21

 通りを横断して、向かいにある喫茶店に入って行くと、奥のテーブルで三緒と由宇が手を振っているのが見えた。多希は憮然とした表情で、彼女たちのもとに歩いてゆく。
「このお邪魔虫め」
「まあまあ、そう怒らない。わたしたちも買い物があって、外出届け出してあったんだからさ」
「そうそう。決して二人のデートに茶々入れるのが目的じゃないわよー?」
 目が笑っていた。
 天候が回復し、ゆらの体調も問題なく、今日は最高のデートができると思ってたのに。
 普段より一時間も早起きして、入念に着ていく服を選んだのに。
 校門前のバス停でこの二人を見つけたときは、本気でぶっ殺してやろうかと思った。
 どこで情報を掴んだのか知らないが、計画的犯行であることは明白だった。
「棚橋さんは?」
「向かいの骨董品屋で粘ってる。あの分だと、当分動きそうにないね」
 多希は席につくと、カウンターにいた店長にブレンドコーヒーを注文した。
「彼女、骨董品が好きなんだ?」
「洋物アンティークが趣味みたい。イギリスにいた頃に勉強したとか言ってた」
「多希、良かったじゃない。彼女、確か10月が誕生日でしょ?」
 由宇が思わせぶりに言った。
「それがどうかした?」
「バカだねー、この子は。プレゼントに決まってるでしょ。彼女の好きそうなアンティーク送って、ポイント稼ぐのよ」
「多希はさー、恋愛経験少ないのバレバレだよね」
 三緒がにやにやと笑いながら、茶化した。
「悪かったな」
「言っとくけど、わたしたち応援してるのよ? 多希ってさ、一頃は他人を寄せ付けないっていうか、人間嫌いなところあったじゃない。あんたを慕って寄ってくる後輩たちを冷たく足蹴にしたり」
「あれは単に、迷惑だったからだよ」
 年がら年中付きまとわれて、プライバシーの侵害もいいところだったのだ。
「理由はどうあれ、このままじゃ恋愛一つまともにできないんじゃないかって、密かに危惧してたの。去年の冬、わたしの従兄弟の友達紹介しても、見向きもしなかったし」
「タイプじゃなかったからね」
 ひょろっとした長ネギみたいな男だった。肌の色が真っ白で、生理的に受け付けなかったのである。
 わたしって、結構面食いなのかも知れない。

 マスターがテーブルにコーヒーを運んで来た。豊潤な香りが鼻腔をくすぐる。多希は差し出されたコーヒーに、角砂糖一つとたっぷりのミルクを流し入れた。
「けどなあ、分からないもんだよねー。一番嫌ってたはずの年下の後輩に、ラブラブになっちゃうんだからさ」
「4日前だっけ、話聞いた時はぶったまげたよ。真面目な顔で何言うかと思ったら、好きな子ができた、だもんね」
「この短期間に、二人の間に何が起こったのでしょう?」
「別に何もないって。わたしが彼女を気に入っただけ」
 多希の頬が照れて赤みを帯びる。
「女同士ってのが、アレだけどさ。まあ、あんたの性格だから、そんなに深い関係は望んでないだろうし、恋愛を楽しむって意味ではアリなんじゃない?」
「うんうん、行きずりのつまらない男に引っ掛かるより、よっぽどいいよ」
 このへんが女子高育ちの感覚のズレなのだろう。男女共学の高校だったら、おそらく奇異な目で見られていたに違いない。
「もっとも、彼女のほうはその気ゼロみたいね」
 由宇が言った。
「ゆらは、恋愛どころじゃないんだ」
「ひょっとして、上を目指してるの?」
「そう言ってたよ。別の宮からトレード話が来たら、すぐに飛びつくんだろうな」
 目的もはっきりしている。悪魔を退治して回るには、いつまでもこの学園に留まっているわけにはいかないのだ。
「やっぱ、出来る子は違うんだねー」
「翻意させるのは、彼女のためにならないか」
「うん。だから、わたしの一方通行でいいんだ。限りある日数だけど、楽しく過ごせればそれで満足」
 多希は自分に言い聞かせるように呟く。
「うわ、健気だー」
 三緒がわざとらしくハンカチを取り出して、泣き真似をする。
「しょせんは実らぬ恋か。何だか、切ないね」
「だからさ、余計な口出し無用だよ。二人に打ち明けたのは、それだけ信頼してる証しなんだからさ」
 念を押すと、彼女たちはコクコクと頷いた。由宇は隣に座った三緒の手を引いて、
「ほら、そろそろ行くよ。お邪魔虫は退散して、二人きりにさせてあげましょ」
「えー、まだパフェ食べたいのにー」
 三緒はメニューに齧り付こうとする。すでにイチゴパフェを一つ平らげてるというのに、まだ食べる気なのか。太るぞ。
「他の店でもいいでしょ? わたしが奢ってあげるから」
「ほんと? やっほーい」
 喜色満面の表情で、いそいそと立ち上がった。
「それじゃあ多希、頑張るんだよ」
「うん、ありがと」
 多希は手を振って、友人を見送った。

 彼女たちが喫茶店を出るのと入れ違いに、向かいの骨董品屋からゆらが姿を現した。あの仏頂面からすると、値切り交渉はあえなく不調に終わったらしい。
 彼女は駅前通りを颯爽と横断して、喫茶店に足を向ける。
 週末になると山を下りて遊びに来る双魚学園の女子生徒たちは、この田舎駅前では有名だった。他校の男子生徒は、どうにかしてお嬢様たちとお近づきになろうと、用もないのに駅前をうろちょろしていたりする。
 独特の美貌と雰囲気を兼ね備えたゆらは、早くも目敏い男連中にチェックされたようだった。彼女が喫茶店に入ると、それに続いて五、六人の冴えない男たちがゾロゾロと店内に溢れた。
 ──お呼びじゃないっての。ゆらにちょっかいかけたら、タダじゃおかないよ。
 多希は威嚇するように、男たちを睨みつけてやる。
「最悪です。あの骨董品屋のおじさん、がめついったらないですよ」
 文句を垂れるゆらの眼中に、男たちの姿がこれっぽっちも映っていないのが、何とも痛快でおかしかった。片時とはいえ、他人も羨む美少女を独占している優越感。この幸福な時間をできるだけ長く味わっていたいと、多希は切に願うのだった。


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