。神様は1000年毎に落とし児たちを競わせて、最後まで生き残った者に大陸を統治する権限を与える。
 ミーナとネウロイは有難いことに見事、神様のお眼鏡に適ったわけである。そしてこの不思議な空間に招待された。
 彼ら7匹のイタチに似た生物は、神様の使い魔的な役割だろう。
 与えられるマジックアイテムは、なるべく平等な条件で大陸の覇を競わせるための手助け。それから、落とし児たちが顔を合わせた時の、相手を認識する目印にもなる。

「ちょっと待って下さいよ。僕は王様になんて、なりたくないですよ」
 ミーナが持論を伝え聞かせると、ネウロイは情けない口調で言った。
「選ばれてしまったものは、仕方ないじゃない」
「ねえ、どうして僕が選ばれたんです?」
 中央に浮かぶ生物に向かって、彼は質問した。
『たくさん選ばれますよ。たまにはイレギュラーもありますよ』
「そんな馬鹿な」
「お前も自分から望んでこっちの世界に来たのなら、いい加減、覚悟を決めなさい。でなければ、さっさと死になさい。手助けが必要なら、わたしが後腐れなく殺してあげるけど」
「どっちも嫌ですよ。僕は寿命をまっとうして、安らかに死にたいんだ」
『アイテムはいりませんか? 決断はお早めに』
 イタチに似た生物が催促する。
「その前に、お前の名前は?」
『ありませんよ。好きに呼んで下さい』
「じゃあイタチって呼ぶわ。赤いイタチ」
『それでいいですよ』
「じゃあイタチ。アイテムを選んでも使い方が分からない。説明書は付いてるの?」
『そんなものはありませんよ』
 本当に役に立たないガラクタのようだ。いくらPCが便利だといっても、使い方を知らなければ無用の長物。
「価値が分からなければ、物々交換が成立しない。わたしは損したくない」
『では、どういった物が欲しいですか?』
「何でもいいんですか?」
 ネウロイが期待を込めた視線で、横から口を挟む。わりと現金な性格をしている。
『ここにある物ならば、出来る限り善処しますよ』
「じゃあ、翻訳機を下さい。やっぱり言葉が分からないと不便です」
 彼にしては至極まともな選択だった。もっと欲望を満たすようなアイテムを願い出ると思ったのに。
『これですね』
 左側の棚から、目に見えない鳥が飛んできて、ネウロイの頭に乗った。
「あれ? 今頭に何か」
「鳥が止まったわ。目に見えないけど、オーアは見える」
 九つ目の色。真珠色のオーアが込められたマジックアイテムである。確かにこれならば一目でそれと認識できる。
「もう話せるんですか?」
『複数の相手と同時でなければ、大丈夫ですよ』
「それはありがたい」
 ネウロイは満足した表情で頷いた。
『君はどうしますか?』
「決めたわ。移動手段が欲しい。空でも地上でもいいから、速く移動できるアイテムはない? ゲートでもいい。蟲姫の空飛ぶ繭みたいに大きいのは邪魔だからいらない。わたしと、わたしの手荷物くらいが乗せられればいいわ」
『では、君にはこれをあげますね』
 向かいの棚から宙を漂ってきたのは、一本の鍵だった。乗り物それ自体ではない。イグニッションキーの類だろうか。
「これは?」
『乗り物の鍵ですね。カブコル遺跡にある、ユニナシアコロニーを調べて下さいね』
 そこに何かが保管されているのだろう。
『では、物々交換をしましょう』
「といっても、僕が差し出せるのは、この携帯端末くらいですが」
 ネウロイが手荷物から支給品の端末を取り出した。
「わたしも、この杖と魔術に使うカードくらいしかない」
『その機械と杖でいいですよ』
 イタチはあっさりと了承する。
 こんなものでいいなら、かえって得した気分だった。杖に関しては長年手に馴染んだもので惜しい気もするが、いい加減、小さな傷が目立っていた。向こうの世界から新しいものを取り寄せればいいだろう。
「いいわ。取引成立ね」
 ミーナはところで、と口調を改めた。
「わたしたちは《落とし児》なのよね? だったら、剣王オストボウみたいに、自分の眷属を指名できるの?」
『眷属とは、君と、君にかけられた1000年の呪いを分かち合う者ですよ。すなわち、君が大陸を制覇して世界を統治する時に、同じ1000年を生きる眷属を選ぶのですよ。そして彼らと協力して、大陸を発展させていくんですよ』
「結局は、最後の一人に勝ち残らないとダメってこと?」
『仲間や僕を作るのは自由ですよ』
「理解したわ」
 ミーナは納得して杖を手放した。同じくネウロイが持っていた携帯端末も、宙を浮いて壁の棚の一部に収まった。

 次の瞬間。
 再び視界が暗転した。

 意識が飛んでいたのは、時間にしたら十秒にも満たなかったはずだ。
 衝撃は波のように繰り返し襲ってきた。
 全身に強い電圧を掛けられ、電流が駆け抜けてゆくような感覚。
 実際に流れているのは膨大な量のオーアである。
 大地から湧き出すオーアを、地中に埋めてある魔術装置が集め、それが導線を通ってミーナの左手から流れ込む。そして彼女の全身から、右手を通って魔術高射砲へと注がれてゆく。
 意識はあるが、何も考えられない。悲鳴すら上げられなかった。
 眼球が自分の意志とは関係なく細かく震えている。
 それは両手も同じだった。手のひらを広げて導線から手を離せばいいだけなのに、それを脳が命令できないのだ。
 ミーナの身体は完全に装置の一部と化していた。

(ちょっと、これヤバくないですか?)

 不老不死の肉体とはいえ、体内のオーアを消費尽くしてしまえば仮死状態に陥る。
 この魔術高射砲を撃つには、一体どれ程のオーアが必要なのだろうか。
 見切り発車で行動したのは、いかにもミーナらしくなかった。完全に動けなくなる前に、セスカが強制的にでも肉体の主導権を奪うべきだろうか。
 そんなことを考えているうち、高射砲に変化が訪れた。
 砲身の先端で風が舞っている。
 最初は小さく、それが次第に威力を増してゆく。
 発射するのは実弾でも、エネルギー弾でもなかったようだ。
 魔術高射砲は、竜巻の発生装置であった。
 激しい空気の対流が巻き起こり、風速が上がってゆく。秒速30メートル、50メートル、70メートルをあっという間に超えてゆく。
 風が強まると共に、竜巻それ自体の大きさも成長していた。
 まるで蛇が舌なめずりをするように、うねりながら、上空に浮かんだ巨大な繭に向かってリーチを伸ばしてゆく。
 その破壊力は圧倒的だった。
 近くを飛行していた蟲姫軍の兵士たちは、逃げる暇もなく竜巻に飲み込まれてゆく。
 あの風圧の中では、生存できる見込みは皆無。
 細かい石片や木片が突き刺さり、手足は千切れ、羽は引き裂かれ、凄惨な死のダンスが繰り広げられているに違いない。
 竜巻はなおも勢力を拡大する。
 風速は120メートルを超え、ついにはF5クラスにまで成長した。
 地上の建物も無事ではいられなかった。近くにあった二階建ての兵士宿舎が、土台ごと空中へ持っていかれた。
 逃げ遅れた地上の兵士たちも、建物の瓦礫と運命を共にする。
 唯一、魔術の壁で守られている魔術高射砲とその周辺だけが、被害を抑えられていた。

(設計ミスですよね、これは)

 あるいは想定していなかった魔力の供給量だったのかも知れない。
 大地から吸い上げたオーアに加えて、ジェクサーティーから奪ったミーアのオーアが加算されたわけだから。
 数秒後、竜巻は蟲姫軍の母艦に到達した。
 凄まじい轟音が、天から落ちてきた。
 雷鳴を幾つも重ねたような低い音だった。
 全長5キロメートルというスケールに圧倒されるが、巨大繭の外側は、折り重なった糸で編まれている。
 強度は高くないのである。少しずつなら、素手でも削れてしまう。
 それゆえに竜巻がもたらした猛烈な風は、巨大繭を破壊するには十分な威力だった。
 外側の糸がほつれ、千切れ、バラバラになってゆく。
 繭にはクレーターのような穴が開いた。それが次第に広く、深くえぐれてゆく。
 巨大な蛇が、丸い卵を少しずつ飲み込んでいくようだった。
 竜巻は繭の外側部分を破壊しつくし、内壁を打ち破り、最終的には中央の構造部に到達した。
 突然、小さな爆発が起こった。
 火災が発生したらしい。
 炎は大きくなる前に、強風によってかき消されてしまう。しかし爆発は一度きりではなく、続け様に何度も起こっていた。
 地上は歓声と悲鳴がごっちゃになった喧騒に包まれる。
 母艦の異変を察し、中にいた蟲姫軍の兵士たちが脱出を開始する。
 ところが秒速120メートルを超える強風のさなかでは、彼らの羽など役に立たない。姿勢を制御できずに、真っ逆さまに地上へと落ちてゆく。
 もちろん繭の中に留まっていた兵士たちも無事では済まなかった。
 なぜなら、巨大な繭が浮力を失い、地上へと落下し始めたからである。
「アビゼジルが墜ちるぞ!」
 どこかから兵士の叫び声が聞こえた。
 ミーナは意識の片隅で、その言葉を認識していた。
 地下から吸い上げるオーアの量が減りつつあったのだ。それは体内を通過するオーアの勢いで感じ取れた。
 魔術高射砲が発生させた竜巻も、徐々に勢力を弱めてゆく。
 ミーナの肉体は、信じられないことに無事だった。
 目に見える傷一つないのだ。
 けれど彼女の頭上には、大きな影が迫りつつある。
 城塞都市セルギュネの市街に向かって、蟲姫イェナルディーナが誇る空中移動母艦アビゼジルの影がゆっくりと覆い被さってゆく。
 墜落まで、あまり時間はなかった。

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